第5話 : 五月の逃走
第5話 : 五月の逃走
五月末。不登校が三週間を超えた。
カーテンの隙間から差す光で、朝と昼と夕方を見分けている。右上にあれば午前。正面なら昼過ぎ。左下に落ちれば夕方。それだけが時計の代わりだった。目覚まし時計はとっくに止めてある。鳴っても意味がないから。起きる理由がない朝に、アラームは暴力に近い。
部屋の空気は一週間前より重くなっている。窓を開けたのがいつだったか思い出せない。自分の匂いにもう慣れてしまった。慣れるというのは怖いことだ。異常が日常に変わる。
スマホの充電ケーブルが枕元からコンセントまで伸びている。この白い線だけが、わたしと外の世界をつないでいた。ケーブルの先に電気があって、電気の先にインターネットがあって、インターネットの先に知らない人たちがいる。わたしはベッドの上から、その遠い世界を覗いている。
トー横の動画を保存した夜から、わたしのSNSの使い方が変わった。
それまでは目的もなくタイムラインをスクロールしているだけだった。知らない人の投稿を眺めて、何も感じないまま画面を閉じる。その繰り返し。
でもあの夜から、指が特定の方向に動くようになった。検索欄に「トー横」と打ち込む。関連するアカウントが並ぶ。タップする。フォローする。また別のアカウントが表示される。タップする。フォローする。
気づいたら、タイムラインの半分以上がトー横関連の投稿で埋まっていた。
SNS上のトー横は、二つの顔を持っていた。
一つは「居場所」としてのトー横。学校に行けない子、家にいられない子、どこにも自分の場所がない子たちが集まる場所。「ここに来れば仲間がいる」「一人じゃなくなれる」。投稿にはネオンに照らされた笑顔の写真が添えられている。地雷系メイクの女の子たち、髪を派手に染めた男の子たち。楽しそうに見える。少なくとも、わたしの部屋の天井よりは。
もう一つは「危険地帯」としてのトー横。ニュースサイトの記事。「歌舞伎町に集まる少年少女の実態」「トー横キッズと呼ばれる子どもたち」。犯罪、薬物、性被害。大人たちが書いた記事には、いつも深刻な見出しがついている。「少女たちの叫び」「歌舞伎町の闇」。
どっちが本当なんだろう。楽しそうな笑顔も、深刻な記事も、同じ場所について語っている。両方とも本当で、両方とも嘘なのかもしれない。わたしにはわからなかった。画面の中の歌舞伎町しか知らないから。
ある日、一つのアカウントが目に留まった。
匿名アカウント。アイコンは猫の写真。白い猫。名前は伏せてあって、プロフィールには何も書いていない。フォロワーは三十人くらい。
その子の投稿は短かった。
「ネカフェで寝た。シャワー浴びれた」
「コンビニで朝ごはん買った。ツナマヨ」
「今日も生きてる」
他に何も書いていない。写真もない。顔出しもしていない。ただ、その日あったことを一行か二行で書いている。ネカフェで寝た。コンビニで朝ごはんを買った。今日も生きてる。それだけ。
わたしはその投稿を何度も読み返した。
この子はたぶん、わたしと同じくらいの年だ。一人で歌舞伎町にいて、ネカフェで夜を過ごして、コンビニのおにぎりを食べている。わたしよりずっと大変な状況にいるはずなのに、「今日も生きてる」と書いている。その三文字が、画面の向こうから、わたしの胸に届いた。
わたしは自分の部屋にいる。ベッドがある。布団がある。冷蔵庫にはおにぎりが入っている。母さんが作ったものだ。屋根がある。壁がある。鍵がかかるドアがある。この子が持っていないものを、わたしはぜんぶ持っている。
なのに、わたしは「生きてる」と書けない。天井の罅を数えることしかできない。
猫アイコンの子をフォローした。フォローバックはなかった。でもいい。わたしはただ、この子の「今日も生きてる」を読みたかっただけだから。
学校から電話が来たのは、五月の最後の週だった。
夕方。母さんが帰宅して、リビングで電話を受けている声が聞こえた。階段を上がってくる足音。ドアの前で止まる。ノック。コンコン。
「凪沙、担任の先生から電話。代わって」
母さんの声は平坦だった。最近の母さんはそうだ。怒りも焦りも消えて、事務的な口調になっている。わたしのことを諦めたのか、それとも新しい距離の取り方を見つけたのか。どちらにしても、以前より楽だった。溜息をつかれるよりは。
スマホを受け取った。母さんのスマホ。画面に担任の名前が表示されている。田中先生ではない。新しい担任に変わったらしい。名前だけは聞いていたけど、声は知らなかった。
「瀬川さん? 担任の横山です。少しだけ話せる?」
女性の声だった。若い。穏やかだけど、甘くはない。
「……はい」
「学校のこと、焦らなくていいからね。ただ、状況を聞かせてもらえるとありがたいなって。いつ頃来られそうとか、ある?」
「……わかりません」
「うん、わからないよね。無理もない。保健室登校でもいいし、まずは一回、学校に来てみるだけでもいいから。お母さんも心配してるしね」
お母さんも心配してる。その言葉が引っかかった。心配している。母さんは心配している。それは知ってる。でも「心配」と「理解」は違う。母さんはわたしを心配しているけど、わたしのことを理解してはいない。心配は相手のため。理解は相手の中に入ること。母さんはドアの前までは来るけど、中には入ってこない。
入ってこないのか、入れないのか。わたしが鍵をかけているのか。
「……考えます」
「うん。待ってるからね」
電話を切った。母さんにスマホを返す。ドアの隙間から母さんの手が伸びてきて、スマホを受け取った。指と指が触れなかった。
その夜、母さんがドアの向こうから言った。
「明日は行けそう?」
「……明日は無理」
沈黙。そして溜息。あの音。家の中でいちばん大きな音。母さんの足音が遠ざかっていく。
わたしはメモ帳を開いて書いた。
「心配と理解は違う。心配はドアの前まで来る。理解はドアを開けて中に入ること。でもわたしは鍵をかけている。どっちが悪いんだろう」
書いてから、答えが出ないことに気づいた。どっちが悪いかなんて、たぶん、誰にもわからない。
六月に入った。
木曜の夜。いつものようにSNSを見ていた。猫アイコンの子の最新投稿。
「雨降ってきた。傘ない。コンビニの軒下にいる」
そのすぐ後にもう一つ。
「でもまあ、いつか止むでしょ」
わたしはスマホを胸に当てた。この子はコンビニの軒下にいる。傘がない。雨に濡れている。でも「いつか止むでしょ」と書いている。諦めじゃない。投げやりでもない。ただ、そういうものだという受け入れ方。雨は降る。いつか止む。それだけのこと。
わたしの天井の罅は増えない。わたしも割れない。それだけのこと。
その夜、眠れなかった。いつも眠れないけど、この夜は違った。頭の中がざわついている。猫アイコンの子のことを考えていた。コンビニの軒下。雨。傘がない。あの子はどんな顔をしているんだろう。猫のアイコンの向こう側に、どんな顔があるんだろう。
天井を見た。罅。一本、二本、三本。
視線をスマホに移した。猫アイコンの子のプロフィールページ。白い猫。投稿の一覧。「今日も生きてる」「ネカフェで寝た」「ツナマヨ」。
その下に、位置情報らしきものは何もなかった。でも投稿の時間帯がいつも深夜で、コンビニやネカフェの話が多い。歌舞伎町にいる。たぶん。
会ってみたいと思った。
会いたいわけじゃない。会ってどうするのかもわからない。ただ、画面の中の文字ではなく、この子が実際にいる場所を、見てみたいと思った。ネオンの光の下で「今日も生きてる」と打っている指を、見てみたかった。
金曜日の朝。六月最初の金曜。
目が覚めたとき、妙に落ち着いていた。いつもなら天井を見て、罅を数えて、スマホを持ち上げて、そこから動かない。でもこの朝は違った。身体が軽いわけじゃない。相変わらず水底にいるみたいに重い。でも、重い中に何か一本の芯が通っている感覚があった。
階下から母さんの出勤準備の音が聞こえる。食器の音。テレビ。水道。いつもと同じ朝の音。
陸が「姉ちゃん、行ってくるね」と言う。わたしは「いってらっしゃい」と返す。いつもと同じやりとり。
玄関のドアが閉まる。母さんも出ていく。家が静かになる。冷蔵庫のモーター。
わたしは布団から出た。
三週間ぶりにシャワーを浴びた。正確には、この三週間でも何度かは浴びている。でも今日のシャワーは違った。「洗い流す」ためではなく、「準備する」ためだった。何の準備かは、自分でもはっきりわかっていなかった。
髪を乾かした。ドライヤーの温風が顔に当たる。鏡の中のわたしは、目の下にクマがあって、頬がこけていて、前より痩せていた。陸が「最近痩せた?」と言っていたのは、気のせいじゃなかったらしい。
パーカーを着た。ジーンズを履いた。制服じゃない。学校に行くわけじゃないから。リュックに財布を入れた。スマホの充電器。タオル。ペットボトルの水。何に使うかわからないけど、持っていないと不安なものを詰め込んだ。
鏡をもう一度見た。パーカーにジーンズの自分。部屋着じゃない自分。どこかに行く自分。
わたし、外に出るんだ。
玄関のドアを開けた。五月末の空気がぶつかってきた。湿度が高い。梅雨の手前の、ぬるい空気。太陽が眩しい。三週間、カーテンの隙間からしか光を見ていなかった目には、世界の明度が高すぎた。一瞬、めまいがした。電柱に手をつく。深呼吸する。
歩き始めた。足が重い。身体が重い。三週間ベッドの上にいた人間の足は、こんなにも地面の感触を忘れるものなのか。アスファルトの硬さが靴底を通じて伝わってくる。近所の家の庭から、紫陽花の蕾が見える。もうすぐ咲くのだろう。季節が進んでいた。わたしが止まっている間にも。
最寄り駅まで歩いた。十分の道のりが二十分に感じられた。駅に着く頃には少し汗をかいていた。改札の前に立つ。ICカードをポケットから出す。
券売機の上に路線図がある。見上げた。色とりどりの線が絡み合っている。どの線がどこに行くのか、頭に入ってこない。視線がさまよう。埼京線。京浜東北線。武蔵野線。駅の名前が羅列されている。
「新宿」。
その二文字で目が止まった。
なぜ新宿だったのか。考えてもわからない。行きたい場所があったわけじゃない。会いたい人がいたわけでもない。ただ、画面の中で見たネオンの光が、三週間ずっと頭の中にあった。赤くて青くてピンクで、嘘みたいに明るかった、あの光。
あの光の下に行けば、何かが変わるかもしれない。何も変わらないかもしれない。でも、天井の罅を数えているよりは、何かが起きる気がした。
ICカードを改札にタッチした。ピッ、と音がする。改札が開く。
ホームに降りる。電車を待つ。朝のラッシュは過ぎていて、ホームに人はまばらだった。制服の学生はいない。みんな学校に行った後の時間だ。わたしだけが、どこにも属さない時間に立っている。
電車が来た。ドアが開く。乗った。
三週間前、この駅で電車を三本見送った。乗れなかった。今日は乗れた。行き先が違うからかもしれない。学校じゃない場所なら、足が動く。
電車の中で、窓の外を見ていた。
郊外の住宅街が流れていく。屋根と屋根の間に洗濯物が揺れている。公園を走る子どもが見える。コンビニの看板。歩道橋。踏切。わたしが止まっている間にも、世界はこうして動いていた。洗濯物は乾き、子どもは走り、コンビニは営業している。わたしが天井を数えている間に、季節は五月から六月に変わった。
車窓に自分の顔が映った。パーカーのフードを被った、クマのある顔。知らない人が見たら、何に見えるだろう。家出少女? サボり学生? どこかに行く途中の、普通の女の子?
普通。わたしは普通に見えるのだろうか。外側だけ見れば、たぶん普通だ。リュックを背負ったパーカーの女の子。スマホを見ている。よくいる。でも中身は三週間天井を数えていた人間で、これから目的もなく新宿に向かっている。普通の皮を被った、普通じゃないわたし。
電車が地下に潜った。窓が暗くなる。車内の蛍光灯が反射して、自分の顔がくっきり映る。
スマホを開いた。猫アイコンの子のページ。最新の投稿は今朝のもの。
「今日もここにいるよ」
「ここ」が歌舞伎町なのか、コンビニの前なのか、ネカフェの中なのか、わからない。でも「ここにいるよ」と書いている。この子はどこかにいる。わたしは電車の中にいる。二人の間を、電車が縮めている。
新宿が近づいていた。地下のトンネルを電車が走っている。暗い車窓に、スマホの画面の光だけが映っている。白い猫のアイコン。「今日もここにいるよ」。
わたしが乗ったのは、逃走のための電車だった。
学校から逃げる電車ではない。家から逃げる電車でもない。母さんの溜息から逃げる電車でもない。
たぶん、「透明なわたし」自身から逃げるための電車だった。天井の罅を数えるだけの毎日から。ベッドの上で溶けていく輪郭から。誰にも見えない、誰にも触れられない、この透明さから。
でも本当は、何から逃げているのかすら、よくわからなかった。わかっていたのは一つだけ。このまま天井を数えていたら、四本目の罅が入る前に、わたしの中の何かが先に割れる。
アナウンスが流れた。次は新宿。
電車が減速する。ホームの灯りが窓の外に見え始める。わたしはリュックの紐を握りしめて立ち上がった。




