悪魔との契約
「じゃあやっぱり、試練は無くしてほしいんだけど」
最初に口を開いたのはベルだった。
その声ははっきりとしていて、何より強い意思がこもっていた。
「あんたの言う“可能性を持つ者”が私たちなら、もう試練なんてする必要ないでしょ?」
その言葉に、ファウストはベルを見つめて答えた。
「お前たちが、本当にそうならな」
見下ろす赤い目は、達観しているように落ち着いていた。
「だが、それはまだわからぬ。お前たちがこの先、何者にもなれずに敗れれば、また新たな者を探さねばならぬ。ならば、試練はやはり必要だろう。それにこれは、私の趣味なのだ。こんな面白いことをやめたくはない」
にやりと笑ったファウストに、ベルはギリッと奥歯を噛みしめた。
「ふざけないでよ……!」
そう言ってファウストを睨みつけるベルに、リュカさんがやんわりと声をかけた。
「……もう諦めなよ。こいつは生まれながらの魔族で、人間の感性なんて持ち合わせてないんだからさ」
でも、ベルは一歩も引かない。
「いやよ。私は納得できないの。こんなやつに魂を握られるなんて、我慢ならないのよ。絶対に」
リュカさんは、うーん……と首をかしげて考え、それから「あ!」とひらめいたように人差し指を立てた。
「じゃあこうしようよ。僕たちは世界を変える勇者になる。それを約束するからさーーだから、僕たちが失敗するまでは、試練をやめる。それってどう?いい案じゃない?」
……え?
あまりに大胆すぎる提案に、私も、ベルもサザも、ぽかんとしてしまった。
「ふっ……」
ファウストは、わずかに目を細めて笑った。
「そんな都合のいい話が通ると思っているのか?お前たちは、たしかに試練を突破した。だが、それまでだ。この先のことなど、誰にもわからぬ。私にさえ、な」
けれど、リュカさんは全く動じなかった。
「わかるよ。世界を変える気はある。それを目指してるんだ。僕らはね」
そして、にんまりと目を細めて言った。
「それにーーあんただって、本当は期待してるんじゃない?だから、そんな話したんでしょ?」
ファウストの瞳がわずかに揺れた。
けれど、それはすぐに、もとの余裕のある笑みに戻った。
「……だが、それとこれとは話が別だ。これほどの娯楽、そう簡単に手放せはせぬ。もしそれを手放せと言うのなら、それに見合う対価が無いと割に合わぬ」
「対価……?」
私は思わずつぶやいた。
ファウストはゆっくりと頷いた。
「そうだ。古来より悪魔との契約とは、そういうものだ。この娯楽を手放せというなら、かわりの娯楽が必要だ」
そう言い、ファウストは顎に手を当てて、赤い唇をにんまりと吊り上げた。
「そうだな……世界を変える勇者を最前列で見る席を用意するというなら考えてやってもいい」
世界を変える勇者……?
ということは、アラン様のことかな?
と私が考えていたときだった。
「……お前だ」
「……?」
その指先が向いていたのは、私だった。
意味が分からなかった。
「え……?」
私は数秒たって間抜けな声を出した。
「え?ノアちゃん?なんで?」
リュカさんがかわりに尋ねてくれた。
ファウストはスッと目を細めて、
「この中で最も死に近い。そして、最も波乱ある運命を背負っていそうだからだ」
と言い、ニヤリと笑う。
その顔を唖然と見つめながら、私は言葉の意味を考えた。
それってつまり……この中で、一番早死にしそうで、かつ面白そうだからって理由で選ばれてる?
「もちろん、契約者が死ねば、そこで契約は終了だ。私はまた試練を再開する。それが契約だ」
あまりに気まぐれで、勝手な理由だった。
けど、私が死なない限りは、試練は再開しないってことか……と思うが、でもなんか納得がいかない。
「他の人じゃダメなの?」
リュカさんが素直に言ってくれた。
「だめだ。それに私はけっこう、気に入っている」
赤い目を私に向けて、ファウストは言葉を続ける。
「先に見せた力といい、まだ秘密を隠し持っていそうだ。観賞しがいのある、良い娯楽だ」
……なんでそんなに、観察対象として興味を持たれているの?
密かに観察されていたことも、なんだか怖い。
「あの、もし契約したらどうなるの?」
聞いてみた。
あれかな、眷属のコウモリが常に肩にとまっているとかかな?
そういうペット的なものだったら、まあ。
「生きている限りは魂が深く繋がり、お前の心は常に私と共にある」
イヤッ!!
嫌です!!!
心の奥底から思った。
生理的に嫌だった。
「つまり、眷属と同じってことね」
ベルが、静かに言った。
「似たようなものだ。ただし、ゾンビは眷属にできぬ。生きた人間ではないからな」
……つまり、私はギリギリ対象外のゾンビだけど、特別に魂を繋げてくれるってこと?
いらない……その特別。
ベルは、何かを考えるように目を伏せて、それから言った。
「けど、ノアが生きてる限り試練は行われないってことよね。なら、そんなに悪い条件じゃないのかしら……」
「ベ、ベル!?」
私は思わず声を上げた。
「いや、よくねーだろ」
とサザが強く言ってくれた。
「こんなやつと魂で繋がるのって、めちゃくちゃ嫌だろ」
「ノアちゃん、女の子だしね~」
とリュカさんも言う。
その意見には、ものすごく頷く気持ちだったけど。
でも……試練が止まる。
もう誰かが、ファウストに魂を弄ばれることがなくなるなら、たしかに、そんなに悪い条件じゃないのかも、しれない。
だけど、魂が繋がるってことは、視界とかも共有されたりするってことで……やっぱりちょっとやだな……。お風呂とか……。
いろいろ想像して、だいぶ悩んだけどーー結局、私は契約を受け入れることにした。
「……いいよ」
それを聞いて、サザが食い気味に言った。
「本当にいいのかよ!?」
「…………いいよ……」
半ばヤケクソだった。
これで試練が止まるなら、それでいいって思った。
これからこの変態と魂を共にするのめちゃくちゃ辛いけど……。
それはあんまり考えないようにしようと思った。
それに、どうせ私、ゾンビだし……。
「ならば、契約成立ということだな」
ファウストは私を見据え、赤い目を細めた。
「こちらに来い。契約魔法をかける」
私は処刑台に上がる気持ちで、玉座の階段を登った。
ファウストの前に立って、その赤い瞳を見上げる。
間近でみると、やっぱり怖い。
ファウストが私に向かって右手をかざした。
魔力がふわりと私の周囲にあふれ、足元に金色の魔法陣が浮かび上がる。
前に、アラン様が見せてくれたものと似ている。
魔法陣は淡く発光し、そこから光の玉のようなものがふわりふわりと浮いた。
なんだかとっても幻想的できれいだ。
ファウストが契約の言葉を口にする。
「――時よ、止まれ。お前は美しい」
すると、ふわっと光の玉のようなものが動き、私の身体の中にスゥッと吸い込まれていく。
なんだか、ぽかぽかした。
「……これで、契約は成された」
私は、ハッとしてファウストの顔を見た。
赤い目を細め、唇をニヤリとさせてファウストは言った。
「魂の契約は死ぬまで消えることはない。せいぜい、あがいて生きることだ」
私はその言葉と表情にゾッとした。
悪魔と契約するって、こういう感じなんだ。
なんとか頷いて答えた。
「わかりました……」
玉座を降りると、サザがでっかいため息をついていた。
「……お前、ほんとよくやったよ」
そう言って、ポンと肩を叩いてくれる。
意に添わぬ眷属、という同士に対する、憐れみのような優しさを感じた。
「うん……ありがとう」
リュカさんも肩をすくめて、「ノアちゃん、ファイト」と小さく励ましてくれた。
ベルは、
「ノア、ごめんなさい。でも、ありがとう」
と、スカートを握りしめて言った。
私は少し複雑な気持ちを抱えながらも、ほほ笑んだ。




