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HERD ─群れ─  作者: sanpo
1/37

#0~1

     

     0


 8年前

 198X年・9月15日

 カリフォルニア州サンフランシスコ市サウサリート。

 メインストリートのブリッヂウェイから離れたとある住宅街の一軒家、そのロビングルーム。

 血溜りの中に倒れている成年男女と10代の少年。佇立する成年男子。

 男は振り返って、室内にいる最後の一人を凝視する。

 その一人、10歳前後の少年。家族の返り血を若干浴びている。

 殺戮者を見上げる見開かれた眼……


     1


 同州ロスアンゼルス市。俗に言うサンセットストリップの一画。

 彼ⅠはBAR〈サイドカー〉の店内にいた。

 推定年齢20代半ば。黒髪、琥珀色の瞳、長身痩躯。

 クレージークールな横顔からは内面を窺い知ることはできない。

 店の片隅のボックス席で壁にピッタリ背を寄せて一つの方向、一つのものだけを見つめている。

 網膜内にフラッシュバックする、鮮血の少年の写真/鮮血の少年の写真/鮮血の少年の写真/鮮血の少年の写真/鮮血の……

 彼Ⅰは相変わらず身動ぎもせずに一つの方向を見続けている。

 その対象、彼Ⅱは彼Ⅰに気づいていない(ように見える)。

 彼Ⅱは推定年齢15歳~20歳。童顔で恐ろしくキュートなので小柄に見えるが傍へ行くと思っていたよりも背が高くてギョッとするタイプ。

 とはいえ、6フィートはない。5フィート12インチ位。

 髪は金髪、瞳は緑。いつも伸ばしかけのような無造作なセミロング。

 彼Ⅰは彼Ⅱを見ている。

 と、ここで店のドアが開いて男が一人入って来た。

 彼Ⅰは初めて反応した。彼Ⅱから視線を移してこの男を見る。

 一方、彼Ⅱも近づいて来る男の姿を目の端で確認した。

 男は大柄、頑強。俗に形容される処の男性的(ブルウリィ)なハンサム。

 彼Ⅰはさり気ない風を装って男を見つめる。


     +


「氏名、ケイレヴ・グリーン。年齢36歳、職業・家具職人……これが私たちに与えられた持ち駒ってわけ」

「────」

 アイク・サクストンは渡された写真から眼を上げると黙って上司レイミー・ボトムズを見返した。

「今回CBI発案の広域同時渉猟作戦にはいたくロマンチックな名称(コード)が付いてるのよ。聞きたい? 〈HERD〉ですって!」 *CBI=カリフォルニア州捜査局

 一見して警察オフィスとわかる室内。

 レイミーはスーツ姿だがアイクはきっちりと制服を着ている。

「でも、悲しいかな、名前倒れだわ。人員も経費もさほど割いてくれる見込みはないの。要するにあんまり期待できないってハナから上が思ってるってこと。でも、何かやらなきゃならないでしょ? 未解決のままこうも事件が長引いては……」

「例の──〈白鳥の王子〉連続事件ですか?」

「やめてよ! 私はそのネーミングを好まないわ。あれは間違っている!」

 上司は赤毛を揺らして首を振った。

 〈白鳥の王子〉は最初に死体を見た1警官が、縦横に切り裂かれた被害者の傷が、あたかも〝茨の上着〟を着ているように見えたため口走った一言。あまりに衝撃的だったせいでそれがメディアを介してアッという間に世間に浸透してしまい今となってはどう足掻いても払拭できないのだ。

「大体〝茨の上着〟は妹のお姫様が兄たちのために編んだもので、あれを着て白鳥は元の王子の姿に戻るのよ。だから、決して死衣じゃない」

 レイミー・ボトムズは、この美しくてメルヘンチックな呼び名がどうしても我慢できなかった。

「これは童話の世界の出来事なんかじゃない。事件の悲惨さにもっと目を向けるべきよ。遡れば8年前、ティム・ロビンスン殺害で幕を開け……今日に至るまでわかっているだけで州内で5件……!」

 キィボードを叩いて机上のパソコンに犠牲者たちの写真を次々に映し出して見せる。

 鮮血の10代の少年/鮮血の10代の少年/鮮血の10代の少年/鮮血の……

「で? 現在私たちの狩場(フィールド)で指名された、ありがたいプロファイラーの助言にピッタリの候補がこのケイレヴ・グリーンってこと」

「他には何人いるんですか? つまり当局が今回の作戦でピックアップした候補は全部で何人くらい?」

「聞いてどうするの? 言ったでしょ、広域同時渉猟作戦だって。私たちの署はこの男を徹底的に見張ればいいのよ。つまり、私と君で。────まあ、主に動くのは君ってことで。私は他に色々抱えて忙しいから」

 レイミー・ボトムズは明らかに腐っていた。こんな男と組むのは嫌だ。

「君なんかと組むのは嫌だわ」

 レイミーははっきりと口に出した。

「だって、君は優秀な警察官ってわけじゃあない。最近の自分がどんな内部評価を受けているか薄々は自覚してるんでしょうね、アイク・サクストン巡査?」

 傍らからファイルを引き抜いて、その頁を捲りながら、

「全く、酷すぎるわ! 〝やる気のなさから来る集中力の欠如〟……こんなの警察官にとっては〈死刑宣告〉じゃない?」

 レイミーはため息を一つ吐いた。

「はっきり言って今回の仕事は君にとっては〈延命治療〉だと私は思ってる。時間稼ぎ以上の意味はないわ。このケイレヴ・グリーンとやらに張り付いて一定期間を過ごせば、上手くいけば真犯人が捕まるはず。但し、それをやるのは私たち以外の────他地域で別の候補を追っている優秀な同胞ってわけ。でなきゃ、この作戦自体が失敗とわかってこっそりとピリオドが打たれる。フン、驚きゃしないわ。今までだってこの手の糞作戦、幾つもあったんだから。肝心なのはその間もきっちりと給料は払われ続けるってこと。君みたいな役立たずの屑警官にも、ね」

 ファイルを投げ出すと、ここで初めてレイミーは眼前に立つ部下の顔を真正面から見つめた。

「これだけは言っとくわ。〈延命治療〉、結構。でもね、君自身が命を永らえたいと願うなら、失敗(ミス)だけは無しにしてもらうわよ。手抜きとやる気の無さは今や君の専売特許みたいだから、この際置いとくとして────ヘマだけは御免よ!」

「大丈夫ですよ」

 アイク・サクストンは素晴らしい微笑を返した。

「自分は、時には〝命じられたこと〟もしないかも知れませんが、それくらいだから〝余計なこと〟は絶対にやりません。自分で言うのもなんですがこの手の部下はリスクが少なくて安全ですよ。ボトムズ刑事みたいな前途洋洋の、将来を期待された警察官にはうってつけの部下です」

 デスクを叩く凄まじい音。レイミーの灰緑色の瞳が燠火のように燃え上がった。

「前言撤回! 君なんかヘマをやればいいのよ! 今度こそ即刻、免職(クビ)にできる致命的なヘマをね!」


     +


 (延命治療〉か? 上手いこと言うよなー、レイミー・ボトムズ刑事は。

 わかってるさ。俺は今や、あんたの……いや、署内のお荷物だ。俺は数多くのミスを繰り返してる。

 原因は────OK、これも認めるとも。〝やる気の無さから来る集中力の欠如〟

 だが、誰だって、今、俺がハマってるような状況に追い込まれたら……

 目を閉じると手が見えた。

 真っ直ぐに自分の方へ差し出される美しい掌。

 高速道路(ハイウェイ)を吹き渡る透き通った風。夏の空。

 アイクは縋るようにその幻の手に自分の手を近づける────

 冷たいクラブソーダーの瓶に触れてハッとして我に返った。

 改めて店内を見回す。ケイレヴ・グリーンがいない。いつの間に?

 そして、さっきの方向を見ると少年もいなくなっている。

「しまった……!」


 アイクは店を飛び出した。しかし、外に出たところで既に二人の姿は何処にもなかった。

「これだ……また、やらかしちまった……」

 だが、次の瞬間にはもう微笑が浮かんでいた。

「まあ、いいか」

 ハナから報告しなけりゃいいんだ。『今日、ケイレヴ・グリーンはBAR〈サイドカー〉には来なかった』……どうせ、レイミーは俺の報告書なんてまともに目を通しちゃいない。

「ん?」

 ここでアイクは物音に振り返った。暗い路地の一つ。その奥から聞き覚えのある嫌な音がする。

 警官にとって慣れ親しんだ暴行の音。人が人を殴る音。

 果たして、そのデッドエンドでは四、五人派手に縺れ合っていた。

 反射的に一歩踏み込んだが同時に思う。

(関わるな。ヤバイぞ……)

 俺は今、私服だし、特殊任務中だし、それに何より、関係ない────

 意外にもその群れの中に先刻の少年の顔を確認した。

「あいつ……?」


 近づいて来た新顔に気づいて群れの一番外側の一人が問い質す。

「何だ? おまえも入れて欲しいのか?」

「?」

 輪の中央、まさに今暴行を受けている主役のその少年も、金色の頭を傾げて新しい参加者の方をチラッと見た。

「いや、俺、好きじゃないんだ。こんな────」

 間延びした口調でアイク。

「────大勢で寄ってたかって一人をイジメるのって」

 既に派手に殴り始めていた。

「ウアッ?」

「ゲッ!」

「こ、この……野郎……!」

 逆襲の幾つもの拳を器用に摺り抜けてド真ん中に飛び込むや、すかさず少年の腕を掴む。

「来い!」

「あ、畜生!」

「ふざけた真似────」

「させるかっ!」

 追って来る連中に更に二、三発。仕上げに蹴りも加えて、後は後ろも見ず全速力で駆けに駆ける。

何処をどう走ったものやら。

「大丈夫だ。もう誰も追って来やしないよ」

 逆に冷静に少年に指摘されて、漸くアイクは走るのをやめた。

「カーッコイイ! やるじゃないか、あんた────見た目とは違ってさ!」

「ハアハア……助けてもらった奴が……ハア……最初に言う……ハア……台詞か、それが?」

 完全に息が上がっていた。思えば何ヶ月ぶりの全力疾走だろう?

「あんた、あの店にいたろ?」

「……まあな」

 息を整えるふりをして曖昧に答える。

 少年はそんなアイクの横顔をじっと見つめていた。

 妙な沈黙。その果てに少年がクスッと笑った。

「あんな……『大勢でやるやり方は嫌いだ』だって? じや1対1(サシ)ならいいのか?」

 明らかに誘っている風に見えた。

 だが、アイクが答えを返す前に、当の本人は喘いでその場に崩折れてしまった。

「おまえ?」

 ここに至って、思った以上に少年がダメージを受けていることを知ったアイクだった。

「おい、しっかりしろ! ……おい?」

 




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