#26
26
夕方6時を過ぎてもLAの空は明るかった。
陽光燦めくサンセットBlvd沿いの通りをジェイミー・クルスは一人、ポケットに手を突っ込んで歩いて行く。お気に入りのダブダブのモッズコート。このキュートな少年はこの下に何を着ているのだろうと擦れ違う人たちに想像させる魅力的な姿だった。
宛ら天使のようだ。だが、目は一点を見つめて熱っぽく、異様に光っている。
「いよぅ! ジェイミーじゃないか?」
サンプラザ界隈で声をかけられた。声の主は嬉しそうにジェイミーを追って来た。
「久しぶり! おまえ、何処に雲隠れしてたんだよ?」
鳶色の瞳で上機嫌に語りかける少年。
「そういやあ、ちゃんとサービスしてやってんのか、おまえの新しい彼氏! ありゃ、スッゲー上玉だよな。しっかり押さえとけよ」
体を摺り寄せてウィンクして見せた。
「実はさ、彼氏、俺にも声かけてきたんだ。ヘヘッ。あ、勿論、俺はきっぱりと拒絶したけどさ」
「ああ、ボビー?」
「?」
この辺りで漸くボビーも気づいた。
「……どうかしたのか、ジェイミー? おまえ、ちょっと……変だぜ? 顔色も悪いし……」
ジェイミーは妙な笑い方をした。透き通るようだった。
「ちょうど良かった。一つ手間が省けた。頼みがあるんだ」
そう言ってポケットから小さな封筒を引っ張り出した。
「これを俺の代わりに届けて来てくれないか?」
「いいけど。何処にさ?」
一見それは何処の街角でも見られる長閑で微笑ましいワンシーンに見えた。
金髪の少年が頭を寄せて赤毛の少年に頼んだ物の届け先を告げる。
ボビー・ブルックスに手紙を託すとジェイミーは賑やかに行き交う人混みの中に消えて行った。
バン……!
荒々しく開かれたドアの音。
ペイジもアイクも吃驚して振り返った。
今まさに、真っ青な顔をして入って来たレイミー・ボトムズ。
「ああ、お帰りなさい、レイミー」
気を取り直して、持ち前の鷹揚な口調でペイジが言う。
「午後中ずっと何処へ行ってたんです? 僕とサクストン巡査は二人して、改めて色んな側面から〈白鳥の王子連続殺人事件〉を徹底的に見つめ直しているところです」
アイクはレイミーの様子が尋常でないことにすぐ気づいた。
「どうした、レイミー? 何かあったのか?」
レイミーは胸に抱えていた小汚い革のジャケットを二人の方へ突き出した。
「鑑識の連中に無理を言って……急いで調べてもらったの」
そう言われてもアイクもペイジも何のことかさっぱりわからなかった。
「?」
「?」
レイミーはゆっくりと言った。
「ジェイミー・クルスのジャケットよ」
ペイジの顔を見つめると、
「あなたは憶えているでしょ、ケヴィン? 彼がシュンを訪ねて行った日に着ていたものよ」
「ああ! あの駐車場の写真に写っていた、あれか?」
「どういうことだ? シュンって?」
アイクの驚愕をレイミーは無視した。CBI捜査官にだけ話しかける。
「私は気づいたの。あなたが引き伸ばして渡してくれたあの写真を見た時、このジャケットについてる血の痕に……」
一瞬ペイジは硬直した。
「え? 血の痕?」
「変だと思ったのよ。ジャケットの前面に飛び散ってるのは血飛沫に見えた」
「いつのことだ? 多分、グリーンの処に泊まった翌日じゃないのか?」
アイクが割って入った。
「いつもそうなんだよ。何も変なことはないぜ、レイミー。あいつは……その、傷つけられるのが好きなんだ。で、クソッ、わかるだろ?」
辛そうにアイクは説明する。
「グリーンと過ごしたそういう夜の後は、いつも顔や身体中、傷だらけの痣だらけとくる。だから、血の痕の一つや二つ……」
「違うわ」
レイミーはきっぱりと言った。
「だからこそ変だと思ったのよ」
グリーンの快楽の餌食……趣味の相棒……
「でも、グリーンは決してクルスを着衣のまま痛めつけることはない。そういう時──ジェイミーが血を流す時はいつも裸体のはずじゃない? 服に血がつくはずないのよ」
レイミーは噛み締めるように一語一語区切って言った。
「だとしたら、この血は、誰の?」
「──」
「──」
「絶対、ジェイミーの血のはずない」
押し黙ったままのペイジとアイクを交互に見つめて、
「この前夜、もしくは明け方、ミッキー・エヴァンスが殺害されている……」
決定的な言葉をレイミーは告げた。
「たった今、鑑識課に確認してもらった。これはミッキー・エヴァンスの血だそうよ」
室内に乾いた音が響いた。
アイクが椅子に腰を落とした音だった。
「これではっきりしたわ! ジェイミー・クルスはミッキー・エヴァンスの殺害の際、居合わせた」
レイミーは赤毛を振って言い直した。
「いいえ、多分全ての〈白鳥の王子連続殺人事件〉の犯行現場に立ち会って来たのよ」
「馬鹿な……」
思わず唸るペイジ捜査官。一方、アイクは口も聞けなかった。
「何故なら、彼は仲間だから」
ここでレイミーは口調を改めた。
「ねえ、〈ホールデン一家惨殺事件〉を憶えてる?」
ペイジとアイクは瞬間、目を見合わせた。
「勿論! 実は今日、僕たちもそれについて検討したんですよ」
「これはまだあくまでも私の推測だけど──あの事件の折り、死体が遂に発見されなかった次男、当時9歳のジェームズ・ホールデンこそがジェイミー・クルスなんじゃないかしら?」
「まさか……」
レイミーは動揺するアイクを押しのけてPCの前に座った。資料から素早くジェームズ・ホールデンの顔写真をクローズアップする。
三人はそれを凝視した。
「……似てる……気がするが。9歳じゃなんとも言えないな」
そこまで言ってポンとペイジは手を叩いた。
「待てよ、殺された兄の写真も資料にあるかな? 斬り刻まれた惨殺死体の方じゃなくて普通のポートレート的なやつ」
レイミーが応じて、
「そうか! 被害当時、長男は17歳……今のジェイミーと同年齢か……」
殺害写真ばかり見ていた自分に舌打ちする。
果たして、探し出した長男ウォルター・ホールデン(17)の生前の写真を見て三人は息を飲んだ。
高校のバスケットチームのユニホーム姿で笑っている一枚。
金の髪に緑の瞳。兄、ウォルター・ホールデンは現在のジェイミー・クルスに瓜二つだった。
写真を見ながらアイクは思い出していた。
いつかの夜、胸の白い十字の傷跡を見せながらジェイミーの言った言葉。
『これは俺が初めて寝た奴につけられたんだ。9歳だった……』
それから、もっと前、自分のアパートに連れて帰った翌朝。頬に手を寄せて嬲るようにキスするように言ったっけ。
『俺はずっと地獄に住んでいるんだ……』