第45話 : 書くということ
第45話 : 書くということ
夜の十一時。
自室。ベッドの上にあぐらをかいて座っている。枕元のスタンドライトだけをつけた。部屋の隅が暗い。天井の罅は見えない。見なくていい。今夜は天井じゃなく、スマホの画面を見る。
メモ帳アプリを開いた。
二百十三件。
半年以上かけて書き溜めた短文が、二百十三件。スクロールすると画面が延々と続く。最初のメモから最新のメモまで。日付順に並んでいる。一件ずつ、書いた日時が記録されている。
最初のメモ。五月中旬。不登校が始まって一週間後の深夜に書いたもの。
「この家の天井には罅が入っている。三本。毎日数えている。明日四本になったら、わたしも割れるかもしれない」
読み返した。画面の中の文字が、あの夜のわたしの声になって聞こえる。布団の中で天井を見上げていたわたし。カーテンを閉めたまま、昼も夜もなかった部屋。スマホの画面だけが光っていた部屋。あの部屋で、わたしはこの一行を書いた。
書いた理由を覚えている。息ができなかったからだ。母さんの「あなたにも原因がある」が耳の中で反響していて、父さんの無関心が家全体に染みついていて、陸の「無理しなくていいよ」が優しすぎて痛くて。全部の音が頭の中でぶつかり合っていた。書くと、少し静かになった。言葉にすると、頭の中のノイズが一行に凝縮されて、画面の中に移動した。
次のメモ。同じ週。
「母の溜息は、家の中でいちばん大きな音だ」
そうだった。母さんの溜息。台所からリビングまで届く溜息。わたしの部屋のドアの隙間からも入ってくる溜息。あの音が怖かった。責められている気がした。今読み返すと、母さんも苦しかったのだと思う。溜息は攻撃じゃなくて、悲鳴だったのかもしれない。
スクロールした。六月のメモに入る。歌舞伎町に行き始めた頃。
「テレビで見るのと、匂いが違う。全部が混ざった匂い。焼き鳥と排水溝と香水とタバコ。これが歌舞伎町の匂い」
「ネオンは嘘の太陽みたいだ。明るいのに温かくない」
「名前を呼ばれた。"なぎ" と。久しぶりに、自分の名前が存在した」
匂いと光と名前。最初のメモは五感で書かれている。歌舞伎町という場所を、身体で受け止めようとしていた。目で見たものを書いた。鼻で嗅いだものを書いた。耳で聞いたものを書いた。まるで旅行記みたいに。でも旅行じゃなかった。逃避だった。
七月。トー横に通い始めて一ヶ月が経った頃。
「コンビニのおにぎりは、百円で買える小さな約束だ。明日もここにあるっていう」
レンが「これすごいよ」と言ってくれた一行。ネカフェの隣のブースで見せた夜。わたしはこの一行を「ただのメモ」だと思っていた。レンが「すごい」と言うまで、これが誰かに届く言葉だとは知らなかった。
「透明人間には影がない。だから誰にも踏まれない。でもそれは、誰にも触れられないということでもある」
これもレンに見せた一行。レンは「おれのことでもある」と言った。わたしの言葉が、わたし以外の誰かの気持ちを言い当てていた。わたしだけの痛みだと思っていたものが、レンの痛みでもあった。言葉は、個人的なものであると同時に、普遍的なものになれる。
八月のメモ。歌舞伎町の朝を書いたもの。
「ゴミ袋は夜の記憶を詰め込んで、トラックに運ばれていく」
「ホストの看板の笑顔は、朝日の中では少し寂しそうに見える」
「コンクリートの隙間から、空が見えた。星はなかったけど、飛行機が横切った。あれに乗っている人は、わたしたちが地面にいることを知らない」
この頃のメモは、色鮮やかだ。歌舞伎町という場所を、言葉で切り取ろうとしていた。観察者としてのわたしが、いちばん活き活きしていた時期。ルカ姉がいて、レンがいて、カケルがいて、四人で夜の王国を歩いていた頃。
九月。秋。
「"あの子は悪い子ではありません"。わたしの母は、見知らぬ人にはそう言える人だった。わたしにだけ、それが言えなかった」
母さんのSNS投稿を見つけた夜に書いたメモ。読み返すと胸が痛む。あの夜のわたしは怒っていた。恥ずかしかった。でも同時に、母さんが「悪い子ではありません」と書いてくれたことに、救われてもいた。怒りと感謝が同時に存在する。矛盾しているけど、人間の感情は矛盾するものだ。
十月。鶴見が現れた頃。
「"話を聞きたい" と言われると、嬉しくなる。でも、嬉しくなることが、いちばん危ないのかもしれない。だって、誰かに聞いてもらいたいのは、わたしたちの弱さだから」
この一行は、今読んでも鋭い。あの頃のわたしは、鶴見の正体に気づきかけていた。でも気づきたくなかった。善意を信じたかった。「嬉しくなることが危ない」とわかっていたのに、ファミレスでご飯をおごられて、LINEのIDを教えてしまった。わたしの言葉は、わたし自身を救えなかった。
十一月。ルカ姉が倒れた後。
ここからメモの質が変わる。
「ルカ姉」
一行。それだけ。日時は十一月上旬の午前五時。病院の廊下で書いたメモ。「ルカ姉」以外の言葉が出なかったのだろう。書けなかった。言葉にならなかった。それでもスマホを開いて、二文字だけ打った。
「わたしは見ていたのに。気づいていたのに。何もしなかった」
翌日のメモ。自責。あの頃は自分を責めることしかできなかった。ルカ姉の腕の傷も、「いなくなったら」という言葉も、全部サインだった。見ていたのに動けなかった。でも今なら思う。あの頃のわたしに、何ができただろう。16歳の、不登校の、自分自身が壊れかけている子に。できることには限界がある。限界があったことを認めることは、自分を許すことと同じだ。
十二月。冬。
「優しさには二種類ある。一つは、何も求めない優しさ。もう一つは、借りを作るための優しさ。問題は、その違いが、受け取る側にはわからないこと」
鶴見にご飯をおごられた夜のメモ。このとき、わたしは白石さんと鶴見の違いを言語化しようとしていた。言葉にできなかったけれど、感覚では気づいていた。白石さんは何も求めない。鶴見は借りを作る。同じ「優しさ」のふりをしているのに、中身が違う。
一月。灯台に行った日。
「"灯台" は、光を出す場所だ。暗い海にいる人に "ここにいるよ" と知らせるための場所。灯台は船を引っ張らない。光を出すだけ。あとは船が自分で進む。白石さんはそういう人だ」
白石さんについて書いたメモ。これを書いたとき、わたしは初めて「比喩」を意識的に使った気がする。それまでのメモは、感じたことをそのまま書いていた。でもこの一行は、「灯台」という場所の名前から連想して、白石さんの在り方を比喩で表現している。書き手としてのわたしが、少し変わった瞬間。
二月。母さんとの電話の後。
「"ごめんね" は、壁を溶かす言葉じゃない。壁に穴を開ける言葉だ。穴が開いたら、そこから声が通る。声が通れば、いつか、手も届くかもしれない」
泣きながら書いたメモ。画面がにじんで見えなかった記憶がある。でも指は動いた。泣いていても、書けた。書くことだけは、どんな状態でもできた。声が出なくても。身体が動かなくても。指先とスマホがあれば、わたしの声は言葉になった。
三月。帰ってきてからのメモ。
「帰ってきた。わたしの部屋。わたしのベッド。天井の罅は三本。変わっていない。でもわたしは変わった」
「怖さは貯金できない。水のように、握っても指の間からこぼれる。毎日ゼロからやり直し。でも "くぐった実績" は積み重なる」
「居場所は住所じゃない。誰かが "いていいよ" と言ってくれる、その声が居場所になる」
「土の中で、見えないところで、ゆっくり育つ。五ヶ月かかる。でも育つ。芋みたいに。わたしみたいに」
最近のメモは、前半のメモとはトーンが違う。暗さが消えたわけじゃない。怖さも不安も残っている。でも、その中に光が混ざっている。希望という大げさなものじゃなくて、「まだ続く」という予感。明日も息をしている、という静かな確信。
二百十三件。最初から最後まで読み終えた。
一時間以上かかった。時計を見たら午前零時を過ぎていた。目が疲れている。でも頭は澄んでいる。農園で土を耕した後の、あの感覚に似ている。疲れているのに、軽い。
メモ帳を閉じて、ベッドに仰向けになった。天井を見上げた。罅。三本。見える。スタンドライトの光で影が濃くなっている。
最初のメモと最後のメモ。どちらにも天井の罅が出てくる。始まりと終わりが同じモチーフで繋がっている。意図したわけじゃない。無意識に書いていただけ。でも、読み返すと、一つの流れが見える。天井の罅を数えていた少女が、土の中で育つ芋について書く少女になっている。同じ人間が、十ヶ月で変わっている。
これは日記じゃない。
最初は日記のつもりだった。「トー横日記」とタイトルをつけた。「何があったか」を記録するために書き始めた。でも読み返してみると、「何があったか」はほとんど書いていない。六月の何日にトー横に行った、とか、ルカ姉がこう言った、とか、そういう事実の記録はほとんどない。
わたしが書いていたのは、「何を感じたか」だった。
匂いを感じた。光を感じた。冷たさを感じた。怖さを感じた。温かさを感じた。怒りを感じた。悲しみを感じた。それを、言葉にした。自分の内側にある、名前のつかない感情を、比喩や短文にして、画面の上に置いた。
それは日記じゃなくて——。
物語だ。
わたしの物語。十ヶ月かけて書いた、わたし自身の物語。歌舞伎町に逃げた少女が、ネオンの下で仲間を見つけて、壊れかけて、助けを求めて、家に帰って、教室に戻って、土を耕して。その全部が、二百十三件のメモの中にある。
起き上がった。メモ帳アプリを開き直した。
タイトルを変えた。「トー横日記」という名前を消して、新しい名前を打ち込んだ。
「ネオンの下で息をする」
しっくりくる。ネオンは歌舞伎町。息をするは、わたし。あの場所で息をすることを覚えた。息の仕方を忘れていた少女が、ネオンの下で、もう一度呼吸を取り戻した話。
タイトルを保存した。
次に、メモを整理し始めた。二百十三件のメモを、テーマごとにフォルダ分けする。スマホのメモ帳アプリにはフォルダ機能がある。使ったことはなかった。初めて使う。
「居場所について」。居場所に関するメモを集めた。「コンビニのおにぎりは百円の約束」「名前のない場所に、名前のない子たちがいる」「居場所は住所じゃない」。十二件。
「透明であることについて」。透明人間に関するメモ。「透明人間には影がない」「透明でいることに、わたしは上手くなった」「二人のわたしがいる」。八件。
「家族について」。母のこと、父のこと、陸のこと、ルカ姉たちのこと。「母の溜息は家の中でいちばん大きな音」「"あの子は悪い子ではありません"」「"ごめんね" は壁に穴を開ける言葉」。十五件。
「夜の街について」。歌舞伎町の風景。「ネオンは嘘の太陽」「ゴミ袋は夜の記憶を詰め込んで」「歌舞伎町の朝日は、他のどこよりも切ない」。二十件以上。
「声について」。声を失うこと、取り戻すこと。「書くと、自分の輪郭が少しだけ見える」「書くことは、わたしの呼吸だった」「カケルは音で喋っている。わたしは文字で喋っている」。九件。
フォルダに分けていくと、わたしの十ヶ月が地図みたいに見えてくる。どのテーマが多くて、どのテーマが少ないか。何にいちばん心を動かされたか。どの時期にどんなことを考えていたか。メモ帳が、わたし自身の地図になっている。
整理しながら、気づいたことがある。
わたしは「書くこと」で自分を見つけていた。
いじめで透明になったとき、わたしの輪郭は消えた。名前が教室から消え、声が消え、存在が消えた。でもメモ帳に書くと、少しだけ輪郭が戻った。「わたしはここにいる」「わたしはこう感じた」「わたしはこう思った」。一行書くたびに、消えかけた線がなぞり直される。
言葉にすることで、わたしの輪郭が見えるようになった。書くことは、鏡だった。自分を映す鏡。曇った鏡を、一行ずつ拭いていくような作業。全部がクリアに見えるわけじゃない。でも少しずつ、自分の顔が見えてくる。
SoundCloudの「透明の声」のページを開いた。再生数を確認する。87。前よりは増えた。コメントは三件に増えている。
新しいコメントを読んだ。
「歌詞を書いた人に会いたい」
「この言葉をもっと読みたい。どこかで読めますか」
知らない人がわたしの言葉を求めている。「もっと読みたい」と言っている。カケルの音楽に乗ったわたしの言葉が、知らない人の心に触れて、「もっと」と思わせている。
わたしの言葉を求めている人がいる。まだ少ない。三人。でもゼロじゃない。
この言葉を、もっと多くの人に届けることが、わたしにできる「何か」なのかもしれない。ルカ姉には猫カフェの夢がある。レンにはメイクアップアーティストの夢がある。カケルには音楽がある。わたしには、言葉がある。
レンが言っていた。「なぎ、これネットに上げなよ」。あの夜、わたしは「無理」と答えた。怖かったから。中学のLINEを思い出したから。自分の言葉を外に出したら、また笑われるかもしれないと思ったから。
でも。
カケルが先にやってくれた。わたしの言葉を音楽に乗せて、SoundCloudに上げた。わたしが押せなかったボタンを、カケルが押した。その結果、「救われました」というコメントが届いた。「もっと読みたい」という声が届いた。
怖い。今も怖い。でも、「怖いまま動くこと」を、わたしはもう知っている。校門をくぐるのが怖かった。でもくぐった。教室のドアを開けるのが怖かった。でも開けた。母さんに電話するのが怖かった。でもかけた。灯台のドアを開けるのが怖かった。でも開けた。
全部、怖かった。全部、やった。怖さは消えない。でも怖さの向こう側に、何かがある。校門の向こうには別室があった。教室のドアの向こうには「久しぶり」と言ってくれる子がいた。電話の向こうには泣いている母さんがいた。灯台のドアの向こうには白石さんがいた。
メモ帳の「共有」ボタン。SNSに投稿する機能。ボタンは画面の右上にある。小さなアイコン。矢印が外に向かっている。「外に出す」ことを意味するアイコン。
見つめた。長い間。
まだ押さない。今日は押さない。
でも、押す日が来る。近いうちに。
その前に、もう少しだけ整えたい。二百十三件のメモの中から、人に見せられるものを選びたい。言葉を磨きたい。メモ帳の走り書きをそのまま上げるのではなく、ちゃんと「作品」として仕上げてから。
作品。そう呼んでいいのかわからない。わたしは作家じゃない。ルカ姉が「作家になれよ」と笑ったのは、冗談だと思っていた。でも今、二百十三件のメモを読み返した後のわたしは、少しだけ「なれるかもしれない」と思っている。なれなくてもいい。でも、書くことはやめない。書くことが、わたしの息だから。
スマホを閉じた。
窓を開けた。三月末の夜の空気が入ってくる。冷たいけど、冬の冷たさじゃない。春が混ざっている。沈丁花の匂いがどこかからする。甘くて重い匂い。この匂いも、メモに書けるかもしれない。「春の匂いは甘くて重い。冬が終わることを、鼻が先に知る」。
書きたい。まだ書きたい。メモ帳を開き直した。
「わたしは、書くことで自分を見つけていた。言葉にすることで、輪郭が見えるようになった。透明人間だったわたしに、言葉が輪郭を与えてくれた。今は——その輪郭を、誰かに見せたいと思っている」
保存した。二百十四件目。
もう少しだけ整えたら。もう少しだけ勇気を溜めたら。
この言葉を、ネオンの外に出す。わたしの声を、世界に聞かせる。
でもその前に——明後日、白石さんに会いに行こう。灯台に。最後の訪問になるかもしれない。白石さんに「ありがとう」を言いたい。それから、聞きたいことがある。白石さんがなぜ、押しつけない人になれたのか。あの穏やかさの奥に、何があるのか。
ずっと気になっていた。白石さんの過去。「わたしも昔、同じだったから」と言ったあの一言の、その先。
スマホの画面が暗くなった。部屋が暗い。スタンドライトの光だけ。小さな光。でも、わたしの手元を照らすには十分な光。
書く。明日も書く。明後日も書く。わたしの声を、言葉にして、一行ずつ積み重ねる。いつか、その一行が、誰かの暗い部屋に届くかもしれない。わたしのメモ帳の言葉が、どこかの「猫アイコンの子」の「今日も生きてる」みたいに。
円になっている。受け取った人が、送る人になる。
わたしは、送る側に回ろうとしている。




