いらない思い出、買い取ります
「いらない思い出、買い取ります」
そんな看板を掲げた店が
街角の片隅にひっそりと佇んでいた
捨てたい記憶を
紙袋いっぱいに詰め込んだ人たちが
店の中に入ってゆく
僕もそのひとり
忘れてしまいたい
二度と思い出したくない日々を
そっと店主に差し出した
心に傷をつけた言葉
涙が溢れて止まらなかった夜
一人ぼっちで帰った暗い道
「これを、まとめて売りたいです」
店主は静かにひとつずつ
中身を確かめていく
そうしてゆっくり微笑んだ
「これは全部、捨てるには惜しいものですよ」
袋からひとつ取り出して
僕の前に差し出す
黒く濁っているように見えるのは
涙が溢れて止まらなかった夜の記憶
「目を背けずに、きちんと見てごらんなさい」
あの夜、
涙として悲しみを言葉にしたから
優しさのかたちを知れたんだ
思いっきり泣いたから
心が晴れて気持ちを整理できたんだ
悲しみを乗り越えて
今日のあなたが立っているんだろう?
淀んでいた記憶が
知らない間に光を帯びていた
夜を照らす月よりも
ずっと眩しい輝き
僕は何も売らずに店を出た
袋は重いままだけれど
来たときよりもあたたかくて
少し軽くなった気がする
忘れたい記憶
捨ててしまいたい記憶
けれどきっと
今日の僕があるのは
この思い出のおかげなんだ
だからもう一度
前を向いて
この思い出たちと共に
歩き出してみよう
ご覧いただきありがとうございました。
捨てたい思い出も、きっと必要なんだ。
誰かに届きますように。




