第06話:初任務
宇宙は、沈黙で出来ている。
何もない。何も聞こえない。ただ、星が等間隔に配置されているだけで、まるで誰かが設計図を引いてその通りに置いたような、均質な空虚さがある。
「VEGA、後方維持。船団の離脱口を塞ぐな」
通信が来た。隊長機の声。昴は操縦桿を一度だけ握り直して、返事をした。
「了解」
声が、少し掠れた。
ブリーフィングは三十分前に終わっている。補給船団の護衛。全長二百メートル級の輸送艦が五隻、Genea Accordの中継拠点へ向かうのを、七機の護衛部隊で側面を固める。VEGAはそのうちの一機として後方を任された。「戦闘は想定していない」と隊長は言った。「が、油断はするな」とも言った。
昴は「はい」と答えた。
今も、油断していない。ただ、慣れていない。
『スバル』
PQが呼んだ。
「何」
『心拍が上がってる。深呼吸して』
「してる」
してない。昴は浅い呼吸を一回だけして、「してる」と言った。
『嘘。今一回しかしてない。もう一回』
「うるさい」
それでも、昴は息を吸った。ゆっくり、肋骨が広がるのを感じるくらい深く。
空気が、コックピット内を満たした。昴の手から、少しだけ力が抜けた。
――その瞬間。
警報が鳴った。
《熱源反応。方位二七〇。識別符号、Aion Sphere偵察型――二機》
PQの声が、一段階低くなった。
『速い。護衛部隊の迎撃レンジを超えてくる』
「え」
超える、の意味が、一秒後に来た。護衛部隊が間に合わない。偵察型の接近速度が、味方の対応速度を上回っている。つまり、船団の側面が――
《VEGAは後方を維持》
命令が来た。
昴は、操縦桿を握ったまま、動けなかった。見ている。センサー越しに、二機の光点が船団の左舷へ向かっていくのが。護衛の三機が追いかけているのが。間に合わないのが。
一機が、輸送艦の推進部へロックオンした。
昴は、動いた。
命令に反してではなく――考えるより先に。VEGAが応えた。正確には、昴が動こうとした瞬間に、機体がすでに動き出していた。
加速が、身体に被さった。Gが、視界を歪めた。
距離が溶けた。
ライフルを構える。照準を入れる。指が引き金の上に乗る前に、VEGAのサイトがロックを完了していた。
一発。
光が走り、偵察型の右翼が砕けた。爆発もしない。制御を失って、ゆっくりと機体が横倒しになった。もう一機が離脱を試みる。
昴は、追わなかった。
追えなかった、ではない。追う必要がないと、PQが判断した。
『離脱コースに障害物なし。護衛部隊が捕捉できる。任せて』
「……わかった」
昴は、手を離した。
操縦桿から。
自分の手を見た。震えていない。なぜ震えていないのか、わからなかった。初めて撃った。人が乗っているかもしれない機体に。それで手が震えていない。
《VEGAの交戦記録、確認。後方維持命令に対する離脱行動を認定》
隊長機から通信が来た。声のトーンが、ブリーフィングのときと違った。
「……VEGAです。間に合いませんでした、すみません」
しばらく、沈黙があった。
《……了解。船団の被害ゼロを確認。VEGAは引き続き後方を維持せよ》
通信が切れた。
「怒られた?」
『怒られてない。困惑してる、が正確だと思う』
別の通信が入った。護衛部隊の別機からだった。名前はまだ覚えていない。
《なあ、VEGAのパイロット》
「……はい」
《さっき何した?距離、どのくらいあった》
「えっと……」
『三千二百八十メートル。初速修正なし。射角補正は僕がやった』
「三千二百八十です」
通信の向こうで、誰かが「嘘だろ」と言った。独り言のつもりだったのかもしれない。チャンネルが開いていたから、聞こえた。
《……了解。お疲れ》
そのままチャンネルが閉じた。
昴は、コックピットの中で、小さく息を吐いた。
任務は成功した。船団は無傷だった。偵察型は一機が撃破、一機は護衛部隊が追い払った。
でも、昴の胸には何も積もらなかった。
達成感ではなく、空洞があった。
殺したくなかった、という感覚が、行動に間に合っていなかった。考えるより先に指が動いて、VEGAが応えて、終わっていた。自分が何をしたかを、結果として知った。
『スバル』
「……なに」
『よくやった』
「褒めないで」
PQは、黙った。
しばらくして、静かに言った。
『わかった。でも、船団は守れた。それは事実だ』
昴は、何も答えなかった。
――その頃。
Aion側の前線観測ポストで、交戦記録がリアルタイムで流れていた。
交戦時間、〇・八秒。距離、三千メートル超。命中率、百パーセント。
担当技術者が、記録を見て手が止まった。
上官を呼んだ。
上官が来て、記録を見た。
「……識別符号は」
「現時点で未割当。Genea Accord側の新規登録機体。形状データ、一致するものなし」
上官が、技術者に指示した。
「追跡対象に登録。優先度、最高。逃がすな」
技術者が、端末に入力した。
画面の中で、VEGAが追跡リストに加わった。




