序章
窓の外には満開の桜が咲き乱れている。高校に進学して一週間。案外、時間が過ぎるのは案外早い。。
キンコーンカーンコーン。
「むっ、今日はここまで。来月から小テストがあるから、各々家でもしっかり勉強しろよな」
先生がそんなことを言って教室から出て行くと——
「ちょっと、これ見てくれよ!この前見せた光剣を2本持って、青と赤に光らせると…ばちくそきれくね!?」
男子たちが騒ぎ始めた。
「いや…やっぱすげえな!?お前天才かよ!?あれじゃん、フォースの力じゃん!?」
「ライトサイドとダークサイド両方の力を持ってるとかお前…最強じゃんねぇ!?」
騒ぎ始めた男子たちは光る剣のようなものを手にしてはしゃいでいる。
なんというか、すごい…厨二心満載だけど本人たちが楽しそうで、見ているこちらが辛くなってくる…
そんなふうに考えていると、女の子が一人近づいてきた。
「あんたらさあ…そんなものではしゃいでる場合じゃないでしょ。もっと勉強に活用しなよ…赤点取ったらジェダイごっこもできなくなるんだからね?」
「アア…やめて。ワタシ、テスト、キライ」
現実逃避するようにカタコトで話す彼に続いて周りの男子も。
「テスト……いやじゃあ…なんで世の中にテストなんてもんがあるんじゃ…」
「なんで異能はテストとか面倒なことを解決してくれねえんだよぉ…テスト中に自己バフかけようとしても上手くいかないらしいしよぉ…」
どういうわけか、この異能は頭が良くなったり力が強くなるような都合のいいものではない。現実は非常、というやつなのだろうか。
「ふみー、ぼーっとしてどうしたのさ。もしかして男子の馬鹿騒ぎ面白がって見てた?」
「そんなんじゃないって!なんていうか…今日も楽しいなーって。そんなふうに思っただけ」
サイドテールを揺らす女の子が目の前に来て、私に話しかけてきた。彼女の名前は東条心。私は仲がいいので心ちゃんと呼んでいる。
「ふみらしいねぇ。確かに楽しいかもだけど、さすがに一週間もこんな光景見てたら慣れるくない?」
「んー、確かに慣れてくるけど…やっぱり何もないよりは面白いなーって思えるんだよね」
何もないより面白い。中学の頃と比べて高校生になって変わったこと、それはすごくわかりやすいことで。
「俺は…テストなんてしらねぇ!この授かった異能を最大限活かして人生を楽しむって決めたんだからなー!」
異能。
中学生の頃には考えられなかったこの光景。これこそが面白さの原因なのだ。15歳を迎える年の四月になると、突如として発芽するその力は、成熟していない学生たちには有り余る危険な力と思うかもしれない。
でも、そんな心配は憂いでしかない。だってこの力は人を傷つけることができなかったり、変に制約がかかっていてそんな便利なものじゃないからだ。
「中学の頃じゃ考えられなかったよねえ…まさか自分がこんなことできるなんて」
そう言いながら心ちゃんは手のひらに渦を巻くような光を灯す。ふわふわと舞うその光はとても綺麗で、毎回見るたびに見惚れてしまいそうになる。
「そういえばふみは使わないの?異能の力」
「そうだねー…」
——私の力。
異能の力は人によって千差万別で様々なものがある。
たとえばさっきの光の剣だったり、心ちゃんの光る魔法みたいなのだったり。用途は限られるものもあるが、それぞれその人に合ったものが現れやすいらしい。
そして、私の異能は——
——パチン。
指を鳴らす。すると今まで色鮮やかだった世界が灰色になり、この世界のすべてのものが止まる。
「…残念だけど、この力は誰にも知られることのない力。だって、発動すると時が止まっちゃうから」
隣にいる心ちゃんに話しかけるように言うけれど、この言葉はきっと聞こえていない。
時間停止。その名の通り時間を止める異能。
でも漫画やアニメみたいに便利なものじゃなくて、何も動かすこともできないし、何かを食べたりすることもできない。
さらに当てつけのように、元の場所に戻らないと時間停止を解除することもできないし、少しでも動けば解除され、挙句の果てには十数秒たったら勝手に解除されてしまう。
——パチン。
もう一度指を鳴らすと世界に色が戻る。
「ん、ふみどうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
笑顔を作って心ちゃんに返す。
私の異能はなんのためにあるのか。そんなことを思いながら、目の前の微笑ましい光景を見ていると。
——規則解除。只今よりすべての異能による権限を解放する。
突然声が聞こえてきた気がした。その声は耳で聞こえるような感じではなく、直接頭に語りかけるような、とても気持ちの悪いものだった。
「ん?お前なんか今渋い声で言ったか?」
「いや俺は何も?こいつじゃねえの、いつもボケるし」
「いやいや!今回は俺は何にも言ってないって!」
まず男子たちが騒ぎ出した。
そして続いて近くの女子も。
「…なに今の。それに規則解除、権限を解放って…なんだか気味が悪い……」
怖がるように言う彼女を元気づけるように剣を持った男子が口を開く。
「まあまあ、誰かが異能で悪ふざけしたんだろうよ。それよりも見てくれよこの剣!光を纏ってるからか、すんげえ鋭そうじゃね!?こんなふうに!」
そう言いながら剣を振り回すと——
——ヴゥワン
「はっ?」
近くにいた女子の首が宙を舞った。
「えっ?」
驚くような表情をした彼女の首が地面に落ちる。
そしてそれは——誰も理解も追いつかないまま言葉を発さない肉塊となった。
「……」
その瞬間、教室に静寂が訪れた。
そして、次の瞬間。
「きゃああああああ」
「ひ、ひとごろし!」
「うそ…だ、こんなこと、あるはずがない!」
教室は錯乱した生徒で埋もれ、混沌に包まれる。
「ふみ!」
漠然としながら止まっていると、突然手を握られ、引っ張られるように教室から出る。
「こ、こころちゃん…これって。夢…だよね?」
「……」
返事は返ってこなかった。
自分のほっぺをつねってみる。痛い。
「なんで痛いの…じゃあ、さっきの女の子は…」
「ふみ!今はそんなこと考えちゃダメ!とりあえず…安全な場所に逃げるよ!」
放心した私を促すように、心ちゃんは私の手を引きながら走った。途中で大きな揺れがあ起きて足を掬われそうになるが、止まってはいけないと鼓舞されて走り続けた。
ただひたすらに走って、どれだけ走ったかもわからない。
「ふみ、ふみっ!」
「えっ」
目を開くと、心ちゃんが泣きながら声を荒げて抱きついてきた。
「こころ、ちゃん?」
「よかった…目を覚ましてくれた…」
なんで彼女は泣いてるんだろう?それに…ここはどこなんだろう?
次々と湧き出てくる疑問に頭を悩ませていると、鼻をすすりながら心ちゃんがその答えをくれた。
「ふみ、学校のことは覚えてる…?」
「えっと…突然変な声が聞こえたと思ったら……そうだ、女の子の首が…」
辛い出来事を思い出して少しだけ気分が悪くなる。
「大丈夫、その後のことを聞きたいの。ふみはどこまで覚えてる?」
「私は…教室での出来事が衝撃的で…その後のことは…ごめん…」
無責任な私の言葉を前に、心ちゃんは優しく呟いた。
「そっか、大丈夫。突然のことだったから仕方ないよ。誰だってあんなことがいきなり起きたら混乱しちゃうよ」
そう言った彼女は疲れ切った表情で天井を見上げる。
「そう言えば…ここはどこなの?」
「ここは…私の家の近くの廃ビルだよ。誰も近寄らないから、休むのにはちょうどいいかなって思ってさ」
——誰も近寄らないから。
この言葉を聞いた時、すべてを理解した。
「心ちゃん今、外はどうなってるの?」
「……」
彼女は苦い顔をしながら下を向いた。
「…自分の目で見たほうが早いと思うな」
窓の方を指さして、彼女は作ったような笑顔を私に向ける。起き上がって外を見るために窓の方に歩く。
そして。
「……嘘」
目に映ったのは。
「なんで……街が、こんなことに」
さっきまで過ごしていた建物が倒壊し、街が炎に包まれている。その光景は、比喩でもなんでもなく、私には地獄に思えた。
日が落ちて夜が明けた。
正直あまり眠れなかったけれど、今はそれどころではないと私自身わかっている。
「…おはようふみ。なんとか今日は二人とも無事だったね」
「……」
悪夢のような出来事に、地獄のような惨状の街を見た昨日を思い出す。
——規則解除。只今よりすべての異能の権能を解除する。
あの声が響いてから、すべてが崩れるように変わってしまった。街の惨状を見た後、心ちゃんに今までのことを一通り聞いた。
「私とふみはまず走った。教室から、学校から逃げるようにね。他のクラスからも叫び声や鳴き声なんかも聞こえて、すごく怖くて…でも走るのをやめたら死んじゃうかもしれないからひたすら走ったの」
あの時、心ちゃんに手を引っ張られたことまでは私も覚えている。
「そこからは昨日説明した通り、この廃ビルに隠れてたんだよ。ここに来るまでちょっと危ないこともあったけどね」
笑顔で語る彼女の口はいつもより少し引き攣っており、体が少し震えている。強がってはいるけれど、やっぱりすごく怖かったんだと思う。
だから私は。
「ありがとう心ちゃん。私を、守ってくれて…」
「ふみ……」
その震えを抑えるように彼女に抱きつく。こんなことをしたって何も変わらないかもしれないけれど、少しでも心ちゃんの不安を和らげられると信じて。
「心ちゃん。いいんだよ、今は本当のことを言って。もう私は大丈夫だから、今度は私が心ちゃんを支えるから…」
そうやって言葉を彼女に告げると。
「ふみ…ありがとう。ほんとは、本当はね…すごく、すごく怖かった…目の前で人が死んで…いろんな人の叫び声が聞こえて。足が震えて最初は動けなかったんだ…」
「でも、心ちゃんは私を引っ張って連れて行ってくれたよ」
「だって…ふみが…ふみが死んじゃうのは嫌だから…怖いけど、ふみ助けることができるなら動かなきゃって…だから、だから…」
止まらない涙を流しながら、彼女は心の中を曝け出す言葉に、私は寄り添いか感謝か、自分でもわからないけれど言葉を綴るように告げる。
「ありがとう心ちゃん…本当にありがとう。あなたがいなかったら私は今、死んでるかもしれないんだよね。うん、だから…今度は私が心ちゃんを助ける番だよね」
「‥ふみ?」
「いつまでもここにいるわけにはいかないよね。水や食べ物も必要になるわけだし。それに…こうなった原因を私は知りたい」
抱き合う手を離して何かを決意するように立ち上がる。
——規則解除。只今より、すべての異能の権限を解除する。
確かに、あの声が聞こえた。
確信なんてなかった。でも——その言葉が意味することを、私はなぜか“わかってしまった”。
「心ちゃん、ごめんね。ずっと言えなかった。
言ったところでどうにもならないと思ってたから……でも、もう隠す理由はないよ」
——パチン。
指を鳴らす。
目に映るものがすべて灰色になるのを確認して、心ちゃんと手を繋ぐ。
「これは…」
困惑する心ちゃんを前に、私は言う。
「心ちゃん。私の異能はね——止まった時間の中を、自由に動ける力なんだ」
しっかりと彼女の手を握りしめて、私は歩みだす。屋上に辿り着くと、眼前の街並みは色を失ったことで一層悲壮感を醸し出しているように思えてしまう。
私は…心に満ちたこの想いを晴らすために、もう迷わない。この世界をこんなふうに壊した存在を見つけ出す。誰に与えられたかもわからないこの異能の力を使って。
きっと、この力は——これからのためにあったのかもしれない。