第04話:封印線
火は消えた。煙だけが残った。
昴は格納庫でVEGAから降り、両膝をついた。立っていられない。頭が痛い。吐き気がする。
「おい、大丈夫か」
ヤヒロが駆け寄ってきた。昴の肩を掴む。
「……平気です」
「平気な顔じゃねえよ」
ヤヒロが、水筒を差し出した。昴は受け取り、一口飲んだ。水が、喉を通らない。
『スバル』
頭の中で、PQが呼びかけた。
『君の心拍が、まだ下がらない。深呼吸して』
昴は、従った。吸って、吐いて。でも、落ち着かない。
基地が燃えた。
日和がいる場所が、燃えた。
無事だと、PQは言った。でも、確認するまで信じられない。
「……日和は」
「医療班の避難、完了してる。黒瀬司令が確認済みだ」
ヤヒロが、断言した。
昴は、ようやく息を吐いた。
「……そうですか」
「ああ。心配すんな」
ヤヒロが、昴の背中を叩いた。少し痛い。でも、その痛みが現実を教えてくれる。
『スバル、少し話がある』
PQの声が、いつもより低い。
「……何?」
『ここじゃない。コックピットに戻って』
昴は、ヤヒロを見た。
「すみません、ちょっと――」
「ああ、行ってこい。整備は後でいい」
昴は、再びVEGAに乗り込んだ。ハッチが閉じる。外の音が遮断される。
静寂。
『スバル、さっきの戦闘中、君の声が傍受されていた』
「……知ってる。あの、呼吸だろ」
『うん。でも、それだけじゃない』
PQの声が、慎重になった。
『戦闘後も、誰かが帯域を監視してる。共通帯域だけじゃない。軍用帯域にも、痕跡がある』
昴は、背筋が冷えた。
「……Aion側が?」
『分からない。でも、可能性は高い』
「じゃあ、俺たちの会話も――」
『聞かれてる』
PQが、断言した。
『君と僕の会話は、リンク経由だから傍受できない。でも、君が声に出したとき、共通帯域に乗ったとき、それは聞かれてる』
昴は、拳を握った。
「……どうすればいい」
『沈黙するか、話し続けるか』
PQの声が、静かだった。
『沈黙すれば、安全だ。でも、君は孤独になる。話し続ければ、誰かに聞かれる。でも、君は一人じゃない』
昴は、迷った。
戦闘中、昴はPQの声に救われた。亘一の指示に助けられた。誰かと繋がっていたから、戦えた。
でも、誰かに聞かれている。
敵に、情報が漏れている。
「……PQ、お前はどう思う」
『僕は、君の判断に従う』
PQが、即答した。
『でも、一つだけ言える。君が沈黙を選んでも、僕は君と話す。リンクは切れない』
昴は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
『どういたしまして』
昴は、深呼吸した。
「……沈黙する。共通帯域は、必要最小限にする」
『了解』
PQの声が、温かかった。
『君は、正しい判断をした』
「……本当に?」
『分からない。でも、君が選んだなら、それが正しい』
昴は、目を閉じた。
沈黙。
それは、安全の代償だ。
でも、誰かと繋がりたい。孤独は、怖い。
『スバル、君は一人じゃない。僕がいる』
PQの声が、優しかった。
昴は、頷いた。
「……ああ。お前がいる」
それだけで、十分だった。
――翌朝。
昴は、再び黒瀬に呼ばれた。
会議室に入ると、黒瀬と、もう一人。
亘一が、立っていた。
「おはよう、スバル」
亘一が、笑った。
「……おはようございます」
昴は、緊張した。
黒瀬が、二人に座るよう促した。
「昨夜の戦闘、ご苦労だった」
黒瀬が、淡々と言った。
「被害は軽微。死者なし。負傷者三名。君たちのおかげだ」
「……いえ」
昴は、俯いた。
黒瀬が、続けた。
「だが、問題がある」
黒瀬の声が、低くなった。
「昨夜の戦闘で、VEGAの存在がAion側に認識された可能性が高い」
昴は、息を呑んだ。
「……つまり」
「君が狙われる」
黒瀬が、昴の目を見た。
「VEGAは、極秘機体だ。Aionは、それを奪おうとするか、破壊しようとする」
昴の手が、震えた。
「それを防ぐため、君を分遣隊に正式編入する」
黒瀬が、書類を出した。
「ORIGIN分遣隊《VEGA》。君が、隊長だ」
「え……隊長?」
「名ばかりだ。実質は、保護措置の一環だ」
黒瀬が、説明した。
「正式な軍籍を与えることで、君の身柄を確実に保護できる」
亘一が、口を開いた。
「スバル、これは選択肢じゃない。命令だ」
亘一の声が、優しいのに厳しい。
「でも、悪いことじゃない。俺たちが、君を守る」
昴は、書類を見た。
契約書。軍籍。分遣隊。
民間人から、兵士へ。
線を、越える。
「……分かりました」
昴は、ペンを取った。
そして、署名した。
封印線を、自分で引いた。




