戦いの幕引きに
「やったのか……?」
隣のサザが、息をつきながらつぶやいた。
私は返事をできないまま、礼拝堂の中を見回した。
ファウストは斬られたあと、灰になって消えたけど……それが終わりなのかどうか、わからなかった。
あたりは静まり返っていた。
聖堂の中には、私とサザの呼吸の音だけが残っていた。
「お前の剣……」
サザに言われて視線を落とすと、手に握った剣は、白に戻っていた。
「さっき金色だったよな……?」
「……うん」
私は頷いたけど、今はどうしてそうなったのか、よくわからなかった。
そのときだった。
ガタッと、物音が響いた。
礼拝堂の壊れた壁の向こうから、影が伸びる。
それに身構えたがーー現れたのは、見覚えのあるふたりの姿だった。
「ベル!リュカさん!」
思わず声が出た。
ベルは片足を引きずりながら、リュカさんの肩を支えている。
リュカさんの服は破れ、ところどころ血がついていたけど、その顔はにんまり笑っていた。
「あ~、無事だったんだ、ふたりとも。よかった~」
ほんといつもそうだ。
リュカさんは、大丈夫って顔で現れて、こっちの心配を軽く裏切ってくる。
「意外と強敵だったよ、あの犬。ま、僕の敵じゃなかったけどね~」
そう言ってへらりと笑うリュカさんに、すかさずベルがつっこんだ。
「あなた、死ぬところだったじゃない。あんな無茶、もうしないでよね」
「へへへ」
笑ってごまかしている。
でも、そのやりとりに少しだけ、心がほぐれた。
「で、そっちは?」
リュカさんがあたりを見回しながら言う。
「ファウストは?」
「……倒した、と思う」
サザが言って、私も頷いた。
「へ?ふたりで……?」
リュカさんが珍しく、本当に驚いた顔をしてる。
「もうめちゃくちゃだったけど、なんとか、な」
サザはそういって、ふぅっと息をついた。
「あなたたちも、ボロボロじゃない……」
ベルが小さく言って笑う。
「そうだね。ボロボロだよ」
私も思わず笑ってしまう。
こんなときにーーでも、笑わずにはいられなかった。
「……あれ?ノアちゃん、何か首にーー」
私は即座に片手でバシッと首を押さえた。
「打撲です」
そう言い切りながらも、ファウストにつけられた痕のことを思い出し、頬がかぁっと熱くなる。
「ふーん?」
リュカさんは、腑に落ちないような顔で私を見る。
やめて、それ以上見ないで……!
「でも、これで……もう全部解決ね」
ベルがホッとしたようにほほ笑んだ。
「……ああ。そうだな。あとは帰るだけだ」
サザが頷いたそのときだった。
「おやおや、もう帰るつもりか?」
その声を聞いた瞬間、一気に緊張がせり上がった。
玉座へ振り返る。
そこには、変わらぬ姿の吸血鬼ファウストが座っていた。
赤い瞳。冷たいほほ笑み。
まるで、最初からそこにいたかのように。
私は無意識につぶやいていた。
「……うそ……」
終わってなんかいなかったのだ。
「ファウスト……!!」
ベルが声を上げて、目を見張る。
「まだ生きてたのか……!?」
サザも言いながら、殺気をにじませる。
私も、再び剣を握りしめて、ファウストに向き直る。
けれど、ふと自分たちの状態に目を向けて、焦りが込み上げる。
ボロボロだ。
私もサザも。ベルも足を引きずり、リュカさんも満身創痍だ。
こっちの戦力は限界に近い。
この状態で、戦えるだろうか。
けど、引けない。引くわけにはいかない。
「まあ、待て。戦うつもりはない。……降参、だ」
「……え?」
余裕のある笑みを浮かべながらそう話すファウストの言葉を、私は信じられなかった。
「それって……本気で?」
と、リュカさん。
ファウストは穏やかに、しかし確かに頷いた。
「ああ」
私は信じられずに、剣を構えたままだった。
サザもベルも、視線をかわしながら、やはり疑っている様子。
「たぶん、ほんとだよ」
そんな私たちに、リュカさんがいう。
私が不安な気持ちの視線を向けると、
「魔力の気配がなくなってる」
とリュカさんは答える。
たしかに、先程までの濃厚な魔力の気配はもうなかった。
頷くリュカさんの顔に、私はやっと警戒を解いて、剣を収めた。
サザとベルも、視線はファウストから離さないままだが、戦闘態勢を解いた。
「少し、話をしよう」
ファウストはそう言った。
―――
ファウストの前に、私たちは再び立っていた。
戦いの後の静けさの中、誰もがまだ警戒の名残を抱えたまま。
でも、今のファウストには、先程までの圧倒的な殺気はなかった。
赤い目は、今はただ静かにこちらを見ている。
「犬は倒しちゃったけど、いいよね」
リュカさんが、そんなふうに軽く言うと、ファウストは、フッと笑った。
「自信作だったのだがな……」
その言葉に、思わず私は眉を寄せる。
あんなおぞましいものを“自信作”と呼ぶ感覚は、やっぱり理解できない。
「本当に……あんた、どういうつもりなの?」
ベルの声が、ピリッとした空気を割った。
ファウストは、それに答えるようにゆっくりと口を開いた。
「可能性を、探していたのだ」
「可能性……?」
ベルが眉をひそめる。私も頭の中に疑問符が浮かぶ。
「もしも、かつての勇者のように、不可能を可能にする存在が再び現れるのならーーそれは、終わりゆく世界を彩る、最後の娯楽となるかもしれぬと思ってな」
ファウストの目が、少しだけ遠くを見ていた。
「千年も昔……勇者と相まみえたときから、その可能性を探し始めた。
かつては戦うことだけが生きる理由だった私が敗れた、勇者。
私はそれ以来ずっと考えていた。あの者がもっていた“力”とは、何だったのか」
ファウストはゆっくりと玉座から立ち上がる。
でもその動きには、敵意のようなものは感じられなかった。
「勇者が必死に守ろうとしたーー人間たち。
私は彼らを知ることで少しずつ、その正体を掴み始めた。
それは、未知の力――魔力とも、力とも違う、無限の可能性を持つ力。
だが、特別な力ではない。誰もが持つ、強い想いの力のようなものだ。」
想いの力……。
もしかして、さっきの戦いで現れたのも、その力?
私は自分の手の平を見つめた。
「だが、多くの者はそれに気付かぬ。ゆえに試練を作り、人間を集めた。
これは娯楽であり、可能性探しの実験だった。思いどおり、多くの想いを引き出すことができた。」
実験。
あの散々な試練の数々にはそんな理由があったのか、と思った。
それにしても、妙な試練ばかりだったけど……。
「だが、思いどおりにはゆかぬものだ。その想いに足る力と、知恵を持つ者はごくわずか。そして、その者たちでさえ、世界を変えるには至らなかった。……それでも、探すことをやめることはしなかった。いつの間にか、それ自体が私の楽しみになっていたのだ」
そういって、ファウストは私たちを改めて見回した。
「そして、お前たちは今、そのわずかな者のひとりと言ったところだ」
沈黙が流れる。
「……話がよくわかんねぇんだけど」
サザがぽつりとつぶやいて、私は少し笑ってしまいそうになる。
リュカさんも首をかしげながら、「うーん……?」と疑問符を頭の上に浮かべている。
私もあまりわからなかったけど……私たちが今、ファウストの思う、可能性を持つ者ーー合格者のラインに立っているという感じだろうか、と思った。
私がそれを二人に話すと、なんとなく理解した模様だった。




