表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の彼女は三度目に俺を殺すーPQ: Rebirth Protocolー  作者: 深蒼 理斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第01話:WALLS HAVE EARS

 勝った。


 それなのに、身体が止まらない。

 天城昴は、コックピットの中で震える自分の手を見つめた。


  操縦桿を握る指が、まだ敵を探している。心臓が、戦闘終了を信じていない。

  眼下に広がる港湾区画は、半壊していた。

  コンテナが捻じ曲がり、照明塔が折れ、避難誘導の赤い光だけが点滅している。

  黒煙が立ち上る先に、Aion Sphereアイオン・スフィアの偵察無人機が墜ちていた。

  翼が千切れ、胴体が砕け、まだ火花を散らしている。


 昴が、撃墜した。

 ――いや。正確には、"昴たちが"だ。


  『スバル、深呼吸』


 頭の中に、声が響いた。

 落ち着いた声。短い言葉。必要な分だけ。

 PQピーキュー

 昴とニューラリンクで繋がっている、この機体のガバナーコア。


「……吸って、吐いてる」


 昴は声に出して答えた。コックピット内なら、誰にも聞こえない。

 PQとの会話は、リンクを通じて"内心"でもできるが、声に出したほうが落ち着く。

 自分がまだ生きていると実感できる。


『うん。君は今、ちゃんと呼吸してる。心拍も安定してきた。戦闘は終わった』


 PQの声は、いつも同じトーンだ。焦らない。責めない。ただ、事実を告げる。

 昴は目を閉じた。

 呼吸を数える。吸って、吐いて。吸って、吐いて。


 ――三日前まで、自分は民間人だった。


 港湾・航路・貨物の監査職。書類を見て、数字を確認して、規格に合わないものを弾く。

 それが仕事だった。戦争は、画面の向こう側の出来事で、自分には関係ないと思っていた。

 妹の日和と二人で暮らして、たまに冗談を言い合って、平凡だけど悪くない日常があった。

 それが、一瞬で壊れた。


 ――輸送襲撃。


 昴は、目を開けた。

 思い出したくないのに、記憶が勝手に再生される。


 あの日、昴は港湾区画で定期監査をしていた。輸送車両の通過記録を確認するだけの、いつもの仕事。

 そこに、警報が鳴った。


 空が光った。

 爆発音が連鎖した。

 誰かが叫んだ。


 昴は走った。どこへ、とか、なぜ、とか考える前に、足が動いた。

 煙の向こうで、車両が横転していた。装甲が裂け、中から煙が噴き出している。


 乗っていたのは、若い男が二人、血まみれで倒れていた。

 一人は動かない。もう一人は、かろうじて呼吸をしている。


「――おい、しっかりしろ!」


 昴は駆け寄った。医療の訓練なんて受けていない。それでも、何かしなければと思った。

 男の顔は、煤で汚れていた。それでも、若いのが分かった。昴と同じくらいか、少し下。


「……あの、機体……」


 男が、かすれた声で言った。息が浅い。胸に破片が刺さっている。


「喋るな。今、助けを――」


「……近く……が、一番……安全……」


 男の視線が、遠くを指した。

 昴が振り返ると、巨大な人型兵器が見えた。灰色の装甲。

 鋭角的なシルエット。Genea Accordジェネア・アコード――系譜連盟の機体だ。


 なぜ、あれが安全なのか。

 昴には分からなかった。


「……君、名前……」


 男が、昴の腕を掴んだ。力がない。


「天城。天城昴」


「……天城、さん……俺……朝霧……」


 朝霧。

 それだけ言って、男の手が落ちた。


 呼吸が、止まった。


 昴は、声が出なかった。

 目の前で、人が死んだ。助けようとしたのに、間に合わなかった。


 空が、また光った。

 砲撃だ。近い。

 昴は立ち上がった。逃げなければ。でも、どこへ。


 ――あの機体の近くが一番安全。


 男の言葉が、頭に残っていた。

 理由は分からない。でも、他に逃げ道がない。


 昴は走った。


 砲撃が、背後で炸裂する。地面が揺れる。耳が痛い。

 機体が、近づいてきた。


 そして――コックピットが、開いた。

 昴は、足を止めた。

 なぜ、開いたのか。誰が操作したのか。


『天城昴。乗って』


 コックピット内に、声が響いた。

 落ち着いた声。


「……誰だ」


『PQ。この機体のガバナーコア。君を、搭乗者として認証した』


「は? 俺は民間人で――」


『砲撃まで、7秒。乗るか、死ぬか』


 選択肢は、なかった。

 昴は、機体に駆け上がった。コックピットに飛び込む。シートが身体を包む。ハーネスが自動で締まる。


 ハッチが閉じた。

 外の音が、消えた。


 そして、視界が変わった。


 コックピットの壁が透明になったように、外が見える。360度、全方位。空も、地面も、敵も。


『リンク、確立。ORIGIN-01《VEGAベガ》、起動』


 PQの声と同時に、昴の頭に情報が流れ込んできた。

 機体の状態。武装のリスト。敵の位置。避難経路。

 多すぎる。処理できない。


『スバル、深呼吸。僕が補助する。君は、守りたいものを見つけて』


 守りたいもの。

 昴は、視界の隅に映る避難民を見た。

 赤い光に向かって、必死に走っている人たち。子供を抱えた母親。足を引きずる老人。


 ――あの人たちを、守る。


『了解。では、僕が動きを補正する。君は、意思だけ出して』


 昴の手が、勝手に動いた。

 いや、違う。昴が動かしたいと"思った"方向に、機体が応えた。


 PQが、昴の意思を読み取って、最適な動作に変換している。

 敵の無人機が、接近してきた。


 昴は、盾を構えた――構えたいと思った。

 VEGAが、盾を展開した。

 砲撃が、盾に当たって弾かれた。


『いい。避難が通ってる。次、左。熱源二つ。全部無人。……行ける』


 PQの声が、昴を導いた。

 昴は、左へ移動した。VEGAが、滑らかに走る。

 無人機が、二機。

 昴は、武器を――


『ライフル。引き金は、思うだけでいい』


 引き金を、引いた。

 光が走った。


 無人機の翼が、砕けた。

 昴は、息を呑んだ。

 自分が、撃った。敵を、壊した。


『スバル、次。右後方。もう一機』


 振り返る。

 無人機が、急降下してくる。

 間に合わない――


『間に合う。僕が補正する。君は、撃ちたいと思って』


 撃つ。

 光が、また走った。

 無人機が、墜ちた。

 そして、静寂。


『戦闘、終了。スバル、よくやった』


 PQの声が、優しかった。

 昴は、何も言えなかった。ただ、震えていた。


 ――それが、三日前。

 昴は、コックピットの中で目を開けた。

 あの時から、昴はGenea側の「搭乗者」になった。民間人じゃなくなった。


 理由は、後で聞かされた。

 朔――朝霧朔という名前だったらしい――は、VEGAの元の搭乗者だった。

 彼が死んだことで、Emergency Rebind(例外継承)が発動し、PQが新しい搭乗者を探した。

 そして、昴を選んだ。


 なぜ昴なのか。

 PQは、こう答えた。


『君が、朔を助けようとした。それが、決め手だった』


 それだけ。


 昴は、軍に保護された。日和も一緒に。

 二人とも、もう元の生活には戻れない。


 ――そして今、昴は港湾を守るために戦っている。


「……PQ」


『何?』


「俺、ちゃんと戦えてる?」


『うん。君は、十分に戦えてる』


「でも、怖い」


『当然だよ。怖くないほうが、おかしい』


 PQの声は、責めなかった。


『スバル、君は民間人だった。三日前まで、戦争は他人事だった。それが今、最前線にいる。怖くて当たり前』


「……でも、俺が怖がってたら、避難してる人たちが――」


『だから、僕がいる』


 PQの声が、少しだけ温かくなった。


『君が怖がっていても、僕が補正する。君が迷っていても、僕が選択肢を出す。

 君は、守りたいものを見つけて。それだけでいい』


 昴は、息を吐いた。

 少しだけ、震えが止まった。


「……ありがとう」


『どういたしまして』


 その時、通信が入った。


 《VEGA、こちらGenea管制。港湾区画の敵性反応、消失を確認。帰投せよ》


 昴は、操縦桿を握った。

 まだ、手が震えている。でも、動ける。


「了解。帰投する」


 VEGAが、ゆっくりと動き出した。

 港湾区画を後にして、基地へ向かう。


 昴は、視界の隅で避難民を見た。

 赤い光に導かれて、安全な場所へ向かっている。


 守れた。

 今日は、守れた。

 でも、次も守れるかは分からない。


『スバル』


「……何?」


『君の心拍が、また上がってる。何か、気になることがある?』


 昴は、言葉に詰まった。

 気になることだらけだ。この先どうなるのか。日和は大丈夫なのか。また戦わなければならないのか。

 でも、一番気になっているのは――


「……朝霧、朔」


 PQが、少しだけ沈黙した。


『……朔のこと?』


「あいつ、最後に何か言おうとしてた。でも、間に合わなかった」


 昴は、あの日の記憶を辿った。

 朔の顔。血まみれの手。かすれた声。


「俺、あいつの名前しか聞けなかった。朝霧、って。それだけ」


『……朔は、優秀なパイロットだった』


 PQが、静かに言った。


『君とは違う形で、でも同じように、人を守ろうとしていた』


「……そうか」


 昴は、目を閉じた。

 朔が守ろうとしたものを、今は昴が守っている。

 それが、継承なのかもしれない。


 VEGAが、基地に近づいた。

 格納庫のゲートが開く。

 昴は、コックピットの中で息を吐いた。

 今日の戦いは、終わった。

 でも、戦争は終わらない。


 ――その時。


 昴の耳に、微かなノイズが混ざった。

 共通帯域。誰でも受け取れる周波数。

 その中に、呼吸が混ざっていた。


 誰かが、聞いている。


 昴たちの会話を。戦闘を。

 PQが、すぐに気づいた。


『スバル、共通帯域を閉じて』


「……今の、何?」


『分からない。でも、誰かが傍受していた』


 昴は、背筋が冷えた。

 聞かれていた。

 誰に?

 なぜ?


『スバル、今は考えなくていい。帰投して、休んで』


 PQの声が、優しかった。

 でも、昴の不安は消えなかった。


 VEGAが、格納庫に降りた。

 ハッチが開く。外の空気が、流れ込んできた。

 昴は、シートから立ち上がった。

 身体が、まだ震えている。


 勝った。

 それなのに、身体が止まらない。

 そして、どこかで誰かが、昴の声を聞いていた。


 その意味を、昴はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ