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第12話 : 仮の家族

第12話 : 仮の家族


 七月の歌舞伎町は、匂いが濃い。


 梅雨が明けて、夏が本気で始まった。アスファルトが昼間の熱を溜め込んで、夜になっても吐き出し続けている。その熱に、生ゴミの匂い、換気扇から漏れる油の匂い、すれ違う人の香水、排水溝の湿気、ぜんぶが混ざって、「歌舞伎町の匂い」になっている。

 この匂いを初めて嗅いだのは六月の頭だった。あのときは「テレビと違う」と思った。今はもう慣れた。慣れるどころか、新宿駅の改札を出た瞬間にこの匂いが鼻に届くと、身体の力が抜ける。帰ってきた、という感覚。


 歌舞伎町に通い始めて、一ヶ月半が経っていた。


 ローソンの前。いつもの場所。ルカが壁にもたれて缶ジュースを飲んでいる。レンが隣にしゃがんでスマホをいじっている。カケルは少し離れた電柱の根元で、イヤホンをして目を閉じている。

 わたしがルカの横に座ると、ルカが缶ジュースをもう一本差し出した。


「はい。カルピスソーダ」


「ありがとう」


「今日さ、提案があるんだけど」


 ルカがプルタブを鳴らしながら言った。レンが顔を上げる。カケルはイヤホンをしているから聞こえていない。ルカがカケルの足を軽く蹴った。カケルが片耳だけ外す。


「四人で飯食わない? ちゃんとした席で」


「ちゃんとした席って?」


 レンが聞き返す。


「ファミレス。ここからちょっと歩いたとこに二十四時間のやつあるじゃん。あそこ」


「え、金あんの?」


「ドリンクバーだけなら安いでしょ。あとはまあ、なんか一品ずつ頼もうよ。おれっちポテト食べたい」


 レンがすぐにノッた。カケルは黙ったまま、でもイヤホンを外したほうの耳をルカのほうに向けている。それがカケルの「聞いてる」のサインだ。


「なぎも行くでしょ?」


 ルカがわたしを見た。


「行く」


 四人で歌舞伎町を歩いた。路地を抜けて、少し離れた通りに出る。居酒屋の呼び込みの声、カラオケの看板、ホストクラブの入口から漏れるシャンパンの匂い。七月の夜は歩いているだけで汗が首筋を伝う。ルカが先頭を歩いて、レンがその横で喋って、カケルが最後尾で、わたしはその間にいる。いつもの隊列。



 ファミレスのドアを押した瞬間、冷房の風が顔を撫でた。


 店内は明るい。蛍光灯の白い光。歌舞伎町のネオンとは別種の光で、こっちのほうが目に痛い。ファミレスの匂い。コーヒーとハンバーグとエアコンのフィルターが混ざった、どこか懐かしい匂い。

 深夜一時のファミレスは空いていた。奥のボックス席に通される。テーブルを挟んで四人が座る。ルカとレンが向かい合って、わたしとカケルが向かい合って。


 四人でテーブルを囲むのは、実は初めてだった。


 いつもは歌舞伎町の路上で、地面に座って、コンビニのおにぎりを食べている。テーブルがあって、椅子があって、メニューがあって、店員が「ご注文はお決まりですか」と聞いてくる。そういう場所で四人が揃うのは、これが最初だ。


「なんか変な感じ」


 レンが笑いながらメニューを開いた。


「何が」


「だって、おれたちがファミレスって。普通の高校生みたいじゃん」


 ルカが鼻で笑った。


「普通でしょ。ドリンクバー頼むだけの貧乏客だけど」


 ドリンクバーを四人分と、ポテトと、チーズインハンバーグと、コーンスープを注文した。全部で二千円ちょっと。四人で割ると一人五百円くらい。それでもわたしにとっては贅沢だった。


 ルカがドリンクバーに立って、メロンソーダを山盛りに注いで帰ってきた。レンが「それ子どもじゃん」と笑って、自分はカフェオレを選んだ。カケルは烏龍茶。わたしはアイスティー。


「あんたら、飲み物で性格出るね」


 ルカがメロンソーダをストローでかき混ぜながら言った。


「メロンソーダが何の性格なの」


「派手好き」


「自覚あるの」


「あるよ。で、カフェオレはおしゃれぶりたい系」


「ひどくない? おれっちはナチュラルにおしゃれなんですけど」


 レンが胸を張る。ルカが「烏龍茶のカケルは?」と振ると、カケルが小さく答えた。


「……何でもいい」


「何でもいいが烏龍茶になるの、いちばんカケルっぽい」


 レンが笑った。カケルは無表情だけど、口の端がかすかに動いた。笑っている。たぶん。


「なぎのアイスティーは?」


 ルカがわたしを見る。


「わかんない。何の性格だろう」


「アイスティーはさ、ちょっと大人ぶってるけど実は甘いもの好き、って感じ」


「当たってるかも」


 ポテトが来た。四人で手を伸ばす。塩味の熱いポテトをつまみながら、たわいない話をした。レンがSNSで見つけた変な動画の話。カケルが新しく見つけた音のサンプルの話。ルカが先週食べたラーメンが不味かった話。わたしは聞いていて、時々笑って、たまに一言入れた。

 ファミレスのテーブルの上に、わたしたちの時間が流れていた。路上のコンクリートの上とは違う。柔らかい椅子。温かい照明。注文すれば飲み物が出てくる。当たり前のことが、当たり前じゃなかった。


 チーズインハンバーグが来た。ナイフで切ると、中からチーズがとろっと溢れた。


「うわ、おいしそう」


 レンがスマホで写真を撮る。


「映え」


「映えじゃねえよ。食え」


 ルカがフォークでハンバーグの端を切り取って、カケルの前に置いた。カケルは黙って食べた。ルカはこういうことをさりげなくやる。カケルが自分から「食べたい」と言えないことを知っていて、聞かずに分ける。


 わたしにもルカがコーンスープを回してくれた。


「なぎ、あんた今日ほとんど食べてないでしょ」


「食べたよ。おにぎり」


「おにぎり一個で足りるわけないじゃん。これ飲みな」


 紙カップのコーンスープは温かかった。七月の夜に温かいスープは少し暑かったけど、胃に染みた。


 ポテトが空になり、ハンバーグも消え、ドリンクバーの三杯目に突入した頃。


 ルカがメロンソーダのグラスをテーブルに置いて、少し改まった顔をした。


「ねえ、ちょっと真面目な話していい?」


 レンの手が止まった。カケルが顔を上げた。わたしもストローから口を離した。ルカが「真面目な話」と前置きするのは珍しい。いつもは何でも軽い調子で切り出す人だ。


「うちらさ、もう "ファミリー" でしょ」


 ファミリー。ルカの口から出たその言葉を、わたしは静かに受け止めた。


「ファミリーって何、ヤクザ?」


 レンが即座にツッコんだ。ルカが「違うわ」と返す。


「家族って意味。うちの家族はクソだったけど、ここの家族は自分で選んだやつ」


 ルカの声は軽かったけど、目は笑っていなかった。本気で言っている。わたしにはわかった。ルカが「クソだった」と一言で片づけた家族のことを、わたしは少しだけ知っている。父親の暴力。母親の沈黙。保護所からの脱走。長袖の下の傷痕。あの夜、ルカが断片的に話してくれたこと。


「家族ね」


 レンがカフェオレのカップを両手で包んだ。


「おれっちの家族は、クソとまでは言わないけど、無理だった。地元が無理。空気が無理。おれがおれでいられなかった」


 レンは普段の軽い口調のまま言ったけど、その「無理だった」の三文字に重さがあった。レンが地元について話すのはあまりない。SNSやメイクの話ばかりするレンの、その手前にある景色。


 カケルがイヤホンを両耳とも外した。珍しい。


「……家に、誰もいない」


 短い。でもカケルが自分から喋った。それだけで、この場が特別だとわかる。カケルの「誰もいない」は、物理的に人がいないという意味と、心理的に誰もいないという意味と、たぶん両方だ。


 三人がわたしを見た。わたしの番だ。


「わたしは、学校が無理」


 言えた。一言だけ。でも十分だった。学校が無理。それ以上の説明は必要なかった。ここでは「無理」と言えば、誰も理由を聞かない。「そうなんだ」で終わる。


 四人が互いの傷を知った。でも、掘り下げなかった。「なんで?」も「かわいそう」も「大丈夫?」もなかった。ここではそうなんだ、で済む。理由を追及されない。それが、わたしたちのルールだった。


 ルカがテーブルに肘をついた。


「で、うちら四人で、なんかルール作ろうよ。ファミリーのルール」


「裏切らないとか?」


 レンが言った。ルカが「そんな重いのじゃなくて」と首を振る。


「たとえば——困ったら言う。見捨てない。嘘はつかない。そのくらいでいい」


 カケルが小さく口を開いた。


「……嘘つかないのは無理じゃね」


 ルカが一瞬きょとんとして、それからレンと同時に笑った。わたしも笑った。カケルの指摘は正しい。わたしたちは全員、誰かに嘘をついてここにいる。わたしは母さんに。レンは地元の誰かに。カケルは親に。ルカは、嘘をつく相手すらいないのかもしれないけど。


「じゃあ修正。"ヤバいときだけは嘘つかない" に」


 ルカが人差し指を立てた。


「ヤバいときって?」


「死にそうなときとか。金なくて飯食えないときとか。危ない大人に捕まりそうなときとか。そういう、マジでヤバいとき。そのときだけは、かっこつけないで言え」


 ルカの声が少しだけ低くなった。経験から出た言葉だ。ルカ自身が「ヤバいとき」に嘘をついた過去があるのだと、声のトーンで伝わってきた。


「三つね」


 レンが指を折って数えた。


「一、困ったら言う。二、見捨てない。三、ヤバいときだけは嘘つかない。おっけー。おれっち賛成」


 カケルが頷いた。イヤホンを外したままの耳が、四人の声を全部拾っている。


「なぎは?」


 ルカがわたしを見た。


「賛成」


 声に出した。小さかったけど、出た。ルカが笑った。レンが「じゃあ決定ー」と手を叩いた。


 ファミレスのボックス席で、わたしたちは「ファミリー」になった。血の繋がりはない。住所も違う。年齢もバラバラだ。共通しているのは、どこかで「無理」になって、この街に流れ着いたということ。


 「家族」という言葉に、わたしは複雑な感情を持っていた。わたしの本来の家族。母さん、父さん、陸。壊れてはいない。壊れてはいないけど、噛み合わなくなっている。歯車が一つずれたまま回り続けている機械みたいに、動いてはいるけど正しく動いていない。

 「自分で選んだ家族」。ルカがそう言ったとき、わたしの中で何かが緩んだ。選べるのだ。どこに属するかを。誰と一緒にいるかを。学校では選べなかった。クラスも席順も先生も、全部決められていた。家族も選べない。生まれた場所、育った家、血の繋がり。全部、最初から決まっている。

 でもここでは選べる。わたしはルカを選び、レンを選び、カケルを選んだ。三人もわたしを選んでくれた。その相互の選択が「ファミリー」なのだとしたら、それは学校のクラスよりも、血縁の家族よりも、確かな繋がりかもしれない。


 かもしれない。


 でも、わたしの中には微かな不安もあった。コンクリートの上に建てた家は、嵐が来たら壊れるんじゃないか。ファミレスのテーブルの上で交わした約束は、ファミレスを出たら溶けるんじゃないか。この温かさは、一時的な幻なんじゃないか。

 わたしは知っていた。壊れるものを。学校の友情は壊れた。家族の会話は壊れた。壊れないものなんかない。


 それでも、壊れるかもしれないと知りながら、ここにいたいと思う自分がいた。壊れたときのことを考えるより、今この瞬間の温かさを選ぶ自分がいた。



 ファミレスを出たのは、午前三時過ぎだった。


 外に出ると、夜の空気がまとわりついてきた。店内の冷房で冷えた身体が、一瞬で汗ばむ。七月の深夜は、昼間の熱をそのまま残している。


「いやー、食った食った」


 レンが伸びをした。ポテトとドリンクバー三杯で「食った」と言えるレンの胃袋が少し羨ましい。


「来月もやろうよ。月一ファミレス」


「金あるの」


「バイトする。たぶん」


「たぶんかよ」


 ルカがレンの後頭部を軽く叩いた。カケルが少し離れた場所でイヤホンを片耳だけ戻している。


 四人で歌舞伎町に戻る道を歩いた。裏通り。居酒屋の看板がまだ光っている。ゴミ袋が積まれた路地。酔って壁にもたれている人。そういう景色の中を、四人で並んで歩く。


 わたしは四人の影を見ていた。街灯の下で、四つの影がアスファルトに伸びている。長い影、短い影、揺れる影。透明人間には影がない——前にメモ帳に書いた言葉が頭をよぎった。でも今、わたしには影がある。四人分の影が、同じ方向に伸びている。


 この四人でいるとき、わたしは透明じゃなくなる。名前を呼ばれる。話を聞いてもらえる。意見を求められる。「なぎはどう思う?」と聞かれる。それは学校で失ったすべてだった。教室ではわたしの意見なんか誰も聞かなかった。ここでは聞かれる。ここでは、わたしは存在している。


 歌舞伎町タワーが見えてきた。ガラスの外壁にネオンが反射して、タワー全体が光っているように見える。


「ねえ」


 ルカが立ち止まった。


「なに」


「さっき決めたルール、ちゃんと覚えてなよ。特に三つ目」


 ヤバいときだけは嘘つかない。


「覚えてるよ」


「おれっちも」


 カケルが小さく頷いた。


 ルカはわたしたちを見回して、ふっと笑った。いつもの姉御肌の笑い方じゃなくて、もう少し柔らかい笑い方。そういう顔をするルカを、わたしは初めて見た気がする。


 四人でタワーの前を通り過ぎた。ネオンの光が顔を染める。赤、青、ピンク、金。歌舞伎町の色が、わたしたちの肌を塗り替えていく。


 そのとき、視界の端に人影が見えた。


 タワーの反対側、街灯の下に一人の男が立っていた。30代くらい。黒いジャケットに、首からカメラをぶら下げている。ミラーレス一眼。大きなレンズ。男はわたしたちのほうを見ていた。

 目が合った。

 男が微笑んだ。穏やかな笑顔。軽く会釈した。まるで「こんばんは」と言うみたいに。


 わたしは目を逸らした。何かが引っかかった。この時間に、この場所で、カメラを持って立っている大人。笑顔で会釈する大人。わたしたちを見ている大人。


「なぎ、どした」


 ルカが振り返った。


「ルカ姉、あの人」


 わたしが顎で示すと、ルカも街灯の下を見た。男はまだそこにいた。カメラのレンズが街灯の光を反射してきらりと光った。


「何あの人」


 ルカの声が低くなった。警戒の声だ。


「知らない。でも、こっち見てた」


 ルカが眉を寄せた。レンとカケルも気づいて振り返る。男はそのまま微笑んで、ゆっくりと反対方向に歩いていった。急がず、慌てず、自然に。まるで最初からただ散歩していただけのように。


「……行ったね」


 レンが呟いた。


「何だったんだろ。カメラマン? 記者?」


「知んない。でも、夜中にカメラ持ってうろつく大人はロクなやつじゃない」


 ルカの声に硬さがあった。レンが教えてくれた「危ない大人の見分け方」を思い出した。写真撮っていいかと聞いてくるやつは何に使うかわからない。レンの言葉。あの男は聞いてこなかった。でも、カメラを持っていた。


「まあ、気にしすぎかも。行こ」


 レンが歩き出した。カケルも続いた。ルカはもう一度だけ街灯のほうを振り返って、それから歩き出した。わたしも続いた。


 四人の足音が、夜の歌舞伎町に吸い込まれていく。さっきのファミレスでの温かさがまだ胸に残っている。ルカの「ファミリー」。レンの笑い声。カケルが両耳のイヤホンを外したこと。メロンソーダとカフェオレと烏龍茶とアイスティー。

 全部が温かかった。全部が、わたしの記憶に刻まれた。


 でも、あの男の笑顔も、記憶に残っていた。穏やかで、礼儀正しくて、何一つ怪しくない笑顔。カメラのレンズの反射。街灯の下で微笑む影。


 わたしはそのとき、言葉にできない違和感を抱えていた。胃のあたりがほんの少しだけ重い。さっきのチーズインハンバーグのせいかもしれない。でも、違う気がした。

 ルカが警戒した。ルカの勘は、たいてい正しい。ルカが「ロクなやつじゃない」と言ったなら、あの男は気をつけるべき人間なのかもしれない。


 いつもの場所に戻って、ローソンの前に座った。缶ジュースを開ける。カケルがイヤホンをつけ直す。レンがスマホで何かを検索している。ルカがわたしの隣にいる。煙草は吸わない。代わりに爪を噛む癖がある。今も親指の爪を噛んでいる。考えごとをしているときの癖だ。


「ルカ姉、爪」


「あ、やめやめ」


 ルカが手を下ろした。わたしを見て、少し笑った。


「なぎ、よく見てるね。いつも」


「……見てるだけだよ」


「見てるだけって、結構すごいことだよ。見てない人のほうが多いから」


 ルカの言葉が、胸に落ちた。見ている。わたしはいつも見ている。歌舞伎町の夜を。四人の表情を。通り過ぎる人たちの靴を。ネオンの色が変わる瞬間を。そして、メモ帳に書いている。見たものを、言葉に変えて。

 さっきの男のことも、わたしは見ていた。笑顔の奥にある何かを。カメラのレンズが光った瞬間を。たぶん、あの場にいた四人の中で、わたしがいちばん長くあの男を見ていた。


 空が少しずつ白み始めていた。東の空に、うっすらと紫色が広がっている。夏の夜明けは早い。四時半にはもう明るくなる。


 あと少しで、わたしの時間が終わる。始発の電車が来て、わたしは「なぎ」から「凪沙」に戻る。ファミレスで交わした約束を胸にしまって、埼玉の自室に帰る。天井の罅を数える。月曜から木曜を過ごす。そしてまた金曜に、ここに来る。


 メモ帳を開いた。書きたいことがある。


 「今日、わたしたちは "ファミリー" になった。コンクリートの上じゃなくて、ファミレスのテーブルの上で。ポテトとメロンソーダとチーズインハンバーグが、わたしたちの最初の "家族の食卓" だった」


 書いた。保存した。


 ルカが「始発だよ」と言った。わたしは立ち上がった。レンが手を振る。カケルが目だけ向ける。ルカが「また来週」と言う。


「うん。また来週」


 駅に向かって歩き出した。新宿駅の方向。一番街のアーチが遠くに見える。空がどんどん明るくなっていく。ネオンが一つずつ消えていく。夜が朝に上書きされていく。


 振り返った。


 ルカたちがまだローソンの前にいる。小さくなっていく四つの——三つの影。わたしの分を引いた影。来週になれば、また四つに戻る。


 歩きながら、さっきの男のことを考えた。あの笑顔。あの会釈。あのカメラ。

 怖い、とは思わなかった。気持ち悪い、とも思わなかった。ただ、引っかかっていた。違和感。声のない警告。虫の知らせ、というやつかもしれない。


 笑顔のまま近づいてくる人が、いちばん怖い。そのことを、わたしはまだ知らなかった。

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