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HERD ─群れ─  作者: sanpo
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#25


     25


 アイクとペイジは未だ二人してレイミーのオフィスで〈白鳥の王子連続殺人事件〉の資料と格闘していた。

「最初のテイム・ロビンスンから合計七人……その中でこれだ、3番目の犠牲者ルイス・ウィッスラー」

 ペイジがPCの画面を止める。

「僕が着目したのはロドニー・ハワーズとこのルイス・ウィッスラーなんだ。ロドニーはハッキリと、ルイスは微妙に違うんだよ(・・・・・)

 縁無しの眼鏡を人差し指で押し上げてから、

「こんな言い方いいかどうか知らないけど、テイムに始まって次のアート・ホープではどんどん過激になっている」

 死体に刻印された傷をクローズアップして、

「見ろよ、まさにエスカレートって言葉がぴったりだろ?」

「──」

「それなのに、ルイスでいったん落ち着いてしまう」

 画面には3番目の犠牲者の惨殺写真が映し出された。

「前者二人はあれほどキチガイじみて手がつけられなかったのに──これじゃまるで〝振り出しに戻れ〟だ」

 〈白鳥の王子》の異名のきっかけとなった〝茨の上着〟──死者の上半身に縦横無尽につけられた斬り傷は、こうして並べてみると明らかにルイスではおとなしく弱々しかった。

「確かに」

 アイクが同意する。勤務時間は過ぎているのでもう制服ではなく私服に着替えていた。

「ルイスの傷つけ方は初心者みたいにためらっていて自信なさそうに見えるな」

「初心者だからさ!」

 アイクは腕を組むと深く椅子に腰を落として唸った。

「面白い意見だな、ペイジ捜査官。他の刑事や上層部はあんたの意見に何て言ってるんだ?」

 ペイジは肩を竦めてみせた。

「相手にしてくれない。何故って? ルイスが縛られていた紐が先の犠牲者たちと同一のものだったから」

 この〝紐〟こそ〈白鳥の王子連続殺人〉の唯一の物証だった。

 それはなんの変哲もない、何処にでもあり、また誰にでも入手可能な梱包用のピンク色のナイロン紐。鑑識によって今のところ全て同一製品だと確認されている。

 ペイジはさも残念そうに頭を振った。

「だから、ルイスで僕の持論を立証するのは諦めたんだ。その点ではロドニーの方がハッキリしているからね」

 キィボードを叩いて画面をロドニーの写真に切り替える。

「上の連中はこれも連続殺人犯(シリアルキラー)が示すバリエーションの一つと見なしているが、ロドニーは縛られていなかった。だから、ピンクのナイロン紐は無し」

 万年筆でその箇所を指し示しながらペイジは説明する。

「ロドニーの傷つけられ方は七人中一番といって言いほどだ。不謹慎な言い方だけど、立派な〝茨の上着〟を彼は着せられている。でも、彼は縛られていない。そしてもう一つ、他の犠牲者たちとの違いは、死体の発見現場が犯行現場だったこと──」

 今更君に言うまでもないが、と前置きしてからCBIの捜査官は続けた。

「他の〈白鳥の王子〉の殺人は、明らかに予め周到に計画された上で実践されてるよな? 犠牲者たちは拉致され、裸に剥かれ、両手両足を緊縛されて、斬り刻まれる。但し、性的虐待の痕跡は一切認められない──」

 実はこの性的虐待の痕が認められないこともこの事件の特徴の一つではあった。

「そして、犯行現場とは違う場所にポイと捨てられる──」

 ペイジはこれで何杯目かになるコーヒーを飲み干すと顔を顰めた。

「先の、〈白鳥の王子連続殺人事件〉の犠牲者としては疑わしいと僕が指摘したルイスでさえ一応(・・)このパターンには嵌っているというのに」

「でも、ロドニーは違った……」

 噛み締めるようにアイクが言った。

「ロドニーは他の犠牲者たちのように手間をかけられていない。ホテルを出るとすぐ、近くの路地で斬り刻まれた……」

「僕に言わせれば、ロドニーの場合は明らかに無秩序で衝動的な──場当たり的な殺人だよ」

 ここで電話が鳴った。

 また一番近くにいたペイジが取った。

「はい?……」

 すぐに受話器を差し出して、

「君にだ、サクストン。みんな(・・・)弟を持っているんだな! 僕は一人っ子だから羨ましいよ」

「?」

 受話器を耳につけた途端、アイクはその懐かしい声を聞いた。

「アロー、アイク!」

「……ジェイミー?」

「今夜も遅いの?」

「まあな。今ちょっと取り込んでいるんだ」

 アイクはチラッと捜査官を見た。気を利かしてペイジは先刻よりPCを弄っていた。

「大事なとこなんだよ。漸く全体像が見えかけている」

「どんな風に取り込み中なんだ? まさに口説き落とせる瞬間とか?」

 少年の荒い息遣いが伝わって来た。

「どこが大事なとこだって? 首筋か? 乳首? それとも脇腹? 全体像って、それ、全部、服剥ぎ取って、モロ裸の状態?」

「いい加減にしろ、ジェイミー。俺が今何処にいるかわかってるだろ? HERDの関係者と署内のオフィスに詰めているんだぞ」

「それがどうした? あんたなら署長のデスクにだってクソガキ乗っけちまうくせに」

「おい?」

「俺が知らないと思うなよ? こりゃ何だよ? あんたの手帳! 可愛子ちゃんの名で埋められてる」

 思わずアイクは怒鳴った。

「またやりやがったな! 人の持ち物を勝手に荒らす真似はやめろよな! それに、それは……そこに書いてあるのは……つまり、それなりに理由が」

「ひでえ! じゃ、本当だったんだな? 否定してくれると思ったのに!」

「──」

 ヤラレタ! アイクは歯噛みした。

 まんまと引っ掛けられた。手帳は今、自分のジャケットの内ポケットにちゃんと入っている──

 改めて手でそれを触って確認しながらアイクは頭を振った。電話の向こうでは泣き叫んでいるジェイミーの声。

「教えろよ! 誰の名書いてあるのさ? ボビー? レニー? トロイ? ピート? アーチーもか? ルパートに、クリス? それから」

 アイクは一回、大きく息を吸って吐いた。そうして努めて冷静な声で言う。

「あのな、もうその手には乗らないぜ、ジェイミー」

「何?」

「おまえの魂胆はわかってる。そうやってまた俺を煽って殴らせようってんだろ? 俺はそういうの嫌だって言ったはずだ」

 最大限優しい声で囁く。

「頭を冷やせよ、ジェイミー。今日はできるだけ早く帰るから。だから、いい子にしてるんだ。わかったな?」

「後悔するぜ」

 声のトーンが変わる。いつもと違うジェイミーの声が言った。

「あんた、後悔するぜ。俺にこんな仕打して」

「ジェイミー?」

「みんな後悔する……」

 耳障りな音がして電話が切られた。その後に聞こえるのは無機質な発信音だけ。

 ツー・ツー・ツー・ツー・ツー

「──?」

 この獏とした不安はどこから来るのだろう?


 ジェイミーは裸でグリーンのベッドに腰掛けていた。

 グリーンの家から電話したのだ。

 その裸体たるや凄まじかった。身体中、花園のような痣と傷……

 久々にグリーンと繰り広げた呪われた快楽の残影……

 その禍々しい姿で、叩きつけた受話器の上に手を置いたままジェイミー・クルスは暫く身動ぎもせず虚空を見つめていた。

「みんな後悔する……」

 



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