先輩は拗らせている
ふう、とため息。後輩が、今日も可愛い。何なのだ、あの可愛い生き物は。生きているだけで世界を平和にする存在か?ほら、今もツカツカとヒールを鳴らして真面目な顔をして、目の前の業務をこなしている。はたから見ても、ただ働いているだけなのに、その仕草が愛らしくて、それだけなんてことじゃなく、報連相が、しっかり出来て、事あるごとに、確認をしてくれるその様子。だからその度仕事中だというのに、私に話しかけてくれる彼女が真面目そうにしているだけで、ちゃんとしたキリッとしたところを見せてくれるだけで、愛おしい。
まるで私が変態みたいだ。こんなことだけで可愛いと思ってしまうなんて、重症なのだろう。
ああもう、どうしようもなく、今日も可愛い。何であんなに私を悩ます可愛さが溢れているのか、困った。大好きで、大切だから、働くその様子だって、目を離したくなんてない。だけど、これは仕事だから、そんなことも言ってられなくて。。。
こんな時、自分が男なら良かったって、思う。だって、仕事が終われば男女なんだから、好きな時に誘って遊びにだって、食事にだって誘えるから。それだけで、貴女をそういった相手として思っていると伝えられる。けれど、脈がなければ振られるのも男だから。
女だから、ただの同僚としか思われていないから、何処へだって、気になるところは遊びに誘える。そんな、邪な気持ちがあるなんて知られることもなく、一緒に出かけられる。本当に、どちらが良かった、なんて言えないんだけど、どっちにもなれていれば、どっちでも許されていれば、この気持ちを形にできるのに、なんて思って。
ああでも、この気持ちを形にできるなんて思ってないから、何かでこのモヤモヤを取り除かないと、また明日からの仕事に支障が出てしまうわ。なんて、思っていて、、、だから私、この後カラオケに行って気持ちを形に、歌にして叫んで発散するしかないのかしら、なんて、馬鹿なこと考えていたから。
「カラオケで歌ってこようかしら。」そう口について出ていたみたいで。後輩に聞かれてしまって。。。
「え?カラオケですか??私、大学生の時に初めて行って、きちんと歌いに行ったことはないんですよ。仕事では歌うこともあるんだって、言われて初めて行っただけで。」
「え?学生時代って、友人と遊ぶ時はカラオケじゃなかった??」
「いえ?普通にカフェ行ったり、ゲームをしに行ったり。あ、洋服を見に行きました。」
「そ、そうなの?」これが、ジェネレーションギャップ。。。そんなバカな。なんてこと、今はカラオケ、流行らないの??こんなに、自分の気持ちを発散できるものはないのに。
「それで、先輩、いつ行かれるんですか??もしお邪魔でなければ私も一緒に行きたいです。」ワクワク。
楽しそうに、私に返す後輩が眩しくて、今日もやっぱり可愛かったから。
「そ、それなら、今週末に行きましょう?」
「やったー!土曜日は先輩とデートですね?」そう、ニコニコと返してきて。私の気も知らないで、普通に何の気無しに‘デート’なんて使ってきて、この子は本当、愛嬌があるんだから。なんて、ため息をついてしまう。というか、今週末の金曜日の仕事終わりっていう意味だったんだけど、表現が悪かったみたい。今週末って土曜日っていう解釈があったのね。。。
「何故こんなことに、なったのかしら。。。」
本当は、片思いを憂う歌と失恋ソングでしっとり歌って発散する予定だったのに、どうしてか2人で行くことになってしまったから、どうしましょう??私、他に何が歌えるかしら??流石にずっと失恋ソングって、どう考えてもおかしいものね。選曲も考えなくちゃ、なんて思って。
ああでもそうね、それなら。折角なんだから、嫌味のように、でも気づかれないよう恋愛ソング、何曲かいれてみてもいいかもしれないわ。なんて、ちょっとワクワクする自分がいることにも驚いていて。
「おはようございます!先輩!!」
ニコニコといつもの愛嬌たっぷりのご機嫌な笑顔を私に振り撒いて、フレアのスカートを翻しながら私に声をかけてくるこの子が眩しくて。
「ええ、おはよう。早速だけれど、先に腹ごしらえをしてから行きましょう??」「え?カラオケ店でご飯食べないんですか??」「それでもいいけど、カラオケのご飯って、当たり外れがあるし、折角なら美味しいご飯屋さんで食べてから行く方が楽しいでしょう??」なんて、返すけれど、本当は、私も大分浮かれていて、出来るなら、色んなお店をウロウロしながら、最後にカラオケ、なんてプランを考えていて、それがバレないように、適当に理由なんか付けちゃって。「へぇ。そうなんですね。やっぱり先輩ってすごいですね、カラオケ店のことも詳しくて。」そうキラキラした瞳を私向けてくる彼女に後ろめたくて、ちょっと見ないフリをして、飲食店エリアに向かって歩いていって。「あ、先輩、待ってくださいよぅ。」なんて、声を掛けられて、立ち止まりながら、一緒にお昼を食べるお店を探すまでの間に、彼女とみる色んなお店が、楽しくて。
「あ、先輩、このネックレス、太陽と月で、私たちみたいですね。」ニコニコと笑う彼女が、可愛いくて、それに、そんな戯言を宣う彼女に恥ずかしくて。
「そ、そんなことないでしょう?名前が似ているからそう思っただけで、似ていることも、ないでしょう??」なんて、意地悪に返してしまう。
「えー、私は本当にそう思ってるのにー。先輩、恥ずかしがり屋さんですねー。」そう、プリプリと笑う貴女が綺麗だから。「もう、そんな冗談ばかり言ってると、本当に言いたいことがあっても言えなくなってしまうわよ?」なんて、お説教染みたことを言ってしまって。だけど、彼女はめげないから。「んー、本当のことなのになー。」ちょっと不服そうな顔をする彼女に私も申し訳ない気持ちになったけど。「それより、お昼ご飯、どこにするか、決めていかないと、そろそろ混んできちゃうわよ?」て、話題を変えてしまった。
「わわ!ここのお店、外観だけで選んだけど、当たりでしたね!!すごく美味しい!!それなのに見た目も華やかだから、食欲をそそるのもすごいですね!」大はしゃぎの後輩が可愛くて、むしろ私はそんなにメニューをジックリ選んでなんかいなかったから。「そう?それなら良かったわ。」なんて、ちょっと気のない返事をしてしまって。「むー、先輩は、美味しくなかったんですか??」なんて言ってくるから。「そんなことないわよ。味はいいけど、そこまで彩りを意識していなかっただけよ?」ちょっと残念な回答になったけど、嘘を言っても仕方ないから。「それなら、先輩、一口私にもください。」ニコッて、私に言う後輩が、、、「え、私手をつけちゃってるわよ?」て言ったのに。「私は気にならないんで、一口ください。あ、先輩も一口どうです??あ、もしかして、先輩はこういうの苦手でした??」なんて、シュンと言うものだから、断ることが出来ないじゃない、、、!私には、難しい、けど、そんなこと、理由なんて言えないから、、、「い、いえ?私は大丈夫だけど、貴女が気にするかも知れないと思っただけで。それなら、折角なら味見させてもらおうかしら??」なんて、早口に捲し立ててしまった。。。「ほんとですか?やった!先輩、嬉しいです!ありがとうございます。」小躍りするんじゃないかってくらい喜んでくれたから、私が緊張、するくらいどうってことなんて、ないわね…
食事も済んで、やっと今日の本題。カラオケ店に。二人だし、そんなに歌うつもりもないから、2時間かなって、予約を入れようと思ったんだけど、、、あの子ったら。「え?!フリーと同じ値段ですよ??もしかして延長することもあるかもしれないんですから、フリーにしませんか??」なんて言ってるんだから、ここに何時間居座るつもりなのかしら、なんて。思いながらも「そうね。それなら、とりあえずフリーにして、その後考えましょうか?」て、返す他なくて、、、
「わ、先輩、思ったより歌上手いですね。」キラキラした瞳で私をみて、なんてことを言ってくるのか。これ以上、歌えなくなるから私を褒めないでほしい……
「もう、そんならことないわよ。ほら、次は貴女なんだから、歌って。」
そう、マイクを押し付けて彼女が歌う様をみて。
どうしよう。いつも以上に、後輩の可愛い声で、あの声で、こんな可愛い歌を歌ってて、すごく可愛い。
ああ、どうしよう。今日も全部が可愛い。語彙力が、足りなくて、表す言葉がない。どうしよう。どうしようもなく、全てが幸せで、可愛いわ。。。
「先輩、どうでした??私ちゃんと歌えてましたか??」そう、少し不安そうに言う彼女が、幼くて、子どものような目をするから。「上手だったわよ。まるで、可愛い女の子だったわ。」‘ほんとう’を茶化して言ってしまう。「もう、それじゃいつもは可愛くない見たいじゃないですかー。」プンプンするこの子が可愛い。全てが愛しいけれど、そんな想いは伝えられないから、この歌を、貴女に届けばいいのに、って歌うことで伝えたくて。だけど、本当に届いたら困るから、わからないように、知られないように、茶化しながら、歌っていく。。。
好きだ、愛してる。気づいて欲しい、でも気づかれたくない。わたしの我が儘。どうしよう。
そんな気持ち、込めて歌い続けて、、、
「先輩!楽しかったですね!!こんなに人前で歌ったの初めてです!カラオケって、凄く発散できますねー。」そう、ニコニコする後輩に。「ええ、そうでしょう?思いっきり歌うと、昨日までのモヤモヤが一気に吹っ飛んだ気持ちになるでしょう??また、明日から頑張ろう、なんて思いたくなるような気持ちに。」そう、言葉を返して。「ほんとですね!いつも思っていた感情を爆発させるっていうか、わー!!ってするっていうか、感情剥き出しにするみたい!だからちょっと恥ずかしいんですね。」えへへ、と笑う姿が愛しいけれど、もう同僚と過ごすには、お別れの時間だから。「えぇ、本当。自分の気持ちを歌にするって、恥ずかしいけど、発散できるから、私はカラオケよく行くのよ。貴女ももし良かったら、またカラオケに行ってみて?」そう、言って。「それじゃぁ、そろそろいい時間だから、ここで解散にしましょうか??」終わりの言葉を告げて。
「あ、そうですね。本当、いい時間になっちゃいました。たくさん、歌って時間を使ったんだ。そうですね、また、明日ゆっくりして、明後日には、お仕事、ですもんね。」そう、シュンとする貴女がやけに寂しそうに見えたから。「そうね、明後日にはまた一緒に働くんですもの。明日はゆっくり休んでね。」そう、返した。「……!はい!!また、明後日、一緒に頑張りましょう?!」そう、張り切ってくれたから、「じゃぁ、また明後日に。」「はい、また明後日に!!」さよならを言わずに、約束をした。
先輩とデート、そう言ってみたけど先輩ったら、飄々として、いつものように落ち着いていた。悔しいな、なんて思って、ご飯では仕掛けてみたけど、ちょっと慌てたくらいでまたいつも通りだった。本当に、私って先輩に敵わない。
だけど、気づいてたのかな??先輩、歌うとき、自分の気持ちを発散してるって、それなら、あの歌は誰に捧げていたのかな??誰に失恋をして、誰に片想いをして、その想いを伝えていたのかな??
私の気持ちも歌にしてのせていたのに、全然気づいてないから。一生、先輩、私のことなんて気づかないのかもしれない。。。




