# 3 〈挿絵あり〉
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署内に戻ると、自分の机の前にレイミーが立っていた。
「何処へ行ってたの?」
答えを待たずに、「OK。またサボッてたのね?」
腕組みをしてから一気に捲し立てる。
「昨日の報告書、まだ届いてないわよ。私はこれだけにかかずらわってるわけじゃないけど、君は現在これしか担当持ってないんだからテキパキやって欲しいものだわ。せめて、仕事をする振りくらいは見せてくれないと」
「俺はちゃんとやっていますよ」
脇に除けて用意してあった報告書を渡す。
「フン」
去って行くレイミー。同室の仲間たちは見て見ぬ振りを装いながらも内心二人のやり取りを面白がっているのが丸解りだ。
わざと引っ掻き回しやがったな、とアイクは思う。机の上は引きずり出された書類やファイルで散乱していた。
「クソッ、LEY ME BOTOM ……我を地獄へ横たえろ、だ!」
メチャクチャにされたファイルの山を元に戻そうとして椅子に座ったアイクの手が止まった。
VICTUMSと記されたファイルに目が行く。
開く必要はなかった。その中の全ての写真は既に脳裏に深く刻まれているから。
鮮血の少年の死体/鮮血の少年の死体/鮮血の少年の死体/鮮血の少年の死体/鮮血の……
カフェテリアでのジェイミーの言葉が蘇った。
『俺が、奴に斬り刻まれるところ見たかった?』
まるで魔法の呪文のようだ。そして、魔法の呪縛のようなキュートな少年の微笑。
(あんなこと聞きやがって……)
もし、そうだと答えたら、どうするつもりだ、ジェイミー? 見せてくれるのか?
ついアイクは微笑んでしまった。
ケイレヴ・グリーンが真犯人なら、奴はジェイミー・クルスが斬り刻まれるところを見たいと思うはずだ。
絶対、見たいに決まっている。
「────」
今度驚いて固まってしまったのはジェイミーの方だった。
件のBAR〈サイドカー〉。
眼前に立ったのはアイク。勿論、制服ではなく私服姿だったが、ジェイミーの横に滑り込むようにして腰を下ろした。
「さっきは……悪かったよ」
「ああ」
わざと無愛想にそっぽを向く。
まだ6時を過ぎたばかりで店内はさほど混んでいない。カウンター席も二人の他、かなり離れた隅に一人いるだけ。だが、アイクは擦り寄るようにして体を寄せると少年の背に囁いた。
「気が変わった。おまえと組んでもいいと思ったんだ」
ジェイミーはパッと振り返って、
「へえ? そりゃまたどうして?」
「おまえの言っていた通りだからさ」
近づいて来たバーテンダーに「いうものヤツ」と注文してから、続ける。
「おまえが知らなかったら、俺はおまえを黙って利用し続けたろう。グリーンが危ない奴だと知った上で──おまえの方から協力してくれるっていうのを断る手はないよな?」
「そう来なくっちや!」
「だけど、確認しときたい」
アイクの声が低くなった。真剣な話をする時、この男の声は低くなる。とうに少年は気づいていた。実はこっちが地声なのだ。
「おまえが手を貸してくれても、大した報酬は払えない」
「え?」
「もし、奴、ケイレヴ・グリーンが真犯人だったとしたら、その時は俺も特別手当に有り付けるかも知れないけど、正直言ってその確率は0に近い。言ったろ? グリーンは〝かも知れない〟ってだけで同じレベルの候補者はわんさといるんだ。奴はあくまで〝その一人〟に過ぎない」
念を押すように少年の顔を見つめて、
「小遣い程度なら渡せるけど、それ以上はちょっとな。なにせ俺自身が自腹を切るんだ。上はこのことを知らない。それでもいいか?」
「金銭目当てだと思ったのか?」
「違うのか?」
逆に吃驚してアイクは聞き返した。
「だって、こんな真似して……おまえに金以外にどんなメリットがあるよ?」
「スリルと興奮! それから愛!」
芝居がかった口調で少年は叫ぶ。
「惚れた男のために自分の身も顧みず危険を犯すのって……超クールだ!」
が、アイクが乗って来ないのを見て、ペロッと舌を出した。
「わかったよ。睨むなって。──俺さ、役に立ちたかったんだ」
「?」
「ボランティアの一種さ。ときたま、俺みたいな屑野郎でも、何か世の中の役に立つことがしたいって気に無性になるんだ。ホラ、あの連続殺人犯は憎むべき社会の敵だから、もし俺の協力でそいつを逮捕できたら……こんな光栄ってない!」
眉の辺りを掻きながら小さい声でジェイミーは付け足した。
「それにさ、あんたへの恩も返せるし」
再度吃驚するアイク。
「俺が? 何かしたか?」
「チェッ、そりゃないだろ? 忘れた? あんなふうに他人に優しくしてもらったの、俺初めてだったんだぜ」
思い当たって照れたようにアイクは笑った。
「ああ、あれか! ありゃ……成り行きさ。そんな大層なことじゃない」
「家まで連れてってくれて怪我の手当てまでしてくれた。その逆なら山ほどあるけどな。痛めつけられたり、傷つけられることはしょっちゅうだけど、包帯巻いてもらったことはなかった。おっと、巻くんじゃなくて、縛られたことならあるぜ?」
悪戯っぽくおどけて両の拳を胸の前で交差する。緊縛プレイというよりはじゃれる子猫に見えた。何をやってもキュート過ぎる。
「おまけにあの時、あんたは俺を──」
そこまで言ってジェイミーは唐突に言葉を切った。
空白の数秒。この間、視線はずっとアイクを照準し続ける。
「──まあ、いいや」
目を逸らすと、いつもの明るい口調に戻っていた。
「じや、そういうことで、もう行けよ。話が決まったからには一緒にいるとこ見られない方がいいだろ? そろそろグリーン来る時間だ」
アイクが席を立ったのと入口のドアが開いてグリーンが入って来たのはほぼ同時だった。
グラスを持ったままアイクはさり気ない様子で奥のボックス席へ進み、入れ替わりにグリーンがジェイミーの横に座った。
こうしてまた長い夜が始まる──