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HERD ─群れ─  作者: sanpo
30/37

#28


     28


「ゲッ」

 短い叫び声を上げたのはペイジだった。

 椅子の背を掴んで棒立ちになったままのアイク。

 レイミーの反応が一番敏速だった。机に飛びついて電話機を引き寄せると叫んだ。

交換(オペレーター)! 11-99よ! 直ちにビバリーヒルズ地区のパトロール警官を呼び出して! ギルバート・ホルトの邸へ直行させるのよ!」

 アイクが漸く反応した。

「何だって? 何を言ってるんだ、レイミー?」

 ペイジも加わった。受話器を握り締めているレイミーの肩に手を置くと、

「お、落ち着いて、ボトムズ刑事。現在ホルト家には常時、監視役の警官が張り付いている。忘れたんですか? 僕の配した例の──」

 乱暴にレイミーはその手を振り払った。

「そんなもの私がとっくに解除しちゃってるわよ!」

「え?」

 この事実はCBI捜査官には衝撃だったようだ。

「そりゃ、酷い。一体いつから? 僕はてっきりまだ続行中かと……」

 再びレイミーは受話器に向かって声を張り上げた。

交換(オペレーター)! 聴いてるの? 11-99よ! 一刻も早くパトロール警官をホルト家へ向かわせて! そして、息子が無事かどうか確かめて!」

「……レイミー?」

 囁くように。

「レイミー」

 喘ぎながら。

「レイミー!」

 最後は叫び声だった。

「説明しろ、レイミー! じゃ、これ(・・)は……まさか……」

 震えながらアイク・サクストンは机に置かれている小さな封筒へ視線を走らせた。

 その中の斬り落とされた血だらけの小指──

「だが、なんで、シュンなんだ? シュンが何故、今回の件に関係がある?」

 封筒から視線を移して、アイクはそれを見ざるを得なかった。先刻レイミーが抱えて来たもう一つの血だらけ(・・・・)のもの。ジェイミー・クルスのジャケット──

「……」

 薄々アイクは悟った。

「か、彼は協力してくれたのよ。適役だと思ったから使ったわ。そうよ、新しい囮って彼よ!」

 ペイジの間の抜けた返答がオフィス内に虚ろに響く。

「え? さっきの? グリーンの家の間取りについての情報を聞き出したって、アレですか?」

「何故? 畜生……何故、引っ張り込んだ? シュンは関係ないだろ?」

 死にそうな声だった。

「俺はシュンとは縁を切ったんだ。あれ以来一度だって近づいたことはない。金輪際会うつもりはなかった。俺は〈可愛子ちゃん狂い〉……無節操でだらしないクズだけど、二度とあいつに纏わり付くつもりはなかった。嫌だという奴を無理やり引き擦り込む気はない。そのくらいの最低限のモラルは持ってる。それを、何故、今になって、あんたが巻き込む?」

 俺の生活の中に……? 俺の風景に中に……?

 俺は必死になってあいつを締め出したっていうのに……

「俺がジェイミーを囮として使っていると知った時、あんたはあんなに怒ったじゃないか! 俺はあんたらしいと思ったんだ。あんたって、丸っきりそれだよ。正義の塊。俺、本当に、いつも尊敬してた。それを……今回同じ手を使った上……よりによって何故、シュンなんだ?」

 自虐の笑みがアイクの顔に広がった。

「ああ? あいつが前に一度ソレをやってるから? 今度も容易に承諾してくれると踏んだんだな。可愛いツラしてるくせにどんな相手とも平気で寝れるあいつのその性質……才能を利用した? そうとも、あいつは前に、銃を手に入れるためにお姉ちゃんの命ずるまま好きでもない最低の警官とFUCK──」

「やめて!」

 レイミーは泣いていた。

「違うわ! アイク!」

「何が違う、この雌犬(ビッチ)!」

「そうよ! 私は雌犬(ビッチ)よ! 最低の女だわ!」

 レイミーはアイクに躙り寄った。

「私はシュンと今度(・・)も取引をした。前回と同じように彼の弱みに漬け込んだのも事実よ」

「?」

「前に一度、私たちはシュンに偽りの証言を強要した」

 全く意味が飲み込めず立ち尽くすアイクにレイミーは明かした。

「あなたの身を守るためにはこれしかなかったのよ! あくまでもあなたは被害者でなければならなかった──

 〝シュン・ホルトは姉ルイーズ・ホルトと共謀して銃を手に入れるために警官(あなた)を誘惑した〟

 シュンは最初、そう証言するのを頑なに拒んだわ。だって、それは嘘だから。でも、最終的には折れて警察側(わたしたち)が望む通りの証言をしてくれた。

 私たちは〈圧力〉を使ったのよ。彼は見たとおり未熟な未成年の少年(こども)だった。簡単だったわ。私たちは彼の嫌がること、最も恐れることを使って脅したのよ」

 レイミーは肩に溢れる真っ赤な髪を払った。

「そうまでしても私たちは……いえ、私は、あなたの身を守りたかった……」

「何だ? 何を使った? シュンの怖がるものだって……?」

「写真よ」

 茫然としてアイク、

「そんなもの、俺は知らない」

「だからこそ、シュンは一人で背負わなきゃならなかった」

 レイミーの口調はここで叱責に近くなった。

「気づかなかったの? あなたとシュンはルイーズに盗撮されていたのよ。不用意にもシュンの部屋で密会した時に。どう、思い当たることがあるでしょう?」

「──」

「そして最初、ルイーズがそれを使って弟を脅した。写真を突きつけて、言うことを聞かないと父親に見せるって。それでシュンは姉の命令を聞かざるを得なくなって、あの日、勤務中のあなたを呼び出したのよ」

「何てこった……」

 呻いてアイクは机に両腕を突いた。暫くそのまま俯いていた。

 再び顔を上げたアイクの瞳は憤りと憎しみに翳っていた。

「そして? 今度もまたぞろ、その古い写真集を出してきて脅したってわけだな?」

「違うわよ!」

 レイミーの声は慟哭に近かった。

「彼はもうそんなもの何とも思ってないもの! 彼は成長して……考えたり学んだりしたから……恥ずべきはこっそり盗撮をした姉や、それから、それを利用した私たちだってもうちゃんと知っている! もはやそんなもの(・・・・・)で彼を動かすことなんかできないわよ!」

「じゃあ……?」

 レイミー・ボトムズは警察官の声に戻った。姿勢を正し、顎をあげ、まっすぐに前を見つめて言う。

「私はケイレヴ・グリーンをどうしても押さえたかった。ここで逃したら、あの悲惨な事件はまた続いて行くのよ。そんなの耐えられないじゃない? だから、グリーンのこと探ってくれる信頼のおける男の子が必要だった。シュンはその役にうってつけだったし、シュンはシュンで私にやってほしいことがあった。私たちの利害関係はここへ来てぴったりと一致した──」

「そいつァいいや! シュンはあんたに謝罪文でも書かせたかったのか? それともイカレたお姉ちゃんの代わりにあんたに完璧なお姉ちゃんになってもらいたがった? でなきゃ、そうか! この前の俺たちの盗撮写真と同じくらいセクシーなあんた自身のヌード写真とか?」

 レイミーはアイクの自暴自棄な軽口には乗って来なかった。彼女はずっとシリアスだった。その揺るぎない眼差しにアイクの胸は潰れそうになった。

「シュンはね、私に〈証人〉になって欲しいと頼んできたのよ。私からあなたへ例の事件の真実を明かして欲しいって」


『今更、俺が何を言ってもアイクは信じてくれないよ』 

 黒髪を夜霧のように煙らせて俯いていた少年。

『お願いだよ、ボトムズ刑事。アイクに、あんたたちが俺にさせたこと、洗い浚い告白してくれ。あんた自身のその口で』

 少年はまた、こうも言った。キャンドルの灯りが揺れるレストランのテーブルで祈るように両手を組んで。

『俺はアイクの信頼を取り戻したいんだ。こんな状態は嫌だ。耐えられないよ、死んでしまう。知ってる? あの嘘の証言をした日から、俺はずっと……地獄にいるんだ……」


 ヴィーーーー!

 空気を切り裂く電子音……

 ホルト邸に乗り付けたパトロール警官から連絡が入った。

 レイミーが飛びついた。

交換(オペレーター)! 変わって! 直に繋いで!」

 電話は現場にいるパトロール警官との直通回線に切り替わった。

『安心してください』

 ホルト邸の豪奢な玄関にパトカーを停めて警官は報告した。

『息子は在宅です。昼過ぎに学校から帰って来てから、外へは出ていないと家の者が言っています。これで、よろしいですか?」

「確認しろ! 直接会うんだ!」

 アイクが割って入って指示した。

 ホルト家の家政婦は露骨に不平を言いながら警官たちを家に入れた。

「坊ちゃんはお部屋です。お友達と一緒にずっと籠りきりなんですから。本当にお会いになるんですか?」

 長い廊下を先に立って案内しながら、

「困ったわ。旦那様も奥様もご不在なんです。それなのに……警官を家に入れても良かったのかしら? 私が後で叱られたらどう責任取ってくれるんですか?」

「いいから」

 漸くホルト少年の自室の前に到着した。

 二人の警官に促されて、まず家政婦がドアをノックした。

「坊ちゃん? シュン坊ちゃん? 開けてください。何やら警察の方が用事があるそうで……」

 しかし、中から返答はなかった。

「シュンイチ坊ちゃん?」

 家政婦はノックする手を止めて両脇の警官を睨みつけた。

「ほら! どうしよう……坊ちゃん、私のこと怒ってらっしゃる……」

「中に何人いるんだ? 一緒にいるという友人は何人?」

 警官の一人が訊いた。

「お友達はお一人です。夕方訪ねて来られたご学友ですよ。シュンイチ坊ちゃん! とにかく、どうか、開けてください!」

 応答なし。

 警官たちは目配せし合った。

「よし!」

 素晴らしい呼吸で肩のホルダーから銃を抜くやドアを蹴破って突入した。

「キャーー!」

 真っ先に響いたのは家政婦の悲鳴だった。

「な、なんて真似を! ドアを壊すなんて……こんな……酷い……」

 だが、すぐに静かになった。

 静まり返ったホルト家の息子の部屋で立ち尽くす二名の警官。

 だだっ広い部屋は空っぽで、開け放された正面の窓から州の代名詞でもある爽やかな風が吹き過ぎて行く。コバルトブルーのカーテンが陽気にはためいていた。



 

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