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一話


 目の前で鮮血な赤が床に滴る。周囲からは恐怖に纏わりつかれたような叫び声と慌てふためく足音が同時に響いていた。光る剣、宙に浮く首、雪崩落ちる赤い血、様々な絶叫。

 立ち尽くす私にはその全てが現実のように思えなくて、夢ならば早く覚めてくれと願っていると——

「ん…」

 窓から溢れる朝日の眩しさで目を覚ます。頬を触ると恐ろしい夢でも見たのか、涙が額を伝っている。開いた瞳に映るのはヒビの入った天井と積み重なった瓦礫の山。もう、毎日見ていた光景はないのだと実感させられる。

「…ううん、今はこれからのことを考えないと」

 捨てられていた毛布から身を起こし、屋上へと行く。昨日、この街は変わり果ててしまった。他の街、それどころか日本以外の国も変わり果ててしまっているのか。電波が通らなくなってしまったからそれすらも今はわからない。

 そんなふうに考えていると後ろから声をかけられる。

「おはよう、ふみ」

 心ちゃんだ。

「…おはよう。昨日は、眠れた?」

  「んー、正直言うとあんまり。ちょっと色々ありすぎて私にはキャパオーバーだったかなって」

 いつもの笑顔を崩さないように笑いながら彼女は言うけれど、その笑顔に比べて声色は少し低く、気まずい時間ができてしまう。その雰囲気を嫌がるように彼女はあからさまに言葉を投げかける。

「そういえば!ふみの異能、あれは時間停止…ってことでいいんだよね?」

  「うん。今までは自分の時間しか止めることができなかったから、心ちゃんに見せることができなかったんだ」

  「ふむふむ。だけど昨日は私にもその力を見せる…というより共有?してくれたよね?」

 時間停止。私の持つ異能で、今まで決して他人に見せることのできなかった力。だけど昨日、私が時間を止めた後に文ちゃんに触れることで彼女も止まった時間の中を自由に動けるようになっていた。

「…多分、あの変な声の影響だと思う」

 ——規則解除。只今より、全ての異能の権限を解除する。

 この世界を一夜にしてこんなふうにしてしまったあの声。あの言葉を信じるのなら、そのままの意味で私たちの持つ力の制限が解除されたのだろう。

 空を見ながら過去を振り返っていると、心ちゃんは手を広げて光を放つ。

「私の力も、変わっちゃったのかな」

 今までは人それぞれ個性があって、少し便利で時に面白い程度の力だったのに——あまつさえ今は人を殺めることもでき、不安を募らせる力になってしまった。

 光を見つめる彼女の頬は震え、か細い声を放ちながら俯いてしまう。

「…大丈夫。私が絶対に心ちゃんを守るから」

  「えっ」

 絶対に守る。見栄っ張りで薄っぺらい言葉に思えてしまうけれど。私の力はきっとそれを実行することができるから。

 だから、しっかりと彼女の目を見て言う。

「私は昨日、心ちゃんに命を助けてもらった。だから、今度は私が心ちゃんの力になりたい」

  「ふみ…」

 二人揃って真剣な眼差しで向き合っていると。

 ぎゅるるるる

「あっ…」

 私の意思とは裏腹に空腹を知らせるようにお腹が大きく鳴ってしまう。

「えっと、これは…」

  「ふふ、そうだね。とりあえず、まずは食べ物をどうにかしないとだね?」

  「うん…」



 廃ビルを降り、あたりを警戒しながら外に出る。天を覆う空は雲で覆われており太陽は見えない。いつもなら通学、通勤する人々がいるのに、街は静まり返っていて不気味に思えてしまう。

「見た感じは大丈夫そうだけど…心ちゃん、ちょっとだけ待っててね」

 キョトンとした表情を浮かべた心ちゃんを背に、指を鳴らす。

 ——パチン

 時間を止める。異能の制限が解除された今、いつだれが襲ってくるかわからないので念入りに警戒しながら歩みをすすめると。突然、灰色の世界が色を取り戻し止まっていた時間が解除される。

「なっ…!?」

 驚きながらも近くの建物にすぐに身を隠す。一度深呼吸をしてあたりを警戒すると幸い、人がいる気配はしなかった。

 なんで時間停止が解けた?

 当然の疑問が頭の中を支配する。周りに人がいなかったから大丈夫だったけれど、もし明確な敵意を持った人がいたら命を落としていたかもしれない。

 唾を飲み込みながら考えていると、一人の足音が聞こえてくる。

「……」

 姿勢を低くし、みつからないようにしながらその足音の方を見ると——

「ちょっとふみ!なんで置いていくのさ」

 心ちゃんが私の前で立ち尽くしていた。

「ちょっ…!?心ちゃん…とりあえずこっちに来て!」

  「えっ!?なんで……」

 ぐいっと彼女の腕を引っ張り近くの建物に入る。

「いてて…突然引っ張るなんてどうしたのさ……」

  「心ちゃん!今すごい危なかったの、わかってるの!?」

 声を抑えながらも募った感情を爆発させる。

「危ないってそんな……」

  「この街…というより今の世界は異能の制限が解除されたから、危ない人がいっぱいいるかもしれないんだよ!」

 彼女にはただ怒っているだけのように見えるかもしれないけれど、心配だから声を荒げてしまう。

「教室でのこともあったんだから、何事にも備えないとーー」

  「……ごめん、迂闊だった」

 右肩を手で押さえながら、彼女は俯いて謝る。その手は——震えていて、まるで"あの光景"を思い出したかのように思えてしまって。

「…そうだよね。ビルから出て行っていきなりいなくなったのも、先に行く場所を見てから安全だってわかってから私を連れ出そうとしてくれたんだよね」

 それなのに彼女は精一杯の笑顔を作って感謝を伝えようとしてくれて。

「ふみ、ありがとう」

  「……」

 そう言われた後、私は瞬時に何も言い返せなかった。



 無言のまま歩き続けてどれほどだっただろうか。

 つらつらと一人で考え事をしているとその静寂を破るように心ちゃんが声を上げる。

「あっ、ここもしかしてスーパーじゃない?」

 入り口のガラスは割れてしまい、壁にはヒビが入っているが近づくと特徴的なロゴが見え、確信に変わる。

「心ちゃんその、一応…」

「わかってるって。警戒、でしょ?」

 さっきのことなんてもう関係ないよ。なんて言うように優しい顔で振り向く彼女は、目を合わせた後、合図をした後同時に店の中に入る。

 中は暗く、ところどころ棚が倒れ、足元には瓦礫が散らばっている。どうやら二階建ての建物のようだが階段は崩れてしまっていて、二階には上がれそうにない。

「人は…いなさそう」

 姿勢を低くしながら店内を端から見ていくと、傾いてはいるが幸い、商品が無事な棚があった。

「うーん…」

「どうしたの?」

「見せ物こんなになっちゃって、店員もいないけれどこれって勝手に取っちゃってもいいのかな?」

 腕を組みながら頭を悩ませるそぶりをしながら、心ちゃんは「うーん」と唸っている。そんな根が真面目な彼女の横を通り、食べ物を手に取る。砂埃が待っていたのなら手に取ったそれは少しざらざらしていた。

「非常事態なんだから、多分大丈夫だよ」

 そう言ってレジにあったビニール袋を取り、詰められるだけの食料品を詰めて行く。

「ちょっとドキドキする」

「まあ、普通に過ごしてたら絶対にありえないシチュだもんね」

 周りの惨状と似つかないような、ふわっと浮いた会話をしているとーーギィィィと鈍い音が鳴り響き、入り口のドアを開ける音が店内に響いた。

 その音を聞いた後、入り口とは反対の棚に身を隠す。足音の主は軽快な音を鳴らしながらこちらに歩いてくる。

「……」

 息を殺す。

 ようやく一歩進んだと思ったのに、一難去ってはまた一難というやつだろうか。二人して座り込み、気づかれないように口で呼吸をしながら潜んでいるとーー

「おい、そこにいるんだろ?隠れてないで出てこいよ」

 少し低めの女声が店内に響く。

 バレている?いや、そんなはずはない。確かに食べ物は取ったけれど、そんな細かいことをこの状況下でいちいち覚えているわけがない。

 言葉を返さずに黙り続けていると、声の主は。

「ちっ、めんどくせぇなぁ…」

 彼女は舌を鳴らした後、足元に落ちた商品が何かを蹴り、こちらとの距離を詰めてくる。足音が目と鼻の先で止まったから、もうどうしようもないと思い棚からゆっくり顔を出そうとするとーー

「こっちだよバカが」

 いつのまにか背後を取られてしまっていた。

「おぉ、いい顔するじゃねえか。いかにも"なんで!?"って言いたそうだな?」

 嘲笑うかのようにいう彼女はウルフヘアにツリ目のいかにも気の強そうな見た目をしている。

「……」

「ダンマリかよ、しけてんな」

 逆に威嚇するように睨みつけると、彼女は呆れたように肩をすかしている。確かに目の前にいると思ったのに、そんな違和感が頭の中をよぎる。

「こんな状況だってのに、受け答えもできなかったら生きてけねえぜ?」

 こんな状況だから。そう、だからこそ初対面の人間を信じるわけにはいかない。視線を外さず、どう動こうか考えていると。

「あぁ?ああ、まだ名前を言ってなかったな。あたしは室伏透。心配すんな、別に今すぐ手を出したりはしねえからよ」

 そんなあいまいなことをいう彼女を前に、状況を打破するために心ちゃんが口を開く。

「…名乗ったところで何になるっていうんですか。こんな状況なのに、そんな悠長に身構えてられません」

 その意見は正しく、心ちゃんが先ほどの出来事を理解してくれているようでうれしく思える。

 そんな私の考えをさえぎるように、さっきよりも深いため息をついて、面倒だと言わんばかりに頭をかく。

「そうびくびくしないでくれよ。あたしだって荒事は勘弁だし、ああ…めんどくせえな。こういうのはあたしの役目じゃねえってのに…」

 彼女は頭を抱えてそういうと。

「何が目的なんですか。普通に考えて荒事が嫌なら私を呼び止めたりしませんよね」

「そりゃあそうだ」

 彼女はフッと鼻で笑った後、何かを含んだような顔で言う。

「時間がもったいねえ。めんどくせえから正直に言わせてもらうが、邪魔なんだよ、私たち以外に誰かがいることが」

 私たち。たしかに彼女はそう言った。

「電気もガスも止まっちまってるからあてになるのは非常食や菓子類ぐらいで、だめになっちまった物のことを考えればいつか食い物も底をついちまう」

 見た目とは裏腹に冷静に状況を分析する彼女は、まだ食べられそうなものがある棚を見る。

「つってもあんたらの言いたいことはわかる。食うものがなかったら野垂れ死ぬだけだからな」

「それじゃあ——」

「でも譲れねえもんは譲れねえ」

 一点張りの様子でその態度を崩さない彼女のその立ち振る舞いはなぜだろうか、何か大切なものを守っているように感じる。

「でも私たちだって生きるため、ううん、これからのために譲れない」

「ほおう、そっちの姉ちゃんはいうじゃねえか」

 挑発するように心ちゃんに向かって言葉を放つ彼女に対して、威嚇するように再びにらみつけると。

「このままじゃ埒が明かねえな。そうだな…こういう提案はどうだ?お互い痛いのは勘弁だったら…」

 彼女はニヤリと自信ありげな笑み浮かべ、含みのある言い方でいう。

「簡単なゲームで決着を決めようじゃねえか?」


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