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HERD ─群れ─  作者: sanpo
18/37

#16

     16


 今一度、レイミーはその名を呼んだ。

「……シュンイチ?」

「YEAR!」

 電話口でシュンはキュートに微笑む。

この間(・・・)はわざわざお電話ありがとう。僕スッゴク感激しちゃったな! あ、誰か傍にいるの? 署内じゃなくてプライベートナンバーの方使うべきだった? せっかく教えてもらったんだから」「何の用? 何かあったの?」

「相変わらず汚ねえよな、あんたたちって? 警察が俺のこと張ってるって密告(チク)ってもらったのは有難かったけどさ。どうせなら、どうしてあの時、その理由まで教えてくれなかったんだよ?」

「それは──」

「チクってくれたのはあくまであんたの個人的な好意だって言いたいんだろ? 監視されてるのを教えてもらっただけでも感謝しろ、か? ケッ、あんたたちの遣り口はうんざりだ!」

 シュンは吐き捨てた。

「教えろよ、何故、今頃、俺を張ってるんだ?」

「──」

「……ジェイミー・クルスってガキが昨日、俺んとこへ来たぜ」

「そう」

 チラとさっきの写真に目をやるレイミー。〈駐車場で対峙するキュートな二人の図〉……

「ま、どうせ、とっくにあんたたちは知ってるだろうけど?」

 シュンはシュンでこちらは、昨日ジェイミーが脱ぎ捨てて行った、部屋の隅の血だらけの衣類を眺めた。あんまり酷いので、シャワーを使わせた後、自分のワードローブから好きなのを自由に選ばせて着せて返したのだ。

「俺の周りをサツが彷徨(うろつ)いてる理由はジェイミーも知らないって言ってた」

 声の調子が一挙に変わった。

「……アイクなんだろ?」

 甘ったるいボーイソプラノ調から苦悩する人間の真摯な声へ。

「……またアイクが何かドジったのか? どうなんだよ、言えよ?」

 レイミーは受話器を利き腕に持ち替えた。

「ロドニー・ハワーズ殺害事件って知ってる?」

「一番新しい……じゃなかった、一番最新は一昨日のアレか。要するに、ここLAで起こった最初の〈白鳥の王子〉連続殺人事件の犠牲者だろ、それ」

「ロドニーは連続殺人事件の犠牲者ではないという意見があるのよ」

「へえ?」

「それで、その真犯人が……アイクだと……」

「!」

 回線が死んだように暫く音声が途絶えた。再び戻ってきた声は海底からのそれのようにくぐもって響いた。

「マジかよ? マジでそんなこと考えてるの? あのアイクが人なんか殺すもんか! 殺せるもんか!」

「──」

「ああ、そうか!」

 突然声が鮮明になる。

「あんたたち、アイクが俺を殺しに来ると思ってるんだ?」

 喉の奥で笑う音。

「もしそうなら、俺がアイクに殺されるとこ、写真に撮ろうって?」

「シュン……」

「だったら今度は綺麗に撮ってくれよな! 厳選されたアングル! 芸術的な構図! 完璧なフォーカス! 俺もアイクもうーんと魅力的に撮してくれ! そして、それを今度こそ……ヘリコプターで街中にブチ撒いてくれ! ブラボー!」

 叩きつけるようにして電話を切ろうとしたシュンをレイミーが止めた。

「待って、シュン!」

 受話器を握り締めて叫ぶ。

「……悪かったと思ってるわ。あんなやり方して。本当よ」

「へえ? あんたたちでも良心の呵責を感じてるってわけだ?」

 少年は受話器を耳元へ戻すと椅子に腰を落とした。

 コードを指に巻きつけながら、

「世間知らずで臆病な十五歳の男狂いのガキ、あんたたち警官はまんまと(たぶら)かして利用したんだもんな? ああいうのをまさに〝誑かす〟って言うんだ。いいように〝利用する〟ってね。どう、俺もあれからお勉強して少しは賢くなっただろ? だから──」

 食いしばった歯の間から言う。

「いいか? 今こそちゃんと言ってやる。俺はアイクを〝誑かして〟〝利用した〟ことなんか一度もなかった!」

 暫く間があった。

「俺はアイクを〝引っ掛けた〟」

「!」

「YEAR! 俺はアイクを〝誘惑した〟それは認める。真実だから。……あの日、ルイーズの馬鹿がハイウェイで事故って……パトのサイレンが鳴り響いて……そして、アイクがやって来た」

 遠い日の夏の匂いを嗅ぐように少年は目を閉じ、顔を上に向ける。切った額から血が滴るのを止めようとバックシートに頭を押し付けた、その時のまま、あのままのポーズで。

「……真っ直ぐにこっちへ向かって来るあのクールな警官は誰だ? 一目見た瞬間、俺はもう決めてた。あいつをどんなことしてでもモノにしてやる!

 欲しくって仕方なかった。夢のようだったよ。LAPDの制服をピシッと着込んでこっちへ歩いて来るアイクときたら、そりゃもう……処女懐妊を告げに天から降り立ち、今しも庭を横切って来る大天使(ガブリエル)を見たマリア様の心境! ゴージャスでエクセレンツ!

 神様が俺にお遣わしになった……俺だけの天使だったんだ……それを──

 あんたたち汚ねえポリスどもに盗りあげられるとはな! 何より、そのことを自分で気づかずに許しちまったのが……耐えられない」

 ここでまた声のトーンが変わった。

「……おまえら警官に復讐してやりたい」

「?」

「ずーーっと思ってんだ。あれ以来、俺。あんたたちが困ることなら何だってしてやりたい。あんたたちを引っ掻き回してズタズタにしてやりたい。俺がそうされたみたいに」

「シュン?」

「なんで()だと思わないのさ?」

 電話の向こう、自分の青い部屋(ブルールーム)でシュン・ホルトは机の上のペン立てからカッターナイフを抜き取った。大切な写真を封印した靴箱の紐を断ち斬るのに使ったそれをつくづくと眺める。

「ロドニー・ハワーズが殺害された際の俺のアリバイはチェックした?」

「何を言ってるの?」

「アイクを疑うんなら俺だって立派に候補リストに乗れるってことさ」

 ナイフを弄びながら愈々悪魔じみた声で少年は続ける。

「俺は未だにアイクの周りを彷徨(うろつ)いてる。知らなかった? 未練断ち難くってやつ。で、あの日、俺はアイクがロドニーと仲睦まじくベストウエスタンプラスへ入って行くのを目撃しちまった。

 一晩中、俺はホテルを見上げて過ごした。惨めだったよ。そして、朝、アイクが出て来るのをひたすら待った。でも、声はかけられなかった。それまでだって何度も待ち伏せしては駆け寄ろうとしてるんだけど、いつもいざとなると足が凍りついちまう。あんたたちのせいで俺はアイクにとって〝裏切り者〟になってるからだ。仕方がない。アイクはやり過ごす。暫くして、今度は呑気な可愛子ちゃんが出て来た。幸せそうなツラしやがって……! 怒りが集中する。あのキュートな顔や身体ムチヤクチャに斬り刻んでやりたくなっても不思議はないだろ? それで、俺は後をつけて行く。犯行現場となったデッドエンドまで……」

 ここまで一気に語って、肩を竦めた。

「どうだ、こういう設定? リアリティ溢れてるだろ?」

「いい加減にしなさい、シュン」

「あれ? 変に思わないのか? 食指は動かない? やり手の女刑事さん? 俺、ロドニーがアイクと一緒にいたって事実知ってるのに。ホテルの名まで言ったのに。こういうのって一部警察関係者と、あとは真犯人しか知りようのないことで、専門用語で〈秘密の暴露〉とかって言うんじゃないの? なあ、レイミーお姉ちゃん、ロドニーを殺ったのは俺だよ!」

「馬鹿馬鹿しい」

 レイミーは取り合わなかった。

「どうせ情報源はジェイミーでしょ。あんたたち悪ガキの悪戯に付き合ってる暇はないわ。でも、これだけは言わせて」

 声が震えるのをレイミーは隠そうとしなかった。

「あなたに私たちがしたこと……写真を使ったやり方を私は今でも恥じているわ。本当に悪かったと思っているのよ。だからこそ、今回、事前にあなたに連絡(リーク)したの。私はアイクが殺人を犯すなんて信じてはいない。その上、あなたがまた盗撮の対象になるのが私は耐えられなかった。予めそのこと知っていればあなたはあなたなりに注意して対処できるだろうと思って……勿論、前回の罪滅ぼしになるとは考えていないけど、それでも──」

「地獄へ落ちろ!」

 一方的に電話は切られた。


 今度こそ、受話器を叩きつけるとシュンはベッドへ倒れ込んだ。アイクとの盗撮写真を花びらのように散らしたベッドへ。

 狂ったように笑い出した。やがて、その笑い声は嗚咽に変わって行く──


 一方、レイミー・ボトムズは受話器を握り締めたまま立ち竦んでいる。

「──」

 いったんは笑い飛ばしたものの、さっきシュンの言ったことを今一度、頭の中で展開してみる。

 一連のその光景(シーン)……


 処はLA・サンセットストリップ、サンセットBldv沿いのホテル・ベストウエスタンプラス。

 元恋人と撚りを戻したくてこっそりと後をつけ回している可愛らしい黒髪の少年がいる。

 物陰から少年が見たものは、愛してやまない男に寄り添ってホテルに入って行くプラチナブロンドのキュートな少年だ。勿論、どんなに羨ましくっても黒髪の少年は彼らと一緒にはホテルに入れない。

 その周辺を彷徨(さまよ)ってひたすらに朝を待つ。

 待望の朝焼けの中で、しかし、声をかけるここともできす元恋人の後ろ姿を見送り、そして、次にはブロンドの出て来るのを待った。

 

この筋書き(ストーリィ)は生々しく、説得力がある。全く今まで考えていなかった構図だ……


『ヘイ! 可愛子ちゃん!』

 レイミーのイメージの中でシュンはロドニーに声をかけた。

 ゆっくりと振り返るロドニー・ハワーズ。

『……誰だ、おまえ?』

『おまえこそ誰だよ? アイクの新しい恋人か?』

『だったら何だっての? おまえは捨てられた古い恋人かい?』

 挑発するキュートなロドニー。

 片や、キュートなシュンの顔が憎悪で歪む──


「嫌だ! 私ったら……何考えてるのよ……」

 レイミーは喘いで頭を振った。そこに今度重なるのはペイジの声だ。

 

 ── 人はね、誰でも、殺人鬼になれるんですよ……

 

 声は更に囁くのだ。

 

 ── 一連の〈白鳥の王子〉連続殺人事件にはオリジナル以外に〝別人〟が何人か参加しています。

   師である初代殺人鬼と刺激された追随者の群れが入り乱れて……

   いつ果てるとも知れない鮮血の狂想曲を奏で続けるのです……


 


 


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