第05話:分遣隊編入
目が覚めても、何も変わっていなかった。
天井は昨日と同じ白さで、空気は昨日と同じ温度で、ベッドは昨日と同じ硬さだった。軍が用意した居住区画の、軍が用意した部屋の中で、昴は仰向けのまま天井を見ていた。
昨日、署名した。
ペンを置いた瞬間に何かが起きると思っていた。覚悟が固まるとか、怖さが消えるとか、とにかく何か。でも、黒瀬が書類を受け取って、亘一が「よろしく」と言って、それで終わった。部屋に帰り、飯を食い、眠った。目が覚めたら、また同じ天井だった。
起き上がると、枕元に軍用のIDカードがあった。
昴は、それを手に取った。薄い。軽い。顔写真と識別番号と、「ORIGIN分遣隊《VEGA》」という七文字。昨日の昴が今日の昴になったことを、この板切れが証明している。でも、証明されている実感がない。
廊下に出ると、監視員が扉の外で直立していた。
「おはようございます」
昴が声をかけると、男は一礼した。表情はない。昨日も、一昨日もそこにいた男だ。今日からは昴が兵士になったので、「保護」の意味合いが少し変わるらしい。でも、男の立ち姿は何も変わっていなかった。
整備区画は、朝から騒がしかった。
ヤヒロがVEGAの右腕部を開けて、内部の配線を引っ張り出していた。昴に気づくと、振り返らずに言った。
「来たか。ちょうどいい、支えてろ」
昴は黙って装甲パネルを受け取った。片手では持ちにくい重さだった。
しばらく、二人は無言で作業した。ヤヒロが指示し、昴が従う。どこに何を差し込め、どのケーブルを抑えておけ。難しくはない。でも、昴には意味が分からない。
「ヤヒロさん」
「ん」
「俺、今日から正式に兵士になったんですよね」
ヤヒロが手を止めた。昴を横目で見た。
「ああ」
「……実感がないんですよ」
ヤヒロが、また手を動かした。
「そんなもんだ」
「そんなもんですか」
「俺もそうだった」
短く言って、ヤヒロはケーブルをコネクタに押し込んだ。
「ただ、一つだけ変わる」
「何が」
「死んだとき、弔われる」
昴は、何も言えなかった。
「民間人が戦場で死んでも、記録に残らない。でも軍籍があれば名前が残る」
ヤヒロが、工具を置いた。
「実感なんてのは、後からついてくる。大事なのは、今日帰ってくることだ。それだけ考えてりゃいい」
昴は、装甲パネルを両手で持ち直した。
そのとき、ポーチからヤヒロが小さな箱を出した。
「あ、そうだ。これ、正式配備の書類が通った。受け取っとけ」
イヤモニだった。
「前に試したやつの、正式版だ。出力が安定した」
昴は箱を受け取った。開けると、以前より少しだけ形が洗練されている。機能は同じだという。昴は耳につけた。起動音がした。
『おはよう、スバル』
頭の中と、耳から、同じ声が届いた。
「おはよう」
それだけだった。
ヤヒロが満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ続き、頼む」
昴は装甲パネルを元の位置に戻しながら、VEGAを見上げた。
灰色の巨体。鋭角的な肩。三日前まで名前も知らなかった機体が、今は自分の「部隊」になっている。
IDカードが、ポケットの中にある。
薄い。軽い。でも確かに、そこにある。
――その時、端末が振動した。
昴は確認した。
《ORIGIN分遣隊《VEGA》、初任務の座標を送付する》
数字が、画面に並んだ。座標。輸送船団の護衛任務。戦闘は想定されていない、と補足がある。
昴は、座標を見た。
実感は、まだなかった。でも、行く場所は決まっている。
それだけが、現実だった。




