ゾンビ、夜勤に出る
「ゾンビだし、眠らなくていいから夜勤お願いね~」
そんな軽~いノリで、私は夜勤任務に駆り出された。
いや、確かに……眠らなくてもいいけども!
「ゾンビに人権はないの……?」
人生…いや、ゾンビ生は過酷だ。
―――
魔王城の夜は、昼よりも静かで、そして怖い。
地下だから昼夜関係ないと思われるかもしれないがそうではない。
やはり魔族は、夜の闇の中で活性化するのだ。
ときおりどこからか「ガァ……」という声や「ギギ……」という謎の物音が響く。
「ホラーだよぅ……。帰りたいよぅ……」
震えながら、魔王城の青白い回廊を歩く。
今回の任務内容はシンプルだった。
「死体安置所あたりの見回り」
「迷宮を彷徨う“迷子ゾンビ”の処理」
「スライム炉の圧力確認」
「グレイブ(墓守)の補佐」
――いや、最後のが一番怖いんですけど。
―――
まずは、死体安置所の見回り。
石棺の並ぶ静かな空間。死者が眠る、魔王城“第二のベッドルーム”
その片隅、いつものように椅子に座っているのは、フードから赤く光る目を覗かせる墓守のグレイブ。
「お、お疲れさまです…」
返事はない。
でも、視線だけは確かに私を見ていた。
ジッと、重く。逃げ場のない、“死”のような視線で。
「あの、何か異常とかありました……?」
沈黙。
そのまま、グレイブはゆっくりと首を横に振った。
「な、なら良かったです。はい……」
一歩さがった瞬間、グレイブの足元からコトン、と音が鳴る。
見ると、小さな紙が一枚。
“地下通路から風の音。注意”
喋らないけど、優しい人なのかもしれない。
私は心の中で、ほんのりと彼の評価を上げた。
―――
次に向かったのは、地下農場の奥にある地下迷宮の入り口。
たまにゾンビやスケルトン兵士がこのあたりをうろついて、帰って来れなくなるらしい。その迷子を回収するのが、今回の任務だ。
「ゾンビがゾンビを回収って……複雑な仕事だなぁ」
そういえば、“ミイラ取りがミイラになる”ってことわざがある。
私も迷わないように、気を付けないと。
ゾンビがなるのは骨だけども。
私は気を引き締めて、農場の奥地へと向かった。
―――
暗い通路の先、ぐるぐる歩いているとーー
いた。頭にキノコを生やしたゾンビが、壁と話している。
「ここは……わが、ふるさと……かえる……」
「ふるさとじゃないよ!ここ農場の裏手!」
なんとかなだめて、引きずりながら背負って連れ帰ったけど、背中からずっとキノコの胞子が飛んできた。
「ハウスダストが…っ!死んでるのに、花粉症になりそう……!」
―――
続いて、スライム式魔力増幅炉の点検。
大量のスライムたちが、もっちり、ぷにぷに、ぐるぐる回転している。
「こっちは……なんか、ちょっと癒し……」
ふと、足元にちいさなスライムが寄ってきた。
増幅炉に入りそびれた迷子スライムだろうか。
「……ぴょ?」
「お疲れさまって言ってくれてるの……?」
私はそっとその子を撫でた。
つるん、ぺとん。
不思議と、疲れがすっと溶けていくようだった。
死んでるけど、ちょっと生き返る気がするなぁ…
スライムを床に放しながら、そう思った。
―――
そして夜明け前――グレイブのもとへ戻ると、彼が私に視線をうつし、一度だけ首を縦にコクンと動かした。
……たぶん、「お疲れさま」だった。
「あの……また来てもいいですか?」
彼は答えない。けれど、また一枚、紙を落としてくれた。
“次は三日月が出る頃。気をつけろ”
怖い。けど、ちょっとうれしい。
―――
初めての夜勤は、不気味で、静かで、でもどこかあたたかい時間だった。
ここには“死者の夜”があって、そこにはちゃんと“働く仲間”がいる。
私はまだ、ゾンビとして駆け出しだけどーー
確かに今、誰かと一緒に、同じ夜を過ごしたと思えた。
「……ゾンビでも、ちゃんと働けてるな、私」
ぽつりとつぶやいた声は、静かな魔王城の中に、すっと吸い込まれていった。