交わる刃、引き裂く剣
ファウストの突きが、空気を裂くように走る。
鋭く、精密で、一撃で命を奪えるほどの重さ。縫うように急所を狙ってくるその剣撃を両手のナイフで受け流すリュカ。
「魔法は使わないのか?余裕のつもりか?」
ファウストがうっすらと笑みを浮かべながら問う。
「あいにく、魔法はそんなに得意じゃないんだよね」
そう答えたリュカの声は、いつもと変わらぬ調子だった。
「ほう……?」
ファウストは首をわずかに傾げると、ナイフを弾き、ふわりと距離をとる。そして、片手をゆるりと持ち上げた。
次の瞬間、黒い波動球が無数に浮かび上がり、それはリュカに向かって一斉に放たれた。
「ふっ……!」
リュカは短く息を吐くと、体勢を低くしてそこに跳び込む。体のギリギリで波動球をかわしながら、地を蹴って、一気に間合いを詰める。
細剣とナイフが、再び交差する。
キィン、ギィンーー!
金属の衝突音が礼拝堂に響き渡る。
黒い衝撃波と火花が舞い、ふたりの姿が一瞬交差しては離れる。
「……ねぇ、さっきから全然本気じゃないよね?何考えてるの?」
リュカが剣を弾きながら、にんまりと目を細める。
だが、ファウストはそれに対して、笑みを崩さず答える。
「言うと思うか?」
そして、一瞬の隙を狙って激しい突きを繰り出してくる。
先程までの突きよりもさらに速い。リュカはやむなく、防御に転じた。
そのとき、ギュンッとロウソクの燭台がファウストの頭を狙って飛んできた。
ファウストは片手を上げ、魔力の盾でそれを弾くがーーそのとき、いつの間にかサザがファウストの足元に迫っていた。
「おらあああッ!!」
サザの爪が、黒い稲妻のように下から斬り上げ、ファウストのマントを裂き、体ごと吹き飛ばした。サザはファウストを見据え、
「クソッ……やり損なったか……!」
と悪態をつく。
ファウストは、攻撃が当たる瞬間に魔力をまとって衝撃を防いでいた。しかし、その白い頬にはかすかに赤い線が走っていた。
「ほう……」
ファウストが指で頬を拭う。
指先についた血を見て。瞳を細めた。
「魔力を巡らせて速度を上げたか……。なるほど、試練を経て、吸血鬼の力が覚醒しつつあるようだな……」
にやりと、愉悦を浮かべて笑う。
サザはファウストを睨みつける。
「今度こそ、仕留めてやる……!」
呼吸を整え、爪を構えなおす。
その目にはもう、焦りはなかった。あるのは、燃えるような闘志だけ。
リュカは横目にそれを見て、ふっと笑った。
「いいね。さぁ今度こそ……一気に行くよ」
ふたりが飛び出そうとしたときだった。
「きゃあ!?」
突然、背後から悲鳴が響いた。
ベルが床に引き倒されている。マントに噛みついた魔犬が唸り声を上げて、倒れたベルの背に前足をかけて、今にもその鋭い牙で噛みつこうとしていた。
「ベルを離せッ!このっ……!」
ノアが剣を必死に振っているが、魔犬のもうひとつの頭に邪魔されて近づけない。
ベルに牙をむいた魔犬の頭を、片手で放った拘束術でなんとか止めるが、その術も、バチバチと音を立てて、今にも解けそうだ。
「まずい、あいつら……!」
「サザ、ここはまかせたよ!あっちは僕が!」
リュカが声をとばし、身をひるがえして魔犬の方へ駆け出す。
「クソッ……!」
悪態をつきながらも、サザはファウストに向き合う。
どこまでやれるかーーだが。
「やってやる!俺が相手だ!ファウストッ!!」
そう言って、サザは血のにじむ拳に魔力を込め、ファウストに飛びかかっていった。
―――
「離せッ、この……」
私は剣を振るった。必死だった。
でも、魔犬のもう一つの頭が唸り声を上げながら、邪魔してくる。
届かない……ベルに、剣が届かない!
「拘束術を……!」
焦る心に指先が震える。魔法をかけなおさなきゃ、ベルが喰われる……!!
そのとき、
ドンッ!
魔犬の胴に向かって、何かが強く叩きつけられた。
リュカさんだった。思い切り蹴りを入れたようだ。
「ギャンッ!!」
魔犬が苦しげに叫び、ぐらりと体を傾ける。
今がチャンス!
私は魔犬の正面に回り込み、ベルに牙を向けようとしている魔犬の口に向かって、思い切り剣を突き立てた
そして、
「ええいッ!!」
力任せに、真横に振り抜いた。
ズズズッと重い手ごたえと共に、剣が肉を切り裂く感触が腕に伝わってくる。二つの顔が、真横から裂けるようにして、大きくガバッと開いた。赤黒い血のようなものが、ゴバッとそこから噴き出す。
「ギャウゥン……!」
魔犬が叫び、後ずさる。
その口から、ようやくベルのマントが解放された。
すぐにベルはその前足から這い出て、崩れるように座り込んだ。
私は剣を構えたまま、ベルと魔犬の間に立った。肩で息をしながらも、魔犬から目を離さず、片足をゆっくり引いて、体勢を整える。
「ありがと……!」
ベルが呟いた。
「ううん。気にしないで」
私は短く答えて、剣を握る手に力を込めた。
魔犬は一度、顔をぶるぶると振り、それから後ろへと引いた。
どうして?攻撃をやめた?
よく見ると、攻撃した部分の一部、特に目のあたりがまだ再生していない。
攻撃が効いてる……!
少しずつ与えたダメージが、ここにきて再生を遅くしているのかもしれない。
魔犬の再生力は無限じゃないんだ……!私がそう思ったときだった。
「いたっ……足が……!」
ベルが顔を歪める。さっき踏みつけられたときに、くじいてしまったらしい。
私はベルに「つかまって」と片手を差し出すが、そのとき、
「グアアッ!!」
魔犬が突進してきた。
咄嗟に拘束術を放つ。だが、魔犬はわずかに体を傾けてそれをかわす。
まずいーー!!
巨体が、音を立てて迫ってくる。間に合わない。私たちは押しつぶされるーー!
「ノアちゃんっ!」
その声とともに、視界が揺れた。
ドンッと体を押されて、私は倒れ込んだ。振り返ると、リュカさんがベルの腕を掴んで引っ張り上げていた。
けれど避ける刹那、魔犬の牙が、バクンッとベルのマントを噛んだ。
そしてーー
「ベルッ!!リュカさんーー!!」
魔犬はそのまま二人を引きずって、壁に激突した。
ドガァン、と音をたてて崩れる壁。魔犬はバルコニーも突き破り、そのまま、ふたりは魔犬と共にバルコニーの外へ落ちていった。
「嘘……!」
急いでその後を追う。
崩れたバルコニーの手すりに駆け寄り、下を覗き込むと、10メートルほど下、城の屋根の上に、ふたりの姿が見えた。
リュカさんは砕けた屋根の上で立ち上がり、ベルもなんとか無事のようだ。落ちた衝撃で、魔犬はマントを離したらしい。
少し離れた屋根の上で、もがいている魔犬。
それを見据えたリュカさんが顔を上げる。
「ノアちゃんはファウストを!」
遠くから、でもしっかり届く声だった。
「こっちを終わらせたら、すぐに合流するから!」
私は喉まで出かかった「でも」の言葉を飲み込んで、ぎゅっと唇を噛んだ。歯がゆい。けど、ここで止まってはいけない。
「……はい!」
私は頷き、身をひるがえして、まだ戦いの続く礼拝堂の中央へーーサザの方へと駆けだした。




