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HERD ─群れ─  作者: sanpo
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#13

     13


「幸いなことに、拳銃と弾丸は24時間以内に見つかったわ。ホルト氏の経営する会社の、ホルト氏の部屋からね」

 レイミー・ボトムズはニコリともせずに言った。

「もっと詳細に言えば──弾丸の一部はホルト氏の椅子とホルト氏自身の体内から見つかったの」

「──……」

 ポカンと口を開けて自分を凝視しているジェイミー・クルスに気づいて、

「ごめんなさい。説明不足だったわね? 要するに、全てはシュンの姉のルイーズ・ホルトの仕組んだことだったの。彼女は弟を唆して警官を誘惑させ、最終的に銃を手に入れた。それを持って父のオフィスへ直行してぶっ放したってわけ」

「父親目掛けて?」

「そう」

 刑事は目の醒めるような赤い髪を肩へ振り払ってから、

「ホルト氏は、一命は取り留めたわ。でなきゃ、後の処理はもっと困難なものになっていたでしょうね。どっち(・・・)にとっても」

 ここでレイミーは大きく息を吐いた。

「私たち──アイクや警察側も、ホルト氏側も痛み分けの余地があったってこと」

 何故、ルイーズ・ホルトがこんな真似をしたか?

 彼女は父親の支配欲がもうこれ以上我慢できない限界値に達していた。

 良き夫にして良き父に見えたギルバート・ホルトは家族が自分に逆らうのを決して許さず、思い通りにならないと激しい暴力に訴える傾向があった──

「娘は父親から自由になりたかった」

「いや、復讐だろ」

「ともかく、ホルト氏は街の名士だわ。DVの称号は似合わない」

「なるほど。〈裏取引〉をしたな?」

「何とでもおっしゃい。どんな風に呼ばれようとお互いにとって〝最良の道〟を選んだと私は思ってる。これに懲りてホルト氏は今までみたいに愚かな行為はできなくなるはずだし、何より、彼は自分が原因で娘を犯罪者のすることは避けたかった。やり方は間違っていたにせよギルバート・ホルトは家族を愛していたのよ。一方、サクストンは前途有望な警察官だわ。それを、たった一度のくだらないミスで失うのは警察にとっても大きな損失というものよ」

 とっくに冷めてしまったコーヒーを飲み干して刑事はカップをテーブルに戻した。

「この事件は表沙汰にならなかった。シュンは私たち警察関係者の前で告白したわ。姉に命じられてアイクを誘惑した。全て姉のシナリオに従って行動したまでだ。自分も父のDVにはほとほと参っていたから。最終的には銃を手に入れるのが目的で、つまり、嫌々アイクと付き合っていたんだと」

「サイテーのクソガキだな、そいつ」

 ジェイミーは吐き捨てた。

「これじゃあアイクは丸っきり〝被害者〟じゃないか!」

「そうとばかりも言えないわ。シュンイチ・ホルトは〝未成年〟だったのよ」

「!」

「事件が公にされていたらアイクは身の破滅だった。銃を奪われたこと以上に、嵌められたとはいえ、警官が未成年の少年と関係を結ぶなんて、世間が許すはずないじゃない」

 レイミーは自分のショルダーバッグを引き寄せると、

「さてと、私は帰るわ。あなたもよく考えてちょうだい」

「何をだよ?」

「いろんなことを、よ。特に〈真実の愛〉について」

 この後に続けて刑事は恐ろしいことを言った。

「ねえ? 現実にアイクが愛して止まないのは誰? アイクの心を占めているのは誰?」

「え?」

「アイクは長いことこの事件を引き摺っている。今も完全には回復していない。私たちもその点ではどんなに困っていることか。それで……私、最近気づいたの。アイクが一向に傷を癒せないのは、自分が仕出かした〝失態〟のせいではなくて…〝失恋〟の痛みのせいではないか……」

「──」

「あんな酷い目にあって……言わば一方的に嵌められて利用されたのに、それでもアイクは、アイクの方は、シュンを愛しているのよ。愛し続けているのよ、今でも」

 レイミーは真っ直ぐに少年の緑色の目を覗き込んだ。

「どんなに愛していても、愛する人の心に自分以外の誰かがいるって、辛いことよ。私は身を持ってそれを知っている。味わい続けているわ。あなたはこれに耐えられる?」

「う、嘘だ! アイクは俺のこと、愛してるって言ってくれたぜ! ロドニーよりも愛してるってハッキリ言ってくれた! そ、それを今更……そんな自分を罠にかけたクソガキなんか……」

 ボトムズ刑事は立ち上がると玄関へ向かって歩き出した。いったんリビングのドアの前で立ち止まる。と、やおら振り返ってそれを指差した。宛ら銃を撃つように。

「?」

 その指の先をジェイミーが目で追っている間に刑事は今度こそ去って行った。

 玄関のドアが閉まる音を聞きながら、ジェイミーは凍りついたようにソファから動けなかった。

 どのくらいそうしていただろう。

 漸く腰を上げて、ゆっくりと〝それ〟に近づく。

 ビューローの背後の壁いっぱいに貼られた写真たち……

(クソッ、どうして? ……どうして、 今まで気づかなかった? 最初にこの部屋で目覚めた時に気づいてもよさそうなものを……)

 何枚もの幸福な写真の中にその一枚はあった。

 黒髪に黒い瞳のキュートな少年。

(なるほど、モロ、アイクのタイプだ……)


 BAR〈サイドカー〉の店内。

 アイク・サクストンとハリー・クラヴェルは入口付近のカウンター席に連なって先刻からグリーンを張っている。

 今日、グリーンは一番奥のブースにいた。周囲には例によってキュートな男の子達が(たむろ)している。と、一人の少年が群れから離れてアイクの方へやって来た。

 少し恥ずかしそうに頬を染めてアイクの隣を目で示すと、

「そこ、空いてる?」

「悪いな。ツレがいるんだ」

 少年は反対側に座っているクラヴェルを横目で見て、

「ふうん、ガッカリだな。あんた、超クールなのに趣味がサイテー!」

 捨て台詞を残し、再び群れへ帰って行く少年の後ろ姿を眺めながらクラヴェルは苦笑した。

「いやはや……大したものだな? これで何人目だっけ。いつもこの調子なのか?」

 アイクが答えないので刑事は更に続けた。

「いつもこんなに言い寄られるのか? 選り取り見取りってやつだな! こんなんじゃロドニーとヤバくなっても当然か。そのロドニーも、今の内偵役のジェイミーとやらも──みんな向こうから声を掛けて来た?」

 アイクは何も言わない。

「適材適所とはこのことだ。サクストン、おまえ、こんなとこにいても全然違和感ないし説得力もある。おまえ自身、趣味と実益を兼ねてて嬉しいだろ? ボトムズ刑事は親切だなあ! いつも骨を折っておまえにいい仕事を回してくれるものな?」

 アイクは無視した。全神経を集中させてグリーンを監視する。眼前のハリー・クラヴェルは最低のクソ虫野郎だ。だが、この手の揶揄は慣れてる。放っとけ。

「なあ、色男さん? おまえ、ボトムズともデキてるのか?」

「!」

 流石に顔色が変わった。鋭い目でアイクがクラヴェルを振り返った、まさにその時、入口のドアが開いて、入って来たのはジェイミーだった。

 警察官たちは否応なくそっちに注意を向けた。

 ジェイミー・クルスはチラッと二人を見て、それから何食わぬ顔でグリーンのブースへ近寄って行った。

 グリーンは傍目にも嬉々としてジェイミーを迎え入れた。自分の真横に座らせると顔を寄せ親しげに何事か言葉を交わす。

 カウンターからアイクとクラヴェルはそれら一部始終をつぶさに観察し続ける。

「おやおや、噂をすれば本命のご登場だな……!」

「──」

 と、グリーンとジェイミーは席を立って二人して外へ出て行く気配。

 アイクとクラヴェルの後ろを通り過ぎる際、突然、ジェイミーは足を止めた。

「どうした、ジェイミー?」

 怪訝そうに訊くグリーンに、

「いい男がいると思ってさ。見なよ、ケイレヴ」

 内心アイクもクラヴェルも飛び上がるほど驚いた。勿論、上辺(うわべ)は平静を装って何も聞こえないふりをしていたが。

 ジェイミーに促されてグリーンが首を巡らす。

「え?」

「あの黒髪の方。モロ俺の好みだ! ねえ、知ってる、ケイレヴ? 俺さあ、こーいう男にメチャクチャ弱いんだ」

「へえ、そうかい」

「こーいう男になら、俺、言いなりになって、もう、見境なく全てを捧げ尽くしちゃうな!」

「ふん、行くぞ」

 ジェイミーの細い首に手を置くとそのまま押し出すようにして歩き出すグリーン。だが、二人の傍を通過する際、チラとアイクに一瞥をくれた。


「どういうつもりだ、あのガキ!」

 荒々しく車のドアを閉めながらクラヴェルは毒づいた。

「これでグリーンはおまえの顔を憶えちまったぞ! 全く、要らぬ真似しやがって……」

 それから、ふと思いついた様子で、ハンドルを握るアイクに尋ねた。

「坊やと何かあったのか?」

「──」

 一方、グリーンの(トランザム)の中で、サイドミラーに追尾するアイクの車影を探しながらジェイミーは笑いの発作に身を捩っていた。

「クク……クククク……」

「どうした、ジェイミー? 今日は一段と……上機嫌だな?」

「クク……アハハ……アーハハハ……アハハハハ……」

 悪魔じみた笑いの嗚咽──


 その後、グリーンの車はラ・シエネガBlvd沿いにある彼の自宅で止まり、グリーンとジェイミーは建物の中に消えた。

 交代の時間までアイクたちはやや離れた路上で監視を続け、深夜、それぞれの自宅へ引き上げた。

 アパートのリビングルームへ足を踏み入れて、アイクは納得した。

 ビューローの前、壁から引き剥がされたシュン・ホルトの写真がズタズタに裂かれて床に撒かれていた。

 

 翌朝。

 独りぼっちのベッドの中で、鳴り続ける電話の音にアイクは起こされた。

「クソッ」

 小さく毒づきながら手探りで受話器を探り当てる。

「もしもし?」

 受話器を耳に当てて数秒も経たない内に眠たげだったアイクの顔は一変した。

「何だって……!」


 アイクが駆けつけた時、メトロのレッドライン・ハリウッド/ヴァイン駅にほど近い現場には既にボトムズ以下〈HERD〉のメンバー全員が到着していた。

 足下には引き裂かれた少年──

 裸に剥かれ、両手両足を紐で緊縛され、白い肌に縦横に刻まれた刃の後は茨の上着に見えた。

 地域担当の警官が抑揚のない声で説明する。

「死亡推定時刻は凡そ昨夜0時から明け方4時……被害者の身元は現在のところ不明です……」

 〈HERD〉チームの一同、不動のまま、真新しい惨殺死体を見下ろしていた。

 管轄内では二人目となる犠牲者のそれを。

 

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