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転生したらゾンビでした  作者: 矢倉
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ゾンビ、卵探しで遭遇する

魔境の森の朝は、まだ少し肌寒くて、鼻をくすぐるような湿った土の匂いがする。

私はモフエッグルという魔物を探して、森の奥へと足を踏み入れていた。

このところ、食堂では卵が足りないということで、農場で何か卵を産む魔物を飼えないかと相談されたのだ。

そこで候補に挙がったのが、モフエッグルだった。

モフエッグルは、モフモフした白い羽毛を持つ小型の鳥型モンスターだ。

臆病な性格をしていて、人やモンスターの気配がすると、すぐに逃げてしまう。

けれど、モフエッグルが産む卵はとても美味しく、人気の食材なのだそうだ。


「いたらいいなあ、モフエッグル……」


そう呟きながら、私は森を見回した。

ゴルム隊長に教えてもらったモフエッグルの住処は、ちょうどこのあたりだった。

ふと、茂みの向こうに動く影が見えた。

あ……もしかしてモフエッグル?

そう思って近づいた瞬間だった。


――ギンッ!


目にもとまらぬ速さで、銀色の刃が空を裂いた。


「――ッ!?」


咄嗟に飛び退いて様子を伺うと、茂みの奥から男が姿を現した。

鋼の鎧に、手に持った剣、背中には盾。どう見ても冒険者だ。


「……ゾンビ!?こんな朝に出るなんて……!」


そういうと、彼は剣を構えなおした。


「待って、私はーー」


敵じゃない、そう言いたかった。

けれどその言葉が終わる前に、彼は剣を振りあげた。


「――…!!」


ドッと地面に剣の切っ先が土に刺さる。なんとかギリギリで避けた。


「話をっ……」


しかし、彼の目はまっすぐだった。

そこに一転の曇りもない。ただ、目の前の魔物を退けるという強い意思があった。


「化け物め……人間の真似を、するなっ!」


彼の目は私を見ていなかった。

彼が見ているのは、目の前にいるただの“魔物”だった。

突き出した剣の切っ先を、ギリギリでかわす。

防戦一方じゃだめだ。すぐに応戦しないといけない。

手を構えて、魔法を放とうとした。

けれどーーためらいが、動きを鈍らせた。

冒険者の振り上げた剣がまっすぐに私に向かって振り下ろされるーーそう思ったときだった。


「――ノアっ!」


ギィンッと剣を弾いて現れたのはーーゾンビ仲間のレオットだった。


「下がってろ!」


突然現れたレオットに、冒険者が困惑する。


「なにっ、お前、人間か……?いや、ゾンビだな!?くそっ…!」


冒険者とレオットは、激しく剣を打ち合った。

そして、激しい攻防の末、ギィンと音を立てて、冒険者の剣が折れた。

「くっ……」と悔しそうに歯噛みし、後ずさる冒険者に、レオットが冷たい目を向ける。


「……去れ。もう二度とこの場所に、足を踏み入れるな」


言葉には力がこもっていた。

冒険者は悔しそうな顔をしながらも、分が悪いと踏んだのか、立ち去った。

しばしの沈黙の後、レオットは剣を腰の鞘に戻した。


「……ふぅ。危なかったな。」

「うん……ありがとう、レオット」


このあたりは、最近冒険者の立ち入りが多いから、念のため巡回していたのだというレオットに返事をしながら、私は内心、とてつもないショックを受けていた。


――私は彼らにとって、もう人間じゃないんだ。


冒険者にとっては、私はただの“喋るモンスター”だった。

問いかけようとしても、話を聞こうともしてくれない。

出会ってすぐに、剣が飛んできた。

それが答えだった。


「大丈夫か?ノア」


レオットが心配そうに、私の顔を覗き込む。


「あ、えと……」


私は上手く言葉を紡ぐことができなかった。


「………」


そんな私に、レオットはハッと驚いたような顔で言った。


「ノアは、人間の冒険者と戦うのは初めてだったのか?」

「……うん」

「そうか……」


レオットは少しだけ黙り込み、それから「わかるよ」と呟いた。

私が視線を向けると、レオットは少し困ったように笑った。


「同じ人間に、モンスターだって思われるのは、つらいよな。戦うのも……」


冒険者が去った方向に目を向けながら、言葉を続ける。


「俺だって、未だに……冒険者を追い払うので精いっぱいだ。ちゃんとしなきゃいけないのに、剣が止まっちまうんだ」

「レオット……」

「可笑しいよな。オークも魔物も散々狩ってきて、ゾンビにだって、慣れたつもりなのにさ……」

「うん……」


レオットの言いたいことはすごくよくわかった。

人に剣を振るって、敵になってしまうこと。

人を殺して、自分が変わってしまうこと。

それがとてつもなく、怖かった。

冒険者を目の前にして、それを実感するなんて、ゾンビになったことの本当の意味を、まだちゃんと分かっていなかったのかもしれないと、心がズシンと重くなっていた。


「俺もさ……魔王軍の一員なんだから、ちゃんと覚悟を決めなきゃいけないとは思ってるんだけど……」


一旦言葉を切って、少しだけ笑う。


「ここで出会った仲間たちはみんな良いやつだし、嫌いじゃない。けど……人間と戦うって決めるには、まだ勇気が出ないんだ。……俺は、ずるいよな」


「ずるくなんかないよ……」


私がそう言うと、レオットは少し照れたように笑った。

でも、その笑顔の奥には、やっぱり消えない影があった。


私は、ふと思い出した。

あのとき救いだしたエルティアナのことを。

魔族の私にも手を差し伸べてくれた、やさしい聖女。

彼女の微笑みと、手のぬくもり。

でも、あんなふうに分かり合える人なんてほんの一握りなんだと、思い知らされた。

つらかった。

甘い考えだと言われたようだった。

けれどエルティアナと分かり合えたときの気持ちを、どうしても忘れたくもなかった。


「私は……魔族のみんなと人が、いつか分かり合えたらいいって、思ってる……」


口に出すと、その言葉は前よりも重く感じた。

レオットは、そんな私を少しだけ驚いたような目で見た。

そして、小さく笑った。


「……そうだな。それが、一番いいな」


その顔は優しくて、けど少し哀しい目をしていた。



―――



その後、私はレオットに協力してもらいながらモフエッグルを捕まえ、地下農場に戻った。

迎えてくれたゴルム隊長は、とても喜んでくれたが、私とレオットの表情に異変を感じたのか、何かあったのか?と心配をかけてしまった。

冒険者がいたのだと話すと、「それは怖かったな。無事に帰ってきて良かった」と言ってくれた。

やっぱり魔王城は温かい。


けど、私の心に重く沈んだものは、どうしても消えてはくれなかった。


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