#21
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翌日もアイクは出勤すると自由になる時間はPCに張り付いていた。
場所はHREDチーム本部、要するにレイミー・ボトムズ刑事の自室である。
「私が許可したのよ。だから、この際、見て見ぬ振りをして!」
「勿論ですよ! 文句を言うつもりは毛頭ありません」
片や、HERDの実動隊長とCBI捜査官の二人は二階廊下の突き当たり、自販機の前でコーヒーカップを手に会話している。
「〝泳がせる〟って言った僕の、これは理想どうりの展開ですよ!」
オフィスの開けっ放しのドアからアイクの姿をチラチラ窺いながら興奮気味にペイジは言った。
「サクストンのあの目! まさに猟犬の目だ! あなただってあれを見ればわかるでしょう? やっぱり奴は尋常じゃない。あののめり込み方は異常だ!」
「そうお? 私にはVICAP(凶悪犯逮捕プログラム)やNCIC(全米犯罪情報)やIAFIS(指紋自動識別システム)……またはCOC(証拠物件保管資料)のデーターをチェックしてる仕事熱心な警官にしか見えないけど?」
レイミーの意見は捜査官には聞こえなかったようだ。
「これは案外近いうちに動きがあるかもな? 一度箍が外れて人を血祭りにあげた人間はその味を忘れられないって言いますからね。まあ、見ててご覧なさい。いくら漁っても資料写真なんかじゃ飽き足らなくなる。押さえつけられない欲望に飲み込まれ、そして──」
アイクは画面を地区の監視対象者ケイレヴ・グリーンに戻した。暫くじっと見つめていたがシャットダウンして立ち上がった。
「おわっ!」
ペイジはコーヒーカップを投げ出した。飛び上がって、アイクの後を追って駆け出して行く。
「じゃ、そういうことで、こっちは僕に任せてください!」
見送りながらレイミーは真っ赤な頭を振った。
「……物凄くハズしまくってる気がする。正直、CBIは人選を間違えたんじゃないかな?」
アイクがやって来たのは例の地区、サンセットストリップ。
まずはお馴染みの〈サイドカー〉を覗く。
この時間帯の割に結構人はいた。しかも、隅のブースに男の子達が3、4人固まって談笑しているのが目に入った。彼らが誰か既にアイクはその素性を知っていた。〈美しい供養羊〉の面々。
だが、アイクはすぐBARを出た。群れているのはダメだ。真実の話は一対一でないと聞けない。
慌てる必要はなかった。時間ならたっぷりある。案の定、界隈を巡ると何軒目かの小さなBARで一人見つけた。
その子は暇そうに肩肘をついてカウンターに寄りかかっていた。
「ボビー・ブルックス?」
「YOU GET IT!」
染めているかどうかはともかく鮮やかなストロベリーブロンドに榛色の目が堪らない。そんな子がアイクを見るやセクシーに唇を舐める仕草をしてみせた。
「ワオ、こりゃゴージャスじゃないか! 俺をご指名? あんたならもう誰の紹介かなんて問わないよ!」
だが、そこまで言ってから、眉間に皺を寄せる。
「待てよ、俺、あんた見たことある。ひょっとして」
少年は指をパチンと鳴らした。
「そうだ、あんたジェイミーのいい人だ。あいつが必死で追っかけてたよな?」
I GET IT! 俺も捕まえた、とアイクは内心思う。隣のスツールに腰を下ろすと、
「ばれたか。悪いことはできないな。じゃ、俺とはダメかい?」
「残念だけど諦めてくれ。俺だって残念なんだからさあ」
アイクはカウンターに10ドル札を置くと、
「その友情に乾杯! 好きに飲んでくれ」
少年は笑った。
「じゃ、〈キスミー・クィック〉!」
アイクも笑い返しながら、
「俺は〈エンジェル・キス〉で。──それにしてもボビー、おまえは友達を大切にするタイプなんだなあ!」
「ああ、義理は硬い。この辺りの仲間は皆んなそうさ。友達を裏切ったりしない」
「でも、ジェイミーとはそんなに古い付き合いじゃないんだろ?」
「?」
「ロドニーも言っててけど、ジェイミーはグループじゃ新顔だってな?」
「まあね。半年くらい前かな。突然、フラッと現れたって感じ」
「引っ越して来たんだって? 何処からか知ってるかい?」
この後もアイクはさらに何人かの可愛らしい少年たちに声をかけて歩いた。
ピート・モーガンはチャイナーズシアターに近いハリウッドBlvdとラ・ブレアAve.の交差点で見つけた子羊の一人。金色の巻き毛と青というより水色に近い瞳。アイクも躊躇するくらいの幼顔で、ひょっとして自転車が欲しくて金を稼いでいるのではと錯覚するほどのキュートさだった。
サンセットBlvd沿いに戻り、サンセットプラザの中華料理店チンチン・グリルの外のテーブルで飲茶セットを頬張りながら本を読んでいたのはクリス・ハナ。
亜麻色の髪と金茶の目の、ほっそりとした少年は、大学に復学する資金を貯めているのだと打ち明けた。パトロン募集中だよ。あんたがなってくれたらなあ! でもダメ。ジェイミーのコレだから。
それにしても──
グリーン曰く〈美しい供養羊クラブ〉のメンバーに、思った以上に自分の顔が割れていることにアイクは驚かされた。素晴らしい情報網ではないか! しかも、その理由もその日の内に判明した。
目ぼしい区域を歩いた後、再び戻って来た〈サイドカー〉で、まさに入店しようとしていたのが、レニー・ハンターだった。
アッシュブロンド、瞳も青灰色に見える。長身で身長はほぼアイクと同じくらい。魅惑のハスキーボイス。
一緒に店に入って、カウンターに並んで腰を下ろす。
レニーもアイクがジェイミーの恋人だと心得ていた。
アイクは微笑まずにはいられなかった。
「ホントにおまえらの律儀さと絆の深さは十字軍並みなんだな! これじゃ俺はこの界隈じゃ浮気の一つも出来ないじゃないか!」
ニヤニヤ笑ってレニーは言う。
「やだな! まだ気づかない?」
シャツの襟元を大きく開けて項を見せると、
「あんたのパンチ痛かったぜ。つい最近まで痣が残ってたんだ」
「!」
いつかの夜、デッドエンドでの乱闘がまざまざと蘇る。
「そうだよ、ありゃヤラセだよ。ジェイミーにせがまれて俺たちの何人かがヒト芝居付き合ってやったのさ。ジェイミー、あの晩、どうしてもあんたと知り合いになりたいって……」
考えてみれば出来すぎた話だった──
何が、供養羊だ。ほんと、地獄に住まう美しい悪魔どもめ……!
「ジェイミーの奴、本気で殴れって。でないとリアリティ湧かないってさ。それで、俺たちもそこそこ気合いれて殴ったけどさ。まさか、あんたにあれほど本気で殴られるとはな!」
レニーはそう言ってキュートにウィンクしてみせた。
「あんたたちは何と思ってるか知らないけど」
真面目な顔に戻ってレニーは言う。
「俺たちは俺たちで身を守る必要がある。だから、団結しなきゃ。一人は皆んなのために。皆んなは一人のために。全く、『友を選ばば男娼士!』だぜ? でも、そうでなきゃ生き残れない危ない稼業だってのも事実だからさ」
レニーは美しい横顔を見せてため息をついた。
「それなのに俺たちの仲間が二人もあんな目に合うなんて。信じられないよ」
勿論、連続殺人事件のことを言っているのだった。
「ロドニーにしろ、ミッキーにしろ、俺たちの中で知らない奴に呼び出されてノコノコついていくような馬鹿はいないはずなのに……」
「待てよ、レニー」
ふと思いついてアイクは訊いた。
「知らない奴にはついて行かないって言うんだな? と言うことは──知ってる奴ならどうだ? ついていくのか?」
具体的な名前を挙げる。
「例えば、そうだな、ケイレヴ・グリーンとなら?」
レニーは唇を舐めた。
「ああ、それは……ついて行くかも知れない……」
「──」
振り出しに戻る、だ。
アイクは思わざるを得なかった。ジェイミーにグリーンはシロだと言った俺の当初の読みは間違っていたのだろうか?
一方、今日一日、ずっとアイクを尾行し続けたCBIの捜査官ケヴィン・ペイジには最早全ては明らかに思えた。こうも露骨に少年たちに声をかけて歩くアイクの姿……
次の獲物を物色しているんだな、サクストン巡査? ホルトは最後にとっておこうってことか?
あの子は特別の供物。もっと経験を積んで、殺しの技を磨き、自分のスタイルを完成させる日まで御預けか。で? 今、目の前に燦ざめく綺羅星の如き美しい男の子達はその実験台ってわけだ……