人形たちのサロン
「じゃあ、まずは一番近い扉でいい?」
私は四つ並んだ扉のうち、左手前の扉に手を掛けていた。
この扉は、先程までの大きな部屋の扉とは違い、少し小さめだ。
片開きで、扉にも普通のドアノブが付いている。個室に繋がっていそうな雰囲気だ。
緊張しながらみんなを見ると、みんなは、大丈夫だ、という風に頷く。
その顔に私も覚悟を決めて、扉を開けた。
――ギィ。
きしむ音と一緒に、明るい光が流れ込んで来た。
中は意外と広くて、窓から入りこんだ日差しがレースのカーテン越しに、ゆらゆらと揺れている。
部屋の真ん中には立派なビリヤード台があった。
その周囲にはチェステーブル。奥にはバーカウンターまでついている。
壁はやわらかなアイボリー、床には薄いグリーンのカーペットが敷かれていて、なんだかホテルのスイートルームを豪華に改造した、そんな印象を受ける。
「遊技場のようだけど……」
でも、その中に異質なものがある。
人が、いる。いや、ちがう。人じゃない。
「人形…よね、あれ」
ベルがそばでぽつりと呟く。
それは、人間と同じ大きさの、木製の人形だった。
でも、庭園で見たような精巧なものでも、マネキンのような繊細な人間らしさがあるようなものでもない。
美術のデッサンで使うような関節のある木の人形。
それをそのまま大きくしたような、妙にのっぺりとした顔に、雑な笑顔の表情が描かれている。
例えるなら、こけしの顔をもっとリアルにしたような……そんな顔だ。
バーカウンターの奥では、バーテンの恰好をしたような人形が、グラスを磨くようなポーズのまま固まっている。
ビリヤード台には、キューを握って構える人形と、それを腕を組んで見つめている人形。
チェステーブルには二体の人形が、今まさにチェスをしているみたいに向かい合っていた。
「……動き出しそうだよね、こういうのって」
私は思わず、そう呟いてしまった。
もちろん、今は動いていない。動いていないけどーー動いていない“だけ”のような気がする。
「絶対動くでしょ」
ベルがすぐに返す。全く迷いのない口調だった。
「庭園の石像と同じで、なにか仕掛けがあるんじゃないかしら。例えば、チェスの駒を動かしたら……とか」
それは十分にあり得そうだと思った。
「うーん、でもこの部屋……」
リュカさんがゆるい声で言いながら、きょろきょろと部屋を見回した。
「階段、ないね」
「階段……?」
私は首をかしげる。
「うん。僕らの目的って、上の階に行くことでしょ?でもこの部屋、上に続く道がなさそうなんだよね。だからハズレの部屋かも」
「ハズレ……」
改めて見回してみると、たしかに階段も扉も見当たらない。
「だったらもう出ようぜ。こんな気味悪いとこ、用ねぇだろ」
サザが不機嫌そうに言って、踵を返す。
私も頷き、さっさと部屋を出ることにした。
―――
次の扉を開けたとき、空気の質が、ほんの少し変わった気がした。
さっきの遊技場よりもずっと重たくて、どこか煙たいような感じもする。
「……なんか、偉い人が座ってそう」
思わず呟いたのは、部屋の真ん中に置かれた黒い革のソファを見たからだった。
その前にあるのは、低くてずっしりと重そうな焦げ茶のテーブル。鈍器になりそうなガラスの灰皿と、古びたパイプも置いてある。
グレーの壁には、大きなシカの頭のはく製。床には熊の毛皮の敷物……しかも頭付き。
「初めて見た……熊の頭付き敷物……」
「ノアちゃん、あんまり近付くと噛まれるよ?」
「えっ、何言ってるんですかそんなことーー」
無い、とも限らない。
私は毛皮の頭からそっと距離を取った。
部屋の間取りはさっきと似ているが、窓には深い青のカーテンが掛かっていて、光は遮られてどことなく薄暗い。端の方にガラス付きの本棚があって、そこにはいかにも難しそうな本がずらりと並んでいた。タイトルだけで頭が痛くなりそうなーー「王国軍制概論」「戦略思想の歴史」みたいな感じ。
でも、やっぱり一番気になるのは、そこにいた「人形」だった。
ソファには、足を組んでパイプを口に当てるようなポーズの人形。
本棚の前には、議論するように互いを指さす紳士風の人形たち。
壁際に寄りかかって腕を組んで俯く、沈黙思考タイプの人形。
どれもやっぱり動かないけどーー生きている人間のふりをしているように見える。
さっきの部屋と、やっぱり共通してる。ポーズも、配置も、妙にリアル。
私は静かに息を呑んだ。
「……この部屋もやっぱり、“それっぽい”よね」
「“それっぽい”ってのは、動きそうって意味か?」
と、サザ。「うん」と私は頷いた。
それから部屋を一通り見て回ったけど、ここにも階段はなかった。
またしてもハズレ。
というわけで次の部屋へ。
―――
開けた扉の向こうは、さっきまでと打って変わって、甘い花の香りがふわりと漂ってきた。
「……おぉ、これはまた」
床はピンクのカーペット。ふかふかで、足を踏み出すと、ちょっと沈む。
部屋の中央には、白と金のアンティーク風のソファがあり、その上にきれいな刺繍を施したクッションが二つ置いてある。
ソファの前にはガラスのテーブルがあり、レースのクロスが掛けられている。上に載っているのはガーベラに似た花が活けられた花瓶。
壁は模様の入った白の壁で、絵画がいくつか飾られていた。
ヒマワリやチューリップのような花の、華やかな油絵。
「可愛い部屋だけど……人形がいるわね」
ベルが、腰に手を当ててそれらを見た。
ソファにくつろぐように腰掛けている人形。
絵を鑑賞するような人形。
向かい合って談笑しているような人形もいた。
そして、ベルはふと気が付いたように言った。
「ここってたぶん、来客用のサロンね」
その言葉に、サザが眉をひそめた。
「サロンってなんだ?」
「お城に遊びに来た親しい友達を招く部屋ってとこ」
リュカさんがのんびりと答える。
「へぇ。そんなもんがあるんだな」
サザは納得したようにそう言った。
私はと言えば、リュカさんの知識の広さにちょっと感心していた。
リュカさんがふと思いついたように言った。
「ってことは、僕たちが来客ってことだよね?」
ベルが肩をすくめて「今は、そういうことになるわね」と答える。
「来客にしちゃ、ロクな部屋に案内されていないけどな」
と肩をすくめるサザ。
「ほんとよ。何なの?あの人形。趣味が悪すぎるわよ」
ベルがそう言ってため息をつく。
「招くならもっと、来客のことを考えてほしいものね」
私はその言葉に少し笑って「そうだね」と頷いた。
そばにあるソファも、ふかふかしてそうで、座りたくなってしまうけどーー隣に座る人形の存在がどうしても重くのしかかる。
「ゆっくり座って、お茶でも飲んで休みたいな……」
「疲労困憊だね?ノアちゃん」
リュカさんが私を覗き込む。
「さっきも全力疾走しましたしね……」
私が笑って答えると、横からサザが「だよな」と同意する。
「ダンスも、結構な……」
肩を落としてそう言う。ベルも、
「城までの山登りもなかなかだったわよ……庭園だって」
とぶつぶつ言っている。
「あれ?みんなそんなに疲れてるの?」
リュカさんが首をかしげてそう言う。
「僕はもうちょっと体動かしたいな~」
そういって楽しそうに笑う。
「……あなただけ異常なのよ!」
ベルがそう言い返し、「はぁ、もう!さっさと終わらせて帰るわよ!」と勢いよくドアを開けて出て行った。
「あれ?怒っちゃった。待ってよ、ベル~」
そういってリュカさんが後を追いかける。
私とサザもやれやれという顔をして、その後に続いた。




