#32
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「わかってんのかよ? 俺は本気で……生まれて初めてあんたを愛したんだ。愛してるんだ。こんな気持ち初めてだ。あんたと会って、それから、あんたも俺のこと愛してるって言ってくれてからは本当に、俺、止められるって思ったんだ。漸く止められる……!
でも、違った。もっと酷くなった。パターンなんかズタズタだし、まるで制御が効かない。これじゃ以前の方が良かった。前は、もっときちんとしてて安定してた。バランスが良かった」
身を揉みしだいてジェイミーは叫んだ。
「こんなのは初めてだ。あんたのせいで俺は殺さなくてもいい奴等……てんで路線の違う連中まで殺る破目になっちまったじゃないか!」
「ロドニーのことか?」
尋ねたアイクの声は震えていた。
「!」
その声に感電したようにジェイミーも震えてアイクを見返す。
「何だって? 何て言った、今?」
背後でレイミーもまた身震いした。
「何ですって? じゃ、アイク、ロドニーを殺したのはこの子だって、あなた、疑ってるの?」
レイミーには答えずアイクはまっすぐにジェイミーを見つめ続けた。
その視線を春の陽射しのように嬉しそうに浴びてジェイミーは首を振った。
「まさか! ロドニーは違う」
警官たちが安堵したのも束の間、
「俺が言ってるのは、例えばあのクソッタレな刑事のことだよ。グリーンの家でさっきぶち殺して来た。あんたたち、もう見たんだろ?」
酷薄な笑みが顔中に広がる。
「あいつ、俺のこと自分の囮だと思い込んでるからさ、俺が窓から手招きしたら何の疑いも持たずホイホイやってきやがった」
「──」
「ロドニーは違う」
ジェイミーは金色の頭を振って言うのだ。
「あれは予定外なんかじゃない。あいつこそ本気で、心底殺したかったから殺したんだ」
「何ですって……?」
叫んだのはまたしてもレイミーの方。
アイクは声にならない引き攣った呻き声を漏らした。
二人の驚愕などどこ吹く風、ジェイミーは屈託ない笑いを弾けさせる。
「だから、あんな結果になっちまった。少し後悔してるよ。あれじゃ誰が見たって行きずりの発作的な犯行……無秩序殺人だもんな。でも」
凄く残念そうに頭を掻いて、
「縛ってる暇も、ここへ連れて来る暇も、あの時の俺にはなかった。あんましド頭き過ぎてて。だって、野郎、俺の思い人と知っててあんたを寝取りやがった!」
「──」
目を閉じるアイク。
一方、レイミーはこの前シュンだった同じシーンが目の奥に去来した。但し、今度の登場人物はロドニーVSジェイミーだ。
キュートな金髪の少年は革ジャンのポケットにジャックナイフを忍ばせて、今しもホテルから出て来た同じくキュートな長髪の少年に声をかける。
──ヘイ、ロドニー!
振り返るロドニー。
──なんだ、ジェイミーじゃないか? こんなとこでどうしたのさ?
──おまえ、やってくれるじゃないか?
──ああ、そのこと? でもさ、振られたのはそっちの責任だろ? 逆恨みはみっともないぜ?
「ケイレヴ・グリーンは何処?」
蹶然として両目を見開くとレイミー・ボトムズは言った。
「くだらないおしゃべりはもうたくさんよ! 坊や、グリーンの居場所を教えなさい!」
ナイフの柄で額を擦りながらウザったそうにジェイミーが聞く。
「なあ、アイク? さっきから何ほざいてんだよ、この女。凄く邪魔なんだけど?」
「ケイレヴ・グリーン。あなたのパートナーよ。彼は何処? 見た限りじゃ……どうもここにはいなさそうだけど」
周囲を今一度眺め回してレイミーは視線を少年に戻した。
「まさか、とっくに逃げちゃったんじゃないでしょうね?」
物憂げに刑事を見る可愛らしい少年。
「?」
「だとしたら、あなたは最後まで彼にいいように利用されたってわけね? 可哀想に」
「ちょっと待てよ、あんた、なんか勘違いしてる。グリーンは──」
女刑事は威厳を持って遮った。
「やめなさい、ジェイミー。警察を甘く見てもらっては困るわ。確かにかなりもたついたけど、私たちだってもうとっくにわかってるのよ。あなたの本名も、何故、こんなことになってしまったのかも」
微かにジェイミーの瞳が揺れた。
「ジェームズ・ホールデン……これがあなたの本当の名前よね?」
「ああ? なんか……そんな風な名だったかな、昔……」
レイミーは大きく一歩踏み出してアイクの前に出た。影になっていつでもアイクが銃を抜けるように謀らったのだ。自分に少年の注意を集中させるべく大声で語りだした。
「8年前の9月15日、一人の男がサンフランシスコ市サウサリートにあるあなたの家へ押し入って来て、アッと言う間にあなたのご両親とお兄さんを殺害した。もちろん、あなたもその場に居合わせた。でも、犯人はあなたを殺さず連れ去った。どう、ここまでで何か訂正する箇所はある?」
ジェイミーは首を振って、
「いや、完璧」
「犯人はその後もあなたを殺さず連れ歩いた。そして、三ヶ月後、後に名付けられるところの〈白鳥の王子連続殺人事件〉の第1回目の犯行を開始する。以来、あなたはずっと犯人と行動を共にしその行動を一番間近で目撃し続けて来た……」
両手を腰に当てて息を吸い込みレイミー・ボトムズは叫んだ。
「その犯人こそ、ケイレヴ・グリーンなのよ!」
次の瞬間、プール場にくぐもった奇妙な笑い声が炸裂した。
永遠に続くかと思われた笑いの渦は、出し抜けに止んだ。
次に来た静寂の方がレイミーとアイクの耳には痛かった。
「みんな、そこで間違う! だから、おまえら警官はおめでたいのさ! ほら、俺が書いた通りだ!」
ケイレヴ・グリーンの寝室の壁に血で書かれた文字が二人の脳裏にまざまざと蘇る。
HERD!
「こう言っちゃあ何だけど」
ジェイミーはナイフをお手玉のように投げながらクスクス笑った。
「ある意味、クラヴェルのクソジジィの方が近かったのかも知れないや。あいつは──あの豚野郎は俺が聞きたくもなかったアイクの裏切りを嬉々として密告後で、俺にもう一度グリーンの内偵をしろと焚きつけた。その時の脅し文句がこれさ。『俺の傍にはいつもグリーンがいる……』
そう、あいつはあんたたちとチョット違って、グリーンじゃなくて俺のこと徹底的に調べたみたいだ。
俺がこの街に流れ着くまでの足跡を忠実に辿ったってわけ。それで、奴は気づいた。クソブロンドで緑の目をしたチキンの周りにはいつもグリーンみたいな男がいるって事実。奴が言いたかったのはソレさ。
でも、そこ止まりだ」
ここまで言ってジェイミーはシュンを括ってある噴水に凭れた。
実際、プールで水遊びをしている子供のように楽しげでくつろいで見えた。小首をちょっと傾げて、
「そこまで調べて、なんで気づかなかったのかな? どーせ俺に殺される運命なら、真実を暴けばカッコよかったのにさ! 奴は俺がマゾだからいつも痛めつけてくれる野郎を求めて彷徨っていると読んだのさ。それはそれで当たってるけど。ククク……」
喉の奥でジェイミーは笑った。
「そう、俺にはいりようだった。いつもいつも、俺のことメチャメチャに傷つけてくれる男が。その味を俺に教えたビルがとっとと行っちまいやがってから、ずっと」
レイミーとアイク、二人の警官は戸惑ったように少年を見返した。
「?」
「まだ気づかないのか?」
つくづく呆れ果ててジェイミーが肩を竦めて見せる。
「ケイレヴ・グリーンは関係ないんだ。あいつは俺にとって何人目かの、都合のいい〝宿り木〟……〝隠れ蓑〟に過ぎない」