ランプの灯る夜
「この部屋を使って」
ベルに案内されたのは、二階の部屋だった。
きちんと整えられたベッドが二つに、テーブルと椅子。窓には生成りのカーテンが掛かっていた。一階同様、壁も床も木造りで、ところどころ年季の入った傷やシミがあるけれど、それがかえって温もりを感じさせる。
ベルはテーブルにランプを置いてから、私たちを振り返った。
「トイレは一階。水が飲みたくなったら、外の井戸を使って」
そう言い残すと、さっさと部屋を出て行った。
部屋のドアを閉めながら、私は小さくため息をついた。
「とんでもないところに来ちゃいましたね……」
村を出るためには、ファウストの城の試練を突破しなくてはならない。
何かあるだろうと思ってはいたけど、だいぶ予想外だ。
「ほんとだね~」とリュカさんが間延びした声で答えながら、片方のベッドにバフッとダイブした。
「こっちのベッドもーらいっ!」
「お前な……」
その様子にサザが呆れた顔をする。
「ベッド二個しかないんだから仕方ないでしょ?ノアちゃんが床ってのは、ありえないし」
「で、なんで俺が床なんだよ」
サザが文句を言うと、リュカさんはサザに枕と毛布を投げて寄こしながら、
「僕、床で寝るとハリネズミに追いかけられる夢見るんだよね~」
とへらへら笑いながら言った。
「ぜってぇ嘘だろ、それ」
サザはぼやきながらも、もらった枕と毛布をもって床に腰を下ろす。
なんだかんだ言いながら、リュカさんに合わせるところが、サザらしいなと思った。
「ベッドありがとう」と二人にお礼を言って、私もベッドに腰掛けた。
「……で、どうする?」
と、サザが落ち着いた声で口火を切る。
リュカさんはごろりとベッドで仰向けになったまま、天井を見ながら言う。
「ま、挑戦するしかないよね~」
さらりとした言い方。でもその中に、覚悟みたいなものがにじんでいる気がした。
私も、挑戦することには反対じゃない。
「私も永住するつもりはないけど……でも、あのお城の試練ってどんなものなんだろうね」
私の言葉に、サザは少し考えて、答える。
「行くにしても、多少は情報を集めてから行くべきだな」
「でも、試練のこと知ってる人なんているかな?村長さんは帰ってきた人はいないって言っていたし」
私が不安のままにそう言うと、リュカさんが続ける。
「でも、村長は多少知ってそうだよね。それに百五十年もここに住んでるって言ってたし。また明日詳しく聞いてみようよ」
「それがよさそうだな」
サザが頷く。
「あとは、準備できることはしておきたいよな。武器とか」
「武器……あるかな~」
リュカさんが言いながら、ベッドにごろりと寝ころぶ。
「見た感じ、自給自足の村って感じだったし、あっても農具くらいじゃない?」
「うーん……」
私は考え込んだ。
農具か……。
クワと、シャベルと、あとなんかフォークみたいなやつ。
斧なら、ちょっとだけ使ったことあるなぁ、と思った。
そんなとき、コンコンとドアをノックする音がした。
「はーい?」
立ち上がってドアを開けると、ベルが立っていた。
腕にパンの入ったかごと、手にはお盆と、水の入ったコップを持っている。
「これ。少ないけど、どうぞ」
「わぁっ、ありがとう!」
と思わず声が弾んでしまった。リュカさんとサザも礼を言う。
私はパンのかごを受け取り、ベルは水をテーブルの上に置いた。
そして腕を組みながら、私たちを見て、ちょっとすました顔で言った。
「明日の昼には、住む家を見に行くつもりだけど……なにか希望ある?」
「えーと……」
私は目を泳がせる。
「いや、実は僕たち……」
リュカさんがちらりと、私とサザを見てから、にこっと笑って続けた。
「試練に挑戦するつもりなんだよね」
「……え?」
ベルの眉がピクリと動く。
「本気で言ってるの?」
「だってさ~、ここに永住するなんて考えられないし?」
リュカさんはいつもと同じ軽い調子で返したけど、そこに込められた本気は伝わってきた。
ベルはそれに、少し怒ったように言う。
「危険なのよ?戻ってきた人もいないって、おじいちゃんも言ってたでしょ?」
「けど俺たちは、もともとファウストに会うつもりでここに来た」
と、サザが真剣な目で言った。
「それしか会う方法がないなら……俺は行く」
私も頷いた。
「これでもふたりはすごく強いし、私も最近はそこそこに……」
「甘く見ちゃだめよ!」
ベルの声が、鋭く跳ねた。思わず三人でビクッとする。
「私のお父さんだって、強い吸血鬼だった。でも、城からは戻って来なかった……」
ベルはそう言って、痛みをこらえるような顔をした。
「……ベルのお父さんは、城に挑戦したの?」
私の言葉に、ベルは「そうよ」と答え、私を見た。
「母さんはもともと体が弱くて、病気がちだったの。薬をもらうためには、外に行くしかなかった。だから父さんは、そのために……試練に挑戦した。でも、戻って来なかった。試練に失敗したのよ」
その声には、静かだけど深い悔しさが滲んでいるようだった。
「無謀な挑戦で命を失うくらいなら……そんなの、しない方がいい」
言い終えたベルの横顔には、怒りと悲しみ、そして寂しさが垣間見えた。
だけど、サザはそれでも目をそらさなかった。
「……それでも、俺は行かなきゃいけない」
サザの声は静かで、けれど確かな熱を帯びていた。誰にも譲れないものを、ぐっと胸の奥に握りしめている、そんな声だった。
「なんで俺を吸血鬼にしたのか、奴の口から聞かないといけないから」
そう告げるサザに、ベルがびしゃりと言い返す。
「そんなの聞いて、何か変わるの?気まぐれに決まってるじゃない。吸血鬼って、そういうものよ。それが命を懸けるほどのことなの?」
強い言葉。けれど、その奥にあるものは、怒りよりも、戸惑いのような気がした。
でも、サザは揺るがなかった。
「当たり前だろ。じゃないと俺は、いつまでたっても、自分がなんなのか分かんねぇままなんだよ」
目を伏せたサザの声は、ちょっとだけ震えていた。
「……ケリをつけるためにも、絶対あいつに、会わなきゃいけねぇんだ」
その姿は、何かに抗うようで、でも必死に何かを取り戻そうとしているようにも見えた。
しばらくの沈黙のあと、ベルが小さく息をつく。
「私は忠告したから。……死んでから後悔しても、知らないわよ」
そう言うと、彼女はくるりと背を向けて、怒ったように早足で部屋を出て行った。
ドアがぱたんと閉まり、静けさが戻る。
「なんだよ、あいつ……」
サザがドアを見つめたまま、むっとした顔でぼそっと言った。
でも私は、なんとなく言わずにはいられなかった。
「ベルは、口ではああ言ってるけど、心配してくれたんだよ」
サザがこちらを見る。
「じゃないと、今日会ったばかりの人に、あんなに一生懸命に言わないよ」
サザは何も言わなかったけど、その目の色が少しだけ柔らかくなった気がした。
リュカさんが、ベッドにもたれながらぽつりと言った。
「この部屋、もしかして……ベルのお父さんとお母さんの部屋だったのかな」
改めて部屋を見た。
ずっと使われてなかった部屋なのに、どこもかしこも綺麗で、まるで今もここに誰かが暮らしているかのように整えられていた。
大切な人の気配をそこに残したまま、部屋は時間を止めていた。
この部屋には、悲しみとそれでも誰かを思い続ける優しさが残っている。
それが温かくて、少し寂しかった。




