第08話:YOU NEVER KNOW YOUR LUCK
護衛というのは、待つ仕事だと思っていた。
補給船が三隻、HELIOS回廊の外縁を定刻通りに進んでいる。VEGAはその後方に付いて、センサーを流して、宇宙を見る。何も起きない時間が二時間続いた。昴は少しだけ気を抜いていた。
光点が現れた時、まだその気の抜けた部分が残っていた。
一つ。二つ。五つ。
『五機。これは多いね』
PQが言った。感想のような口調だった。昴の心拍が跳ねても、PQの声は変わらない。
「……多いどころじゃない」
『補給船を挟む動きをしてる。先行が一機、残り四機は補給船狙いだね』
五機が扇形に広がった。補給船を三方から挟み、VEGAには先行の一機を当てる。教科書通りの包囲形成だった。昴は一瞬で状況を理解した。
「逃げられないな」
『補給船を捨てるなら逃げられるけど、それはないよね』
「ない」
『だよね』
昴はVEGAを動かした。
先行機が来た。通信が割り込んだ。
《こちらAETERNUS、VEIL-09。交戦を開始する》
女の声だった。感情が削ぎ落とされている。昴は応答しなかった。
随伴四機が散開した。補給船の死角を突こうとしている。一機を放置すれば補給船が落ちる。一機を追えば先行機が来る。全部を相手にできる操縦技術が、今の昴にはなかった。
先行機の射線を切りながら、随伴機の動きを追った。一機が補給船の後方へ回り込もうとした。昴がそちらへ向いた瞬間、先行機の砲撃が来た。
回避した。補給船への対応が、半秒遅れた。
随伴機の砲撃が補給船の外装を削った。爆発ではなかった。でも削れた。
「くそ——」
『右』
それだけだった。昴は右を見た。随伴機が射角に入っていた。引き金を引いた。装甲が砕けた。一機が離脱した。
残り三機と、先行機。
先行機から声が来た。
《VEGAか》
交戦しながら話しかけてくる。感情の削ぎ落とされた声が、もう一度だけ言った。
《噂通り、速い》
昴は答えなかった。随伴機がまた補給船に近づいている。先行機の砲撃が続く。昴は回避しながら反撃しながら護衛しながら、全部を同時にやろうとした。
全部、中途半端になった。
随伴機が補給船の推進部を捉えた。小さな爆発が起きた。補給船の速度が落ちた。速度が落ちた船は、もっと簡単に狙われる。
『スバル、一個だけ聞いていい』
「今か」
『今じゃないと遅いから。RB-2、使う?』
「……何それ」
『Reverse Boost-2:Frame Release。VEGAの制限を一時的に解除して、
機体性能を最大化する。僕も使ったことないけど』
「使ったことないのか」
『スバルが初めてだから、当たり前でしょ』
砲撃が来た。昴は回避した。補給船の通信に被弾報告が入った。二隻目が削られていた。
「副作用は」
『機体への負担がある。スバルへの直接的な影響は、今のところ想定してない』
「今のところ」
『正直に言ってるだけだよ』
一秒あった。
「使う」
『よし』
最初に気づいたのは、音だった。
機体の継ぎ目が展開する音。金属が金属を押す音ではなく、張り詰めていたものが解けていく音。VEGAが息を吐いたみたいだった、と後から思った。その時は思う余裕がなかった。
次に、重さが消えた。
操縦桿の重さではない。昴自身の重さが。肩に乗っていた何かが、すっと抜けた。抜けて初めて、ずっとそれを背負っていたと気づいた。
視界は変わっていなかった。
でも、見えるものが変わった。
先行機が次にどこへ行くか、分かった。分かった、というより、もうそこに機体の影がある。随伴機三機の動きが全部、同時に、当たり前のように視界の中にあった。補給船の残り速度が、数字ではなく体感として入ってきた。
昴は一度だけ、瞬きをした。
全部、そこにある。
先行機の砲撃を回避した。当たらない場所を通っただけだった。距離を詰めた。反撃した。先行機の武装が、砕けた。
《——何》
女の声が、初めて変わった。
《速すぎる——》
昴は随伴機へ向いた。三機が同時に来た。来るのが分かっていた。二機の装甲が砕けた。残り一機が離脱した。
REGULUSから通信が入った。
《VEIL-09、離脱しろ》
男の声だった。静かだった。有無を言わさない静かさだった。
《……了解》
先行機が引いた。随伴機の残りも散った。五機が、それぞれの方向へ消えた。
昴は追わなかった。
『RB-2を解除する。お疲れ様』
締まっていたものがゆるんだ。何かが戻ってきた感触がある。戻ってきて初めて、それが制限だったと分かった。
手が、震えていた。
昴はその震えを見た。長い時間ではなかった。でも見た。
怖かったわけではなかった。
VEGAが動いていた時間、全部が見えていた。全部が間に合っていた。何が来ても、届かなかった。
その時間が、楽しかった。
その事実が——
『護衛船の状態確認して。三隻とも生きてるよ』
PQの声が、軽い調子で入った。
昴は震える手を操縦桿に戻した。
——
REGULUSのコックピットで、ルシアン・ケイドは映像を止めた。
「解析しろ」
『処理中』
映像を最初から見返した。随伴機が四機いた。VEGAは一機だった。護衛対象があった。条件として、悪い。結果は、随伴機の全滅だった。
VEGAの機動が途中で変わった。変わったと気づいた瞬間、変わる前の動きがどれほど制限されていたかが分かった。
『機体性能に通常規格を超えた変動を観測。原因、不明』
「不明」
『データが不足しています』
VEEは答えを持っていないから答えない。それがVEEの設計だった。
マリアの撤退は正しかった。あの状況で無理をしても損害が増えるだけだった。
ルシアンはVEGAの最後の機動を、もう一度だけ見た。
「次は私が出る」
『了解』
あれを手に入れたい、と思った。その言葉が自分の中から出てきた時、ルシアンは少しだけ止まった。
手に入れたい。
あの機体を、あの性能を、こちら側に置く。それができれば、戦局が変わる。正しい目的だった。
ルシアンは、それ以上は考えなかった。




