ゾンビの朝は青白く
目が覚めた。
それは、夢の終わりではなく、現実の続きだった。
青白く光るキノコが、洞窟のような天井を淡く照らしている。
湿った苔のような匂い。冷気を含んだ空気。
どこか遠くで聞こえる、うめき声のようなもの。
ここはーー魔王城。死者と魔族が暮らす、古の城。
そして私は、やっぱりゾンビだった。
「……夢じゃなかったんだ…」
胸に手をあててみるが、体は冷たくて心臓は動いていない。
でも、胸の奥からじわじわと込み上げてくる感情だけは、今も確かに生きていた。
ぐっと唇を嚙みしめて、目を強く瞑った。
泣けないかもしれない。でも涙が出そうだった。
行き場のない不安、孤独、諦め……言葉にできない感情に胸が詰まる。
「………う……」
「うおおおおおおん!!!」
突如、私の声をかき消すように、隣の部屋からものすごい嗚咽の声が響いてきた。
あまりの音量に、無いはずの心臓の鼓動がびくりとはねた気がした。
私はたまらず跳ね起きて、四つん這いで隣の部屋…穴?をおそるおそる覗き込んだ。
そこには、膝を抱えて大号泣しているゾンビがいた。
金髪の青年。服装からして、元は冒険者だったのだろう。
顔はところどころ皮膚がはがれてボロボロ、目は血走って真っ赤。膝を抱える腕がすこし腐っているのか、赤黒いどろどろになっている。
ウゥ…ゾンビだぁ。
「うぅ……俺は、俺はこんなはずじゃなかったんだよぉ……っ」
泣いてるぅ…。
そのとき、目が合ってしまった。
青年は涙ともなんともわからない液体を吹き飛ばしながら、しがみついてきた。
「ひゃぁああ!」
情けない声をあげて、私は後ずさった。
「助けてくれっ……!俺は…俺はただ、すこしだけ鍛錬したかっただけなんだ……なのに、気づいたら地下迷宮で……っ!!」
「ま、待って落ち着いて!あの、あのね……その気持ち、すごくわかる!」
「うぅ…うううっ……!!」
―――
なんとか青年が落ち着くのを待って、詳しい話を聞いた。
青年の名は、レオット。
駆け出しの冒険者として、田舎から旅立ったばかりだったらしい。
魔族の気配を感じて、調子に乗って踏み込んだらーーそのまま命を落とし、気が付けばここにいたという。
「ゾンビなんて……俺、俺…、腐ってるんだぜ!?」
「うん……私も、腐ってるよ」
「なんでそんなにサラッと!?」
私だって、今も全部納得できたわけじゃない。
この人の気持ちはとてもよくわかる。
「でもね…最初の朝に泣くの、たぶんゾンビあるあるだと思うよ。私も、さっきまで泣きそうだったし」
「うそだ……」
「ほんと。昨日スライムの布団の上で“死んだんだな私”って噛みしめてたから」
「……ゾンビあるあるって、そんな軽く言うなよ……」
「でもね、死んじゃったけど、生きていくのって、すごく勇気がいることだからさ」
私はちょっとだけ笑ってみせた。
「よかったらさ、一緒に朝ごはんいかない?生ける死者の、第一歩ってことで」
「……食欲、あんまりないんだけどな」
「大丈夫。“スープはたぶん味ない”ってリュカさんも言ってたし」
「味ないの!?」
―――
食堂に向かう道すがら、レオットは何度も「でも……」と呟き、そのたびに私は「でもね」と返した。
「でもね、歩けてるよ」
「でもね、ゾンビ同士だからわかることあるよ」
「でもね、スライム布団、意外と快適だったよね?」
「それは……ちょっと同意する」
少しだけ笑ってくれたその顔は、ボロボロだったけど前を向き始めていた。
そして私は思ったのだ。たとえ死んでしまっても、こうしてまた誰か笑いあえるなら、それはきっと、新しい朝なんだと。
レオットと一緒に飲んだスープは、なんだか切なくて、でも温かくて、やっぱり味はなかった。