ティールームへの招待
最後の部屋の前で、私たちは足を止めた。
「ここが最後の部屋ね」
ベルが部屋を前にしてそう言った。
今までの部屋には、階段も扉も見当たらなかった。
だから、この部屋にはきっとあると信じたい。
「……行くわよ」
カチャリ、とドアノブが音を立てて開く。
中は、今まで見た部屋よりも一段と広かった。
淡いオレンジ色のカーペットの床に、茶色い四角のテーブルがいくつか並んでいる。
その奥にはコーヒーカウンターがあって、レトロなコーヒーサイフォンがのっている。
その隣には、これまた古めかしい蓄音機。大きな金色のラッパみたいなのがついている。
レコードがセットしてあり、針を落とせば音楽が流れてきそうな雰囲気だ。
そしてやっぱりここにも人形がいた。
カウンターには、銀のポットでコーヒーをカップに注ぐような姿のバリスタの人形。
大きなテーブルを囲んで、談笑しているような数体の人形たち。
そして、フロアを歩くメイド姿の人形まで。
人形たちの座るテーブルの上には、三段重ねのケーキスタンドがあって、そこにはまたしても、本物っぽい食べ物が置かれている。
その様子から、ここはゆっくりとアフタヌーンティーを楽しめる、ティールームなのだと思った。
「またこれも、すっごいね~」
とリュカさん。
「階段、探すぞ」
さっさと歩き出したのはサザだ。
私も部屋を歩き回り、それらしいものがないか見て回る。
カウンターの奥にも、テーブルのかげにも、それらしいものは見当たらなかった。
「あれ?本当にないね?」
リュカさんが、きょろきょろとしながら部屋の中央に戻って来た。
「見落としたのかしら?」
ベルが、思い出すように考え込みながら言う。
「どの部屋も一通りは見たけどな。けど、人が通れそうな扉なんて、どこにもなかったぜ?」
「うーん……」
私はティールームをもう一度見回した。
「またどこかに、ヒントの言葉があったりしないかな」
「……あ、カードみっけ」
リュカさんが唐突に声を上げた。
私たちは一斉にそっちを見る。
「カード?」
「うん。テーブルに置いてあった」
リュカさんが手に持ったカードをひらひらと振る。
「ヒントがあったの!?ちょっと読み上げて!」
ベルが前のめりに詰め寄る。
「まかせて!」
リュカさんがカードを手に、堂々と読み上げた。
「――本日のメニュー
【セイボリー】ハムとチーズのサンドイッチ、キッシュロレオリーヌ
【スコーン】レアバタースコーン、グアニルと林檎のジャム
【プティフール】クリームトルテ、オランジュフルール、オフトベットのテフ~モロスコを添えて~」
しばしの沈黙の後――
「……このテーブルのメニューじゃないの!」
ベルが叫んだ。
「普通においしそうでつらい……!」
私は胸を押さえてうずくまった。
「オフトベットのテフってなんなんだよ!」
サザが本気でわからないといったように叫ぶ。
「ごめん、違ったみたい」
リュカさんは申し訳なさそうに言ったけど、その笑い方は多分あんまり反省してないやつだった。
チーンーー。
突如、部屋の空気が張り詰めた。
まるで、ガラスを爪で弾いたような、軽く澄んだ呼び鈴の音が、静かな空間に響いた。
「っ……!」
私は反射的に肩をすくめた。
「なんだ!?」
サザが鋭く声を上げ、警戒するようにあたりを見た。
そのときだった。
穏やかで、どこか懐かしいようなクラシカルな音楽が、部屋の中に流れ始めた。
でも、なめらかな音じゃなくて、どこかくぐもっていて、音の端にノイズが混じっている。
あ、この感じーー
私はカウンターに目を向けた。
やっぱり。蓄音機の音だ。
カウンターの蓄音機のレコードが、ゆっくりと回っていた。
と、そのとき。
「あっはっはっは!」
突如、男の大きな笑い声が響き、私はビクッと飛び上がった。
どこ?……誰!?
慌てて振り返ったその先――すぐそばのテーブルに目が釘付けになる。
そこにいる人形たちが、動いていた。
茶色のスーツを着た中年男性風の人形が、首をガタガタと動かしながら、ぎこちなく体を傾けている。まるで、糸で引っ張られて動かされているみたいな、不自然で、どこか壊れかけの機械のような動き。
「可笑しなことを言うね!アンナ」
声が、たしかにその人形のあたりから聞こえた。
でも、人形の顔は、変わらずのっぺりとした木面にかかれた絵のままだ。そこに描かれた笑顔は微動だにしない。けれど、言葉はたしかに、そこから発されている。
隣にいた白いワンピースの淑女風の人形が、わずかに体を傾けて、口元に手を持ってくる。
「おほほほ、ロバートには敵いませんわ」
その指も、関節が繋ぎ合わせられた木で作られた、人形の手だ。
向かいの青年風の人形が両手を広げながら、
「サミュエル、君はどう思う?」
と、隣にいる少年風の人形に話しかける。少年の人形は、
「トーマス、それよりもこのケーキはすっごくおいしいね!」
と、お皿の上に乗ったケーキをフォークで口に運ぶような動作を、機械的に繰り返しながら答えた。
声がやけに生き生きしていているせいで、逆にその壊れた機械のような動きの異質さが目立つ。
まるで、下手な人形劇を目の前で見せられているようだ。
背筋に、ぞわりとしたものが走る。
サザもベルもリュカさんまでも、その様子に唖然として黙り込んでいる。
気が付くと、他の人形たちも動き出していた。
バリスタはコーヒーを入れ、テーブルの人形は談笑を始める。
一時停止されていたテレビが、また再生されたかのように。
「……なによこれ……」
ベルが、思わず一歩後ずさりながらつぶやく。
「始まった感じがするね、試練が」
リュカさんはいつも通りにんまりとしているが、目には警戒の色を宿していた。
そのときすぐそばで、声が響いた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
背後から聞こえたのは、明るくなめらかで、しかしどこか冷たい声。
振り返ると、メイド服の人形がそこに立っていた。
背は高く、クラシカルな黒の長いワンピースに、フリルのついた白いエプロンをつけている。
顔は他の人形同様に平面的に描かれていたけど、口元には赤いリップが塗られていた。
襟元にはオパールのアンティークブローチがきらりと光り、袖口には小さな銀のカフスボタンがついていた。
「主の意向により、皆様をおもてなしするように申しつかっております。どうぞ、どうかごゆっくり、お茶会をお楽しみくださいませ」
メイドの言葉は歓迎するようだったが、これが素直な歓迎なわけがない。
私は緊張した気持ちでメイドを見つめた。
「……お茶会、だぁ?」
サザが眉を曇らせた。
「罠よ。警戒を怠らないで」
ベルも鋭い声で言う。じっとメイドを睨みつけながら。
しかし、メイドはそれには全く動じず、すぐ続けた。
「お飲み物のご用意がございます。温かいコーヒーと冷たいコーヒー、いずれかお好みのものをお申し付けくださいませ」
あまりに自然な問いかけに、誰もすぐには返事をしなかった。
しばらくして沈黙を破ったのは、リュカさんだった。
「じゃあ、僕はホットコーヒー」
「……おいっ」
サザがすかさずつっこむ、
「乗るのかよ!?どう見たって罠だろ!」
「どうせこれも、試練なんでしょ?」
リュカさんは肩をすくめながら笑った。
「だったら僕は、あえて乗るよ」
「……本気かよ…」
サザの声は呆れというより、困惑がにじんでいた。
私は……どうしよう、と悩む。
でも、今のところ出口も階段も見つかっていない。
だったら、このお茶会に参加することで、何か進むためのヒントが掴めるかもしれない。
ここはリュカさんの言うとおり、乗ってみるのが正解かもしれない。
「……じゃあ、私も。ホットコーヒーをお願いします」
メイドは、描かれたほほ笑みのままで、私たちの答えを聞き逃さないように、注意深く、ジッと待っているように感じた。
ベルが、警戒はゆるめていないけど、どこか腹を括ったような表情で言った。
「……いいわ。でも、私はコーヒーは飲めないからオレンジジュースにしてちょうだい」
「じゃあ、俺は水でいい」
サザがぶっきらぼうに言った。
メイドは、すこし沈黙した後、確認するように言った。
「ご注文は、以上でよろしいでしょうか?」
「……ああ」
サザがそう答えた瞬間――。
チーン。
また、あの澄んだ呼び鈴の音が鳴った。
「えっ……!?」
一瞬、目の前が揺らぐような錯覚。
思わず目をこすった瞬間、そこにいたはずのサザとベルがーー消えていた。
「え……っ、えぇっ!?」
私は思わずあたりを確認した。
だけど、やっぱりいない。
隣でリュカさんも、わずかに眉をひそめていた。
「ご安心くださいませ」
メイドが落ち着き払った声で言う。
「お連れ様は、ティータイムが終わりましたら、お返しいたします」
落ち着いた声音だけど、そこには不穏なものが漂っていた。
やっぱりこれは、ただのお茶会なんかじゃない。
リュカさんも、やっぱりね、といった調子でふっと笑いつつも、鋭い目をしている。
メイドは軽く礼をすると、
「それでは、お席にご案内します」
と言って、私たちを誘導するように歩き始めた。




