ワルツの終わりに
ダンスフロアの前に、私たちは立っていた。
約三時間の練習を終えて、足は少し重い。
けれどその分、しっかりと体に馴染んだステップがある。
ワルツのリズムも、もう体が覚えている。
みんなで顔を見合わせる。
心はひとつだった。
「とにかく音楽隊のそばまで近づいて、それから攻撃しましょう」
ベルが凛とした声で言う。
「わかった。それで強化が解けたら、一気に階段を駆け上がるぞ」
サザが頷いて言った。
「万が一、強化が解けなくても、そこからは戻るより進む方が早いから、全力で走るよ」
リュカさんがにんまりと笑う。
「うん。わかった。がんばる」
私も深く頷いた。
「じゃあーー行くぞ」
サザの声に合わせて、私たちは足を踏み出した。
ワルツのリズムにのって、サザと私が先行する。
リュカさんとベルはそのやや後ろ。
ダンスフロアに入った瞬間、一気に緊張がせり上がってきた。
幽霊たちに、道を塞がれたら。
また吹き飛ばされたらと、余計なことが頭をよぎってしまう。
そのとき、ぐっと、サザが私の手をひいた。
背中に添えられた手が、少しだけ体を寄せる。
サザの目を見ると、大丈夫だ、と言っているようにサザはまっすぐに私を見ていた。
私は小さく頷いて、それから息をゆっくり吐いた。
――大丈夫。
気持ちが、スッと落ち着いた。
大丈夫だ、サザがいる。
一緒なら、きっとできる!
サザのリードに身を任せ、練習通りにステップを踏む。
ステップ、ターン、それから一回転してポーズを決めた。
踊っている幽霊たちが、ほほ笑んでそばを通り過ぎる。
敬意を払うように、道を開けてくれる。
そうか。こういうことだったんだ、と私はヒントの言葉を思い出していた。
「左、いくぞ」
「うん」
幽霊たちの間を、流れにのってすり抜けていく。
ワルツのステップで、なめらかに水面を渡るように私たちは音楽隊のもとへ辿り着いた。
リュカさんとベルはまだ来ていない。
「このあたりで、踊りながら待とう」
「わかった」
小声でそう言い合って、音楽隊を横目に見ながらステップを踏む。
サザがふいに、
「……あれ、見ろ」
と顎で前を示す。
見るとーー音楽隊の持つ楽器が、赤紫の光をまとって淡く輝いていた。
まるで、魔法そのものがそこに宿っているような光。
「楽器が、光ってる」
私が小さな声で言うと、サザは頷いた。
「音楽隊で間違いないな」
さらに視線を凝らすと、その光は、指揮者のもつ指揮棒に繋がっているようだった。
全ての楽器を操っているのは、指揮者なのかもしれない。
私はなんとなく、そう思った。
サザにそう伝えると、サザもそう思っていたようだった。
そのときちょうど、リュカさんとベルが姿を現した。
「来た!」
サザがタイミングを見て、リュカさんに楽器と指揮者のことを伝える。
ふたりは私たちを見て頷いた。
そして、ワルツの音楽がループに入る前、ワルツの終わりのタイミングで、私たちはリズムにのったまま、一斉に行動を起こした。
音楽隊が、こちらに目を向ける。
一瞬、指揮者が異変に気をとられたそのとき、楽器の音色がほんのわずかに途切れた。
その隙を、サザは見逃さなかった。
「行くぞ、ノア!」
サザはワルツのステップで踏み込み、それから、一気に指揮者を下から蹴りあげた。
指揮台の上で、男性の幽霊が指揮棒を取り落として霧散する。
演奏は中断し、楽器を持つ幽霊たちが一気に殺気立った。
私はサザの手を離し、すぐに魔法を構える。
「拘束術っ!」
今度は、魔法がちゃんとかかった。楽団の幽霊が動きを止める。
リュカさんがダンスホールから襲い来る幽霊を素早い動きで蹴り飛ばし、一掃する。
そして鋭い声で叫んだ。
「階段の上へ!」
私も駆け出す。
すぐに背後から大勢が追いかけてくる気配。
振り返りさまに手をかざし、拘束術を放つ。
術が命中し、足止めされた幽霊が後ろを巻き込みながら倒れる。
すかさず踊り場へと駆け上がり、次の階段へーー息を切らしながら必死に走った。
「見えた!」
階段の一番上、ホールを見渡すバルコニーのあたりまで登ると、さらにその奥に伸びる回廊の先に扉があるのを見つけた。
足を止めず、幽霊の手をかわしながら、その扉に向かって一気に走る。
先頭を走るサザが、扉の取っ手をひいて、私たちはそこへなだれ込むようにして飛び込んだ。
全員が扉の中に入ったあと、すぐに振り返り、みんなで扉を押さえる。
幽霊たちが扉を押し返してくるかと思ったけどーー
……静かだった。
何も聞こえないし、扉を押すような気配もない。
扉の向こうには、沈黙だけがあった。
「どうやら……試練を突破できたみたいね」
ベルがそう言って、ほっと息をはきながら、その場に座り込んだ。
私も、どっと肩の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。
「やっかいな試練だったね……」
「だね。ま、僕はけっこう楽しかったけどね~」
リュカさんは、いたずらっぽく言って笑う。
「私はもう、こりごりよ」
ベルが呆れたように言って、肩をすくめる。
サザも、「……はぁ」と息をはいて、ぐしゃっと髪をかき上げるようにしながら、首を振っていた。
それぞれが疲れていて、でもそれぞれに、何かを乗り越えた顔。
なんだかその様子がなんだかおかしくて、私は少し笑ってしまった。
みんな無事で……よかった。
ほんの少しの安堵が、心を温めた。
しばらくそのまま、私たちはそこで休み、それから再び、立ち上がった。
「行きましょう。まだ先があるみたいだわ」
ベルが指さす先には赤いカーペットの敷かれた長い回廊が続いていた。
リュカさんが歩き出し、ベルが立ち上がってそれに続く。
サザもゆっくりと歩き出す。
私もその背を追って立ち上がり、足を踏み出した。
前を歩くサザを見て、私はふと思い出して声を掛けた。
「……サザ」
サザが立ち止まり、私をちらりと見た。
「さっきは、ありがとう。ワルツ、リードしてくれて」
「……別に」
サザは何でもないように言って、前を向こうとする。
けれどその足が、ふと止まった。
少し考えるような間をおいて、ぽつりと尋ねてきた。
「……あれって、ワルツっていうのか」
私は目を瞬いて、それから頷いた。
「うん。三拍子で踊るダンスのことをワルツって呼ぶんだよ」
「へぇー……」
思ったよりも興味深そうな声だった。
「他にもあんのか?」
振り向いてそう尋ねるサザ。
私は頷いて、その横に並ぶ。歩きながら、話す。
「あとはー…、私もあんまり詳しく知ってるわけじゃないけど、タンゴとか、スローダンスとか……」
「……?」
「あと、盆踊りとか」
「なんだそれ」
「日本の夏の……あ、ごめん、前の世界のやつかも」
「ふーん……いろいろあんだな」
「……興味ある?魔王城に戻ったら、教えてあげるよ?」
ちょっとだけ意地悪な気持ちでそう言うと、サザは一瞬むっとした顔になって、
「俺は別に……」
と、ぶっきらぼうに言った。
そうだよね、と思って、話を終えようとしたときだった。
サザがふいに、ふっと表情をゆるめて、
「戻ったら、か……ま、それもいいかもな」
ぽつりと、そんなことを言った。
私はちょっと驚いた。けれど、それ以上に嬉しかった。
ほんの少し、サザの心に触れられた気がした。
そのとき。
「ねえ~なんだかふたり、仲良くなってない?」
リュカさんがどこからか後ろ歩きで現れて、にんまりした顔で割り込んで来た。
「僕も混ぜてよー。僕だけ仲間外れなんて、さみしいなぁ~?」
「……うるせぇよ」
サザがめんどくさそうに言い捨てると、リュカさんはさらに楽しそうに笑った。
ベルがそんな私たちを振り向いて、腕を組んでじろりと睨む。
「……あなたたち。こんなときに、のんきね」
でもそのあと、ふぅと息をはいて、
「ま、でもそのくらい余裕があったほうがいいかもね」
と肩をすくめた。
そして、回廊の先に視線を向けた。
「……まだ、試練は続くみたいだし」
ベルの視線の先には、回廊の両側に並ぶ扉があった。
左に二つ、右にも二つ。合計四つ。
そして回廊はそこで終わっていた。
階段は見当たらない。
この扉のどれかの先にあるのだろうか。
「次の試練は、あの中にあるのね……」
ベルが小さく呟く。
「また何かさせられるのかしら」
「ここまで来たら、たぶんそうだろうね~」
リュカさんは肩をすくめながら言う。
「いまいちファウストの野郎が何をさせたいのかわかんねぇけどな……」
サザがそう言って、じっとその扉のひとつを見つめた。
扉の先に待っているもの。
ファウストが私たちに課す試練の意味。
分からないことだらけだ。
でも、立ち止まるわけにはいかない。
この先に答えがあるのなら、私たちはそれをーーきっと真実を掴んでみせる。
ぎゅっと手を握りしめ、私は決意を新たにしたのだった。
5/15-21は出かけるので、更新はそれ以降になります。また度々覗いてもらえると嬉しいです。




