石像の謎
「でもさぁ、英雄の首って……どっかに落ちてたっけ?」
リュカさんが、腕を組んでそう言った。
たしかに、そうなのだ。
私たちは、石像を調べながら、庭園の中をけっこう歩いた。小さな石像もあるかもしれないと、低木の生垣の下も見たし、噴水の中も、花壇の裏もしっかり探したけど、それらしいものは見かけなかった。
「いくらなんでも、地面に埋まってるってことはねーよな……?」
とサザ。
「さすがに、それはないんじゃない?ここまで、ちゃんとヒントっぽいのも出してくれてるんだし……」
とベルが話し、ふいに、ハッとしたような顔をする。
「首は……他の石像から取ってくるんじゃないかしら!」
リュカが、にんまりと笑う。
「僕も今そう思った。けど、英雄にふさわしい首って、どれだろうね?」
「うーん……」
私は庭園を見渡して、石像を眺めた。どの像にも、意味深な言葉が書いてあったから、なんとも選びにくい。
「悪魔……ってのは、さすがにないよな」
とサザ。
ベルが、問い返した。
「それって、ファウストが、自分が吸血鬼だから、英雄の首に自分を象徴する悪魔の首をすえるって発想よね?」
「そうだ」
「ううん…どうかしら。それならむしろ、天使じゃないかしら」
ベルが腕を組んで言う。
「ほら、ファウストってたぶん自分のことを、“選ばれた存在”とか、“高貴な存在”って思ってそうじゃない?だから、あからさまに悪魔を選ばせるようなことはしない気がする」
「うんうん、たしかに……」
私が納得しかけたそのとき、
うーん…と唸っていたリュカさんが、ひらめいた!という顔で言った。
「じゃあ大穴で、水瓶はどうかな?水瓶をかぶりし英雄!かっこいいでしょ」
私は、水瓶をかぶった英雄をちょっと想像してしまった。
ちょっと笑ってしまった。悔しい。
ベルも、
「面白いこと言うのやめて」
と、笑いそうになってしまったのを誤魔化すように眉をしかめる。
ぷんっと結んだ口元はぷるぷるしていた。
「水瓶をかぶった英雄なんて、後世にどう伝えるんだよ……」
サザが呆れたように言うのがまたおかしくて、私はまたふき出してしまった。
「……あはは、たしかに……」
と、そこで“後世に伝える”という言葉が、なぜかひっかかった。
そして、ふと、前に聞いた話を思い出した。
どこかの街で聞いた、創世の神話の話。
「もしかして……人魚、かも」
「え?」
みんなが一斉に私を見る。
私は口を開いた。
「エレディア教の、創世の神話だよ」
私は思い出しながら、ゆっくり話した。
「神様――女神エレディアが、悪魔に滅ぼされそうな世界を見て悲しんで、涙を流したの。その涙が流星になって地上に落ちて、“勇者”になったっていう話」
リュカさんが頷いた。
「なるほど……涙が勇者だから、涙を流す人魚ね。たしかに天使とか悪魔とかも、神話っぽいモチーフだよね」
「私、神話の話は知らないの。ちょっと教えてくれる?」
と、ベル。
私は神話の話をベルに説明した。
エレディアが世界をつくって、できた世界を見守るために月になった。
その月の影から悪魔が生まれて、世界を滅ぼそうとした。
悲しんだエレディアが涙を流し、その涙が流星となって地上に落ちて勇者になった。
勇者は悪魔を倒し、世界に平和が戻ったーーそんな話だ。
話し終わると、ベルは腕を組んで、少しの間考え込んでから言った。
「なるほど。たしかに関係ありそうね。……でも、水瓶の女は出てこないわ」
「……それはたしかに」
私は頷いた。
水瓶をかぶった勇者だった可能性は……まあ、ないか。
けど、ベルはすぐに顔を上げて言った。
「けど、今のところ一番近いんじゃない?他にいい案もないし、ひとまず試してみましょう」
「いいんじゃない。僕も賛成」
リュカさんがそう言い、サザも
「やってみる価値はあるな」
と頷いた。
私たちは、人魚の首で試してみることにした。
―――
人魚の石像は、庭園のわりと入り口に近い位置にあった。
生垣の間の芝生の上に、足を崩したような姿勢で座り込んで、俯いて目を閉じている。長い髪が肩にかかり、両手は尻尾とおなかの間のあたりにそろえている。
静かで優しい雰囲気。でも頬には、はっきりと涙のしずくがあった。
まるで、本当に悲しみに暮れているようだった。
「よし、僕がやるよ」
リュカさんが軽い調子で前に出る。
「動いたらいやだしね。……ね、もし逃げるなら今のうちだよ」
こそっと、人魚の耳元でリュカさんがそう話しかけたけど、人魚は特に反応することなく、静かなままだった。
よかった。たぶん、動き出すことはなさそうだ。
「バカなことやってないで、早くやんなさいよ」とベル。
にへへ、と笑って、リュカさんが人魚の横に立つ。
「じゃ、手刀で一発。豪快にやるから、みんなちょっと下がって~」
「……粉砕すんなよ」
サザがそう言って、距離をとった。
私とベルも、サザと一緒にリュカさんを見守る。
リュカさんが構えを軽くとる。フゥーと息を吐いて、それから手刀を人魚の首めがけて振り下ろそうとした、そのとき。
ふわりと、光が灯った。
人魚の像の頭がぼんやりと白く輝き、その首元で、なにか見えない線が走ったような気がした。
そしてーー
ズッという音と共に、頭が滑り落ちた。
「わっ!びっくりした~!」
リュカさんは手刀を首の寸前で止めたまま、そう言った。
地面にごろりと転がる人魚の首。石とは思えないほどなめらかで、まるで生きていた人のように見えてーーゾッとした。
「……ひとりでに取れたわね」
ベルが腕を組んでじっと人魚の首を見つめる。
「正解、かもな」
サザが地面から人魚の首を拾い上げる。
両手でしっかりと抱えるようにして、それから少し顔をしかめた。
「けっこう重いな、これ」
それから私たちは、すぐに英雄像と子どもの像の前に向かった。
首なしの英雄像を見上げると、なんとなく緊張してきた。
「じゃ、置くぜ」
サザが、お盆を持った子供の前に立ち、そっと人魚の首を載せた。
するとーー
子供の像がぼんやりと光り始めた。
私たちの見ている前で、お盆の上の首がスーッと宙に浮かび、まるで糸で導かれるようにして、隣の英雄像へと吸い寄せられる。
そして、ぴたりと首が接合された。
「わっ……」
私が思わずそう言うと、隣でリュカさんが、ふっと笑った。
「合ってたみたいだね」
「やった!これで試練突破ね!」
ベルもそう言って笑顔を見せた。
私も、ホッと胸をなでおろした。
……これでやっと、扉がーー
そのときだった。
くすくすと、誰かが笑った。
私はぎょっとして、声の方へ目を向けた。
子供の像だった。
さっきまで、ただの石像だった子供が、わずかに俯いて、肩を揺らしてくすくすと笑っていた。
それは無邪気というより、どこか異様でーー
「距離をとれ、ノア!」
サザがとっさに声を上げ、私はハッとして一歩後ろへ下がった。
その瞬間――
子供の像が、顔を上げた。
にんまりと、異様なほどに大きな笑みを浮かべて。
そして、
「キャハハハハハハ!!」
甲高い笑い声が、庭中に響き渡った。
私は一気に血の気が引くのを感じた。
その狂ったような笑い声の中で、隣の英雄像、いや、人魚の顔をした英雄がゆっくりと目を開いた。
石でできたその目が私を捉え、そして腰に差した剣を抜き放った。
ためらいなく剣を振り上げる。
「――ッ!」
ガンッと鋭い音と共に、英雄の剣が地面に突き刺さる。
私はとっさに飛び退き、間一髪で回避した。砕けた石の破片が、足元をかすめた。
「くそっ……!」
サザがいったん体勢を低くして、それから英雄像に飛び掛かっていく。
私もその後ろから魔術の構えをとろうとしたが、背後にただならぬ気配を感じて、横に飛び退いた。
私のいた場所を、石の翼を広げた天使像が、すさまじい速さで通り抜けていった。
「なっ……!!」
空を飛ぶ石像なんて、反則じゃない!?
「みんな、他の石像も襲ってきてる!気を付けて!」
叫ぶと、すぐにリュカさんの声が返ってきた。
「了解、ノアちゃん!」
私は、宙で旋回して再度向かってこようとする天使像に向けて、素早く手をかざす。
「――拘束術っ!」
私の拘束術が、天使の翼に絡みつく。
バランスを崩した天使が、そのままこっちに落ちてきそうになったが、
「よっと!」
リュカさんの飛び蹴りが横から天使に直撃。
石像は豪快に粉砕され、バラバラの破片が地面に散らばった。
「ナイス!」
私は思わず声を上げる。
反対側ではベルが、影からハンマーを取り出して、人間の姿の石像と戦っていた。
「よくも……いきなり襲ってきたわね!」
鋭く振り下ろされたハンマーが石像の胴を砕き、もう一撃で完全に粉砕する。
私も拘束術を駆使して、敵の動きを止め、それをリュカさんが殴る、蹴る、砕くのコンボで倒していく。
けれど、戦いはまだ終わらない。
「きゃっ!?」
生垣の向こうから突然現れた水瓶を持った女の像が、持ってる水瓶をぶん回して攻撃してくる。
ぶんっ、ぶんっと間近で水瓶を振られ、拘束術をかける隙がない。
後ろに下がりながら、何とか構えをとって拘束術をかけようとするがーー
「……ひゃっ!?」
何か硬いものにつまづいて倒れこんでしまった。
慌てて振り返り、拘束術をかけようとしたら、見たときには、女が両手に握りしめた石の水瓶を振りかぶっていた。
「――こ、拘束術っ!!」
グオッと水瓶が迫る。間一髪で拘束術が成功し、ビタッと水瓶の女の動きが止まる。
穏やかだった水瓶の女の顔は、今や歯を食いしばった憤怒の表情に変わっていて、拘束術を振り切ろうと、ぶるぶると震えていた。
「ノア!大丈夫!?」
ガシャンッと、横から現れたベルがハンマーで水瓶の女を叩き壊した。
「ベルっ……ありがとう!」
私は立ち上がり、ベルと背中合わせになってあたりを警戒した。
まだ、サザは英雄像と戦っている。
リュカさんは、悪魔像だ。
あとはーー
と、庭の生垣の向こうを駆けていく白い影が見えた。
「……あれは……」
走っているのは、あの子供の石像だった。
戦いが起きている中で、一人だけ身をかがめて、生垣の影に隠れながら走っている。
なぜ?なんで逃げてるの?
そしてハッして、私はベルに言った。
「ベル!子供の像だけが走って逃げてる!あっち!あの子が……もしかしたら、この石像たちの本体みたいなやつかも!」
「なんですって!?」
ベルがすぐに反応し、駆け出す。
私も一緒に駆けだそうとしたが、ぐっといきなり足をつかまれて、豪快に生垣に顔から突っ込んだ。
「わぁっ!?何!?」
振り返ると、そこには私の両足首をつかむ、首のない人魚の像が這いずっていた。
「ひゃああああ!??」
思わず叫んだ。
人魚の像はズルリ、ズルリ、と這いずり、首のない体で私の方へ近づいてくる。
服を握りしめながら私の上に這い上がり、首を絞めようと手を伸ばしてくる。
「いやあああ!!」
私は思わず、人魚の手を自分の両手でガシッと握った。
人魚も力を入れて、グググッと押し返してくる。
や、やばい!
咄嗟に握ったせいで、拘束術が使えない!
ならば、腐蝕……いや、体力を吸うやつ!
と思って魔力を発動するが、相手が石のせいか、いまいち効かない!
「あああっ……どうしよう!!」
そうして私が人魚と取っ組み合っている頃ーー
ベルは、子供の石像を庭園の隅に追い詰めていた。
「待ちなさいっ!」
ベルの視線の先、白い子供の石像が足をもつれさせて転び、バタンと倒れた。
「……キャアッ」
甲高い声が上がる。
ベルがそれに追いついて、子供の石像の目の前に立つと、途端に子供の石像は怯えたように肩を震わせ、小さな手を顔の近くに寄せて、泣くようにしゃくりあげる仕草をした。
その姿は、まるで助けを求める無力な子供そのものだった。
けれどーー
ベルはそれを、ふんっと笑って見下ろした。
「ウソ泣きするなら、もっと上手にしなさいよね。そんなヘタクソな演技で、私を騙せると思ってるの?」
子供の石像の動きが、ぴたりと止まる。
ベルはハンマーを振り上げて言った。
「子供の演技が下手すぎるのよッ!」
子供の像は、バッと顔を上げた。
その顔は、牙の生えた歯を食いしばり、憎悪に歪んだ顔をしていた。
「グルアァアアアッ!!」
獣のような声を上げ、猛獣のようにベルに飛び掛かろうとするがーー
一瞬ベルが早かった。
ハンマーが振り下ろされ、子供の身体を打ち砕く。
ガシャアアアンッ!!!
「ギャアアアアッ!!」
その瞬間は、石ではなく、金属がぶつかり合うような激しい音がした。
子供の石像は断末魔のような叫び声をあげながら、砕けた。
砕けた石の身体は、白い石の破片ではなく、黒い灰の塊のようなものに変わって、地面に落ちると、たちまちボロボロと崩れていった。
それを見届けて、ベルは「……ふぅ」と息を吐いた。
そして、勝利を確信するように、ふんっと鼻先で笑った。
―――
「ンググググ………はっ!」
人魚の像と力比べをしていた私は、ふいに、人魚がただの石に戻ったことを感じた。
重たい石の塊をえいっとどけて起き上がった。
周りを見回すと、サザは、砕けた英雄像の破片を見下ろしていた。
リュカさんはーー
「大丈夫?」
「ヒッ…!」
すぐそばにいた。
びっくりした。
それから、私はサザとも合流し、ベルを探した。
庭園の隅で、じっと地面を見つめるベルを見つけて呼びかけると、
「遅かったわね。何してたの?」
と腕を組んで頬を膨らませる。
人魚に足首をつかまれてて、と話すと、「なにしてるのよ!?」と怒られてしまった。
うう……。
「子供の像が、本体だったみたい。砕いたら灰みたいになって消えたわ」
ベルがそう説明して、地面を指した。
今はもう、黒い燃えかすのようなものがそこには残っているだけだった。
もう一度、中央の噴水のところまでみんなで戻ってきたところで、ギイィ…と軋むような音がした。
見ると、城内へ続く扉がひとりでに開いていた。
「今度は、本当に進めるみたいね」
そう言ったベルの声には、すこしだけ緊張が混じっていた。
私たちは、改めて扉の前に立った。
見上げるほど大きな扉の奥には、長い回廊が続いていた。
両脇に白い石柱が立ち並び、天井からは古びたシャンデリアがいくつも灯りを揺らしている。
私は小さく息を吸い込む。
そして、仲間たちを顔を見合わせて、頷いた。
ファウストの城の中へーー私たちは今度こそ足を踏み入れたのだった。




