鈴木エイト氏の「安倍昭恵さん側から最初に謝罪があるかもしれないと思っていた」発言の問題点
本日は当エッセイをご覧いただきありがとうございます。
今回は「安倍元首相殺人事件」で現行犯逮捕された山上被告の裁判で、
安倍元首相の妻である安倍明恵氏が山上被告に質問しなかったことについて、
鈴木エイト氏が「安倍昭恵さん側から最初に謝罪があるかもしれないと思っていた」と発言したことの問題点について個人的な意見を語っていこうと思います。
※”山上被告が安倍元首相を殺していない説”もありますが、僕が検証することは出来ませんので、一般的に言われている「山上被告が安倍元首相を殺した」と言う前提で話をしないと歪みますのでご了解ください。
◇「どんなに酷い政治家」でも殺してしまうことが許されない理由
この発言が「悪意のある切り取り」かもしれないというお話があるのですが、それについてはどうなんでしょうか?
この鈴木エイト氏の発言は「古谷経衡チャンネル」での12月3日配信によるもののようです。
「ちょっと安倍さんの性格も含めて逆に自分の夫がしてきたこと、まあ放置であったり、まあ加担であったりすると含めて、まあその被告人がこう思ってしまったことに関して、
逆にあの安倍さん側から最初にひょっとしたらその謝罪的なことを述べた上で、
さらになんでじゃあなぜ自分たち殺されるほどのことをしたんでしょうか、みたいな、そういう風に流れてくる展開もあるかなと思ったんですけど」
といった形で、ほとんど問題のない切り取り方だと思われます。
※鈴木エイト氏が「安倍さん側が謝罪しなくてはいけない」と断言した人は悪意のある切り取り方であり、問題だと思いますけど。
確かに問題なさそうですね……。
筆者さんはこういった政治家の方へのテロ活動について全面的に反対の姿勢ですよね?
自分の意にそぐわない政治家だからと言って殺す行為は、「テロ」や「革命」であり、それを許してしまうことは法律のない「無秩序な社会」と言って良いでしょう。
確かに日本独自の構造的に政治家を追及することが難しい制度や、
野党がだらしないことから大物議員ほど落選させにくいという問題もありますけど、
それは個別の制度を修正していけばいいだけです。
「革命」を許してしまえば能力がありながら政治家になりたいという方も減ってしまうために、
民主主義にとって非常に危険なことだと思っています。
確かに、常に殺されるかもしれないという危機を感じる仕事なんて誰も就きたくないですよね……。
◇「旧統一教会」が問題を複雑化させている
ただ、この安倍元首相の殺害に関しては「旧統一教会の問題」も関わっているので、
複雑化させているのだと思います。
旧統一教会については皆さんご存じの通り、韓国発祥の宗教組織で、高額献金や霊感商法、合同結婚式などの様々な問題があります。
そして、山上被告の親が旧統一教会に過剰寄付をしたことが家庭破綻に繋がったことも間違いないでしょう。
更に、安倍氏一族は祖父の岸元総理大臣の時代から反共のために旧統一教会と深い繋がりがあり、政治的影響力が50年以上ありました。
そのことが旧統一教会の活動にある種の「お墨付き」を与えていたことも間違いないと思います。
安倍派に所属していた政治家の方々が旧統一教会から政治献金や資金パーティーに貢献していたことを考えれば、そのボスである「安倍元総理=旧統一教会」という図式が成立したとしても不思議ではないと思います。
確かにそういう見方も出来なくは無いですね……。
しかしそれは「情状酌量の余地あり」と判断されるだけで、「殺人が正当化」されることは決してありません。
ですから、一番悲しんでいるであろう安倍明恵氏側から謝罪するということは絶対にあり得ないと思います。
「謝罪の可能性がある」と言う発言が出ている時点で「謝罪を期待していた」ことを示しており、
「山上氏の殺人を肯定的に捉えていた可能性が高い」と評価されても仕方ないと思います。
ABEMAのネットチャンネルに出演した際に鈴木エイト氏は、
『山上被告をテロリストと言うのは待ってほしい。思考停止になりかねない』
『(山上被告の)母親も被害者』
とも発言していますからね。政治的な理由でプラス評価しようとしていることは間違いないわけです。
安倍元首相もアンチが多かったですけど、国政選挙では勝ち続け、支持率も高水準で居続けましたから、応援されていた方も多いですよね。
そういった方々の心情も汲み取るべきだったというところですかね……。
もっとも、鈴木エイト氏は旧統一教会に関する取材をこの問題が表面化する前から続けてきたこともあるので、山上被告に対して同情的になってしまうことは理解できなくは無いですけどね。
とは言え、それをもってしても論点を切り分けて個別具体的に考えていかなければ「真の意味での専門家」とは言えないと思います。
山上被告の母親が被害者なのは旧統一教会に対してであり、
宗教組織として認めるかどうかの問題や、法制度の改正において当事者であると思います。
安倍元首相が殺されたことに関して直接的に被害者として同列視することは筋違いではないかと思ってしまいます。
安倍元首相が責任を持つ点は政治的・道義的責任だけであり、それを死を持って償う必要性も無いです。
このケースの場合は「政治家を殺してしまうことは民主主義の危機」と言うことが最も重要視されるべきことですよね。
政治家の方個人を攻撃することは例え相手が公人だとしても許されるものではありません。
客観的な数字や各国のデータとの比較し、政治的評価や批判や指摘をするべきだと思います。
僕は安倍元首相を大企業への減税が経済に対してマイナスであることや外国人問題の起因となった技能実習制度を導入したことや、カジノ法案、種子法廃止などから批判しているわけですが、そういった政策論の評価で議論を交わしていく必要があると思っています。
政治家の方なのですから実際にどのような政策をしたかで評価する必要がありますよね……。
また、いわゆる「大物政治家」というのはほとんど全て「強力なバッグ」という名の組織票が付いています。
それらの支援組織は旧統一教会ほどではないにしろ、少なからず「人の血や涙をお金に換えて」おり、大きな組織であればあるほど多くの方から恨みを買っていると言って良いでしょう。
しかし、それらに対する制裁を個人が行うことを絶対に許してはいけません。
自分の正義や使命感を振りかざして殺人をすることは絶対にあってはいけないということですよね……。
その正義や使命感が本当に社会にとって正しいかもわかりませんし、認めると本当に殺伐とした世界になりそうです……。
よほどの狂人でもない限り、社会的背景や家族関係などの情状酌量の余地がゼロの動機というケースは無いと思いますよ。
どこか病んでいるからこそ、最悪の罪である「殺人」を犯してしまうのだと思います。
でもそれがどんなケースであったとしても完全に肯定されることはありません。
ただ、今回のケースは1人殺めたことは重罪ではあるものの、罪を認めている状況なので死刑になる確率は極めて低いと思います。
しかしそれは、罪を認めたことを起因とする「情状酌量の余地がある」からであり、
「正義による鉄槌だったので量刑を軽くした」訳ではないです。
そういった歪んだ報道にならないかどうか? 裁判結果も含めて注目したいところですね。
政治家がどんどん暗殺されてしまう事態は本当に民主主義が成立しなくなりそうですから本当に恐ろしいですよね……。
もっとも、こういう言論の風潮は「マスコミ側に意図的に流させる」ことによって「政治家志望者を減らす」といった「裏の理由」もゼロではないとは思いますけどね。
既存のポジションを確立している政治家からしてみたら、ライバルが勝手に脱落してくれるような状況は喜ばしい状況ですからね。
そんな歪んだ世界でないことを心の底から願いたいですね……。
僕もそう思いたいです。
ということで、ある種「定番」となっていますが、こういう政治家の方に対するテロや暗殺がいかに民主主義にとって良くないことかについて改めて指摘させてもらいました。
今後もこのような政治に関する意見を述べていこうと思いますのでどうぞご覧ください。




