夜の王と双頭の魔犬
魔犬ノスマー・グリムが礼拝堂の長椅子をなぎ倒して突っ込んでくる。
「くっ……!」
咄嗟に左へ飛んでそれをかわしながら、魔力を込めた右手を前に突き出した。
「拘束術ッ!」
魔法陣が現れ、紫の光の帯がまっすぐに走る。
「グルルルッ…!?」
……命中した!
術は正面からわずかに逸れたけど、魔犬の左前脚に命中した。
罠にかかったように、その巨体がギギギと軋む。
一瞬の隙を見逃さず、ベルが魔犬の右側に回り込んでいた。ハンマーを振り上げて跳び、力強くそれを振り下ろす。
「このっ……!!」
振り下ろされた一撃が、魔犬の右の頭にクリーンヒットした。
「ギャンッ!」
悲鳴のような鳴き声。けれど、
「ベルッ!危ない!!」
もう片方の頭が、すぐさま襲いかかる。ベルが飛び退く。それを追うように首を伸ばした左の頭に向かって、私は駆ける。
「やああっ!!」
剣を振り上げ、魔犬の左の首めがけて振り下ろした。
ズバンッーーと重い手ごたえ。切った、深く。だが、
「へっ……!?」
魔犬の首が、こちらへギロリと振り返った。
斬ったはずの肉が瞬く間にくっつき、魔犬はグアッと牙をむく。
「くっ!」
後ろに跳んだ。なんとかギリギリでかわせた。
襲い来る魔犬に剣を構えて、その爪と牙を避けながら、鼻先に剣撃を数発叩き込んだ。
肉を裂き、骨に当たる感触はある。
でも、効いてない。
ぜんっぜん、効いてない!
「こいつ……っ!」
ベルがハンマーを再び叩き込む。
「傷つけても、すぐに再生するわ!」
私はハッと思い出す。
「魂の集合体だから、一部を切っても倒せないってこと!?」
「そんなの、どうすればいいのよっ!」
戦いながら、ベルが叫ぶ。
私も剣を振るう。でも、魔犬の体は切っても叩いても再生を繰り返す。
攻撃は、そんなに見た目ほど強力ではない。牙と爪に気を付ければ、避けるのは難しくない。けれど、ダメージを与えられないなら、いずれ押しきられてしまう。
体力吸収の魔法をかけられれば、何とかなるかもしれないと思うが、動きを止められないと、それも難しい。
何か…!何か方法は……!!
周囲に何か利用できそうなものはないかと目を向けるが、
「ノアッ!」
ベルの声で我に返る。
いつの間にか、壁際に追い詰められていた。
グアッと口を開け、魔犬が飛びかかってきたーーまずい!!
「――ッ!!」
地面に身を投げ出すように飛び込んだ。
間一髪でかわす。
魔犬は私の頭上を飛び越え、そのまま壁に激突した。壁が壊れ、そこに大きな穴が開く。
瓦礫が散らばり、粉塵が舞うその先には、細く狭いバルコニーが見えた。
さらにその先に見えるのは、夜空と、遠くに見える岩山の稜線。
おそらく、バルコニーの先は断崖だ。
ここは城の最上階。落ちれば命はない。
「……っ!」
私は剣を魔犬に向かって構えたまま、すばやく立ち上がる。
慎重に後退しながら、壁際を離れる。
「グルルルッ……」
瓦礫の中から、魔犬が立ち上がり振り返る。
その赤く光る四つの目が私をギラリと捉える。鼻に皺を寄せ、牙を見せながら、体勢を低くしてにじり寄ってくる。
剣を握る手に力を込める。
何とかチャンスを作ってーーこいつを、倒す!
私は魔犬を睨み返し、飛びかかってくる魔犬に、必死に剣を振るった。
一方、その頃――
サザとリュカは、ファウストに対峙していた。
ファウストがマントをバサリと広げると、それは一瞬で黒い霧に変わった。
そして霧は禍々しい黒い翼へと姿を変える。
翼をはためかせ、宙へふわりと跳んだファウストは、片手をあげる。
その先にも黒い霧が現れ、その中から、漆黒の細剣が姿を現した。
その細い柄を握り、ファウストは滑るように急降下した。
狙いはリュカだ。
キィンッ!
金属がぶつかる音が響く。
リュカは白銀のナイフと、クナイのような短剣を交差させて、その剣の軌道をそらす。
ナイフの間できしむ剣。にんまりと笑ったまま、奥歯を噛みしめるリュカと、どこか高揚するような目をして剣に力を込めるファウスト。間近でにらみ合ったふたりの間で、剣とナイフが、ガチガチガチと音を立てて震える。
ファウストは剣を両手で押し込みながら、じわじわと力を増す。
赤い目は愉悦に満ちていた。
だがその背後から、黒い影が風を切って跳ぶ。
「そのままおさえてろッ!リュカ!!」
サザが黒い爪を振りかぶって飛び込んだ。ファウストの翼ごと切り裂こうとしたがーー
「なっ……!?」
その爪がファウストを捉える刹那、その体が霧となって搔き消える。
振り返る隙も無く、サザの背後に霧が再び集まり、姿を取り戻す。
「……たわいもない」
赤い唇が、弧を描いて笑う。
「――ッ!!」
ファウストが細剣を突き出し、背中からサザの心臓を一突きするかと思われたが、リュカがサザを横に蹴り飛ばした。
そのおかげで、剣は胸をそれ、わずかに腕をかすめただけで済んだ。
「ぐっ……」
礼拝堂の長椅子にぶつかって、転がるように倒れ込むサザ。
腕から血を流しながらも、サザはすぐさま体を起こした。
視線の先で交わされる剣とナイフの応酬。激しい音の中、ファウストは目を細めた。
「いいナイフだろう?それは」
リュカの手に握られた白銀のナイフを見据える。
剣撃をそのナイフで弾きながら、リュカは答える。
「ああそうだね……デザインが、最高!」
そう言って、剣を強く弾く。
その瞬間、サザが爪を振り上げて再びファウストに横から飛びかかった。
だが、ファウストはそれを見もせずに、片手を上げる。
ギィンッ!
と、サザの爪は、ファウストが出した黒い魔力の盾に弾かれる。
「くっ……!」
バランスを崩したサザに、ファウストはちらりと視線をむけた。
ファウストの周囲に、黒い魔力の玉が浮かび、それは瞬時にサザを襲った。
黒い衝撃がサザの腹にめり込んだ。サザの体は、波動球に押し出されるようにして、礼拝堂の壁の上部まで吹き飛ばされ、石造りの装飾ごと激しく打ち付けられた。
「がはっ……」
剥がれた壁の一部と共に落下し、崩れた瓦礫の中から、よろめきながら立ち上がる。拳を固く握りしめ、呼吸を整えようとするがーー
「クソッ……」
……なんだよ、あいつ……!
呼吸のたびに、肋骨の奥が鈍く鋭く疼いた。
脇腹に手をやると、じんわりと温かい感触。見ると、服の裂け目から血がにじんでいる。
さっきの波動球……一発、もろに食らった。
息を吸うだけで痛む。肋骨が何本かやられた。
だが、なによりもサザを焦らせたのは、その圧倒的な“格”だった。
あいつ……俺を見もしないで攻撃を防いだ。
それに、あの波動球。
ファウストは、本気でもない様子であれだけの魔法を繰り出した。まるで、虫を払うような軽さで、致命的な一撃を放ってくる。
半端じゃねぇ……強さの桁が違う……!
全身に、じわじわと冷たい汗がにじむ。本能が逃げろと警告してくる。
それでも。
「だからって、止まってられるかよ……!」
歯を食いしばって、再び爪を構える。
痛みにふらつきそうになる足に力を入れて、再び駆けだした。




