#23
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同じ頃アイク・サクストンはレイミーの自室のPCの前で頭を抱えていた。
朝からかかりきりで徹底的に調べた結果、グリーンの〈白鳥の王子連続殺人事件〉犯行日前後のアリバイは完璧だった。付け入る隙がない。グリーンが連続殺人鬼だとしたらよほど完璧なトリックを使っているとしか考えられない。でなければ──真犯人はグリーンではない別の誰か……?
「どうした、具合でも悪いのかい?」
背後に立ったのは、またしてもCBIのケヴィン・ペイジ捜査官。但し、今日は自販機のコーヒーだけでなく洒落た紙袋も下げていた。
「差し入れだ。君、昼食も取ってないだろう? グリーンプラッツのサンドイッチだぞ! いや、全く、あそこのデミは完璧だよね」
「ありがとうございます。昼休み返上で頑張ったのに結局行き詰ってしまって……」
差し出された袋を受け取ると自分の椅子を引いてアイクはPC画面を指差した。
「これをどう思います?」
「?」
意外にもアイクの方から水を向けて来た。
州の地図の上、赤い丸は〈白鳥の王子連続殺人事件〉の現場と犠牲者を表している。だが、その周囲の黒い丸は?
「事件が起こった時、当局が内密にマークした犯人候補者です。もちろん同一人物は一人もいません」
こうして見ると視覚的に一目瞭然だ。
①には3個、②には2個、③に3個、④も3個、⑤には4個、そして、⑥、⑦では一挙に増えて、すぐには数えられない200以上の黒い丸が付けられている。
「まあ、この⑥⑦は今回強化作戦実施中だったから、つまりHERD効果のせいですが。この甚大な黒丸の中の一人が我らのケイレヴ・グリーンなんです」
サンドイッチを噛み砕きながらアイクは言う。
「これを見て俺が嫌な気がするのは、必ず〝それらしい男〟がいるって事実です」
警察当局が必死に追いたくなる該当者、それらしき男……
「だが、いつも躱される。結局、決定的な証拠を押さえられなくて諦めざるを得ない。そうこうすると、今度は次の場所でまた始まる。そしてそこに設えたみたいに別の候補者がいる。役者が揃ってるって感じ」
「それがわれらが母国なのさ、サクストン!」
ペイジは努めて明るい言い方をした。
「データーによると現在我が国には100人以上の連続殺人鬼がいるらしいぞ」
(そして、僕の横にも……?)
ペイジは横目でアイクを見た。PC画面を見つめて考え込んでいる端正な顔はゾッとするほどクールだ。
「……出来すぎてる」
ボソリとアイクが呟く。
「増え続ける犠牲者と必ずそこにいるプロファイリング通りの候補者の群れ……」
「気にするなよ、さっきも言ったけど、居過ぎるんだよ、該当者がさ、このアメリカ中ウジャウジャと」
アイクは画面を一人の少年に戻した。
「ティム・ロビンスンか」
ペイジも身を乗り出した。
「〈白鳥の王子連続殺人事件〉の第一番目の犠牲者だ。場所はサンフランシスコ市チェルナットストリート……」
サンドイッチを食べ終えたアイクは頷いて、
「連続──少なくとも同様の手口の殺人事件が五回以上あった場合、〝最初の殺人に最も注意を払うべし〟これは俺たち警官がセミナーで何度も聞かされるセオリー。だから、俺もやってみました」
画面はその地域一帯へクローズアップされる。
「テイム・ロビンスン事件の前にこの地域で起こった事件の中に何か関連性のあるものはなかったか? 〝連続殺人犯は最初の事件を起こす前にいくつかの些細な事件を必ず起こしている〟これもポリスアカデミーで講習済み」
「うん。実は僕も一度試みたよ。でも、該当するような些細な事件はなかったと思うけど?」
「些細なのは、ね。これはどうです?」
次にアイクが画面に表示したのは──
〈ホールデン一家惨殺事件〉
ケヴィン・ペイジは喘いだ。
「うーん、確かにこれは〝些細な事件〟ではないな! だから僕はチェックしなかったけど──何か共通点を君は見つけたのか?」
「残念ながら、僕も自信を持って指摘できる程のものは見いだせませんでした。強いて言えば……犯人の体格かな。そして、凶器の選択。銃器ではなく刃物、ナイフを使用してる点……」
デッドエンド。ここで行き止まりだった。
二人は口を閉ざした。
アイクは相変わらず素晴らしい目で画面を見つめている。
「教えてくれ」
いきなりの突っ込み。ペイジが訊いた。
「レイミーとはどういう関係?」
アイクもあっさりと一言。
「姉貴」
それきり、また二人は黙り込んだ。
やがて、ため息をついてからアイクが口を開く。
「あまりにも対照的だよな? ボトムズ家とサクストン家。俺は見たとおりさ。あっけなく欲望に引きずられる。だらしなくてクレイジー。レイミーはあくまでクール。強くて徹底してる。いつも自己抑制力が効いて、ストイックで聡明で揺るぎない。でも、一番凄いのは──」
目を閉じてアイクは言った。
「優しいことさ」
「!」
それはCBI捜査官が予想していたリストには入っていない言葉だった。
「こんなところにいて、こんな職業を選択していながら、限りなく優しい。俺が知っている人の中でレイミーは一番優しい人間だ」
含羞んだように笑ってアイクは言い添えた。
「お蔭様で俺は優しくしてもらってるよ。俺を捨てた父や俺を忘れた母に代わって、肉親以上にいつも優しくしてもらってる……」
「愛したことは?」
ペイジは言い直した。
「彼女のその優しさを愛だと考えたことはなかったのか?」
「俺は彼女に値しない」
きっぱりとアイクは言った。
「なあ、ペイジ捜査官」
椅子を反転させると、ここで初めてペイジと向き合った。瞳をまっすぐに見て、言う。
「俺は12かそこらから母親と寝てた」
「え?」
捜査官は狼狽した。
「俺はそういう奴なんだよ。だから、あんたが俺を疑うのも当然さ」
「え?」
狼狽の極に達する捜査官だった。
「ぼ、僕は、何も、その、あれ」
「俺は、そら、アカデミーで教える殺人鬼になれる要素を全て兼ね揃えてるしな」
指を開いてアイクは数え上げて見せた。
「一つ、欠陥のある家庭に育ち、二つ、8歳から12歳までの父親が必要な時期に父親かそれに代わる父性もなしに過ごし、三つ、母親は廃人同然の麻薬中毒者で、四つ、性的虐待を繰り返し体験した。そして、5つ、最近の大きなストレス──仕事上の大失態と失恋のダブルヘッダー……!
そういう上で、前夜一緒に夜を過ごした可愛い少年が血塗れの死体で発見されたとしたら、これじゃ誰が見たって真犯人は俺だよ」
「──」
「俺のアパートをこっそり漁ったところでおぞましいエログロのポルノ雑誌やVTRは発見できないかも知れない。それも当然だよな? だって、俺のポルノはこれ、勤務先の警察署に保管されている生写真集だもの」
「悪かったよ、サクストン。でも、僕の立場としては──」
「責めてるんじゃない。当たり前だと言ってるんだ。理解できるから。あんたはあんたの考え方ややり方で好きにやってくれ。構わないからさ。でも、これだけ言っときたい」
赤面している捜査官に向かってアイクは頷いた。
「俺はきっと、あんたの……そして、全てのプロファイラーの提唱する連続殺人鬼の条件にドンピシャだ。でも」
いったん顔を伏せて床を見た。それから顔を上げた。
「一つだけ該当しない項目がある。それこそ──俺が人を愛せるって事実だ」
「!」
「ポリスアカデミーのテキストにはっきりと書いてあるよな? 連続殺人を犯すような人間は〝特定の異性、或いは同性と長時間関係を維持できない〟……つまり、〝真実の恋人を持てない〟」
最高の笑顔でアイク・サクストンは言い切った。
「だとしたら、俺はハズレだ、ペイジ捜査官。俺は今、ちゃんと愛する人を持っている。全身全霊を傾けて一人の人を愛しているんだぜ」