信じるもの
月明りが照らす、静寂の森の中。
私たちは、儀式の丘のそばの茂みに隠れて狂信者が来るのを待っていた。
昨晩の戦いの痕跡は、わずかに残っていた。
石板の前の雪が溶けて無くなり、焦げたような痕だけがそこにある。
やがて満月が頂にかかり、その白銀の光が儀式の場を照らした。
神聖な雰囲気にあたりが包まれたときだった。
「……ノア、あれだ」
ユエルが声をひそめて言った。
丘の端から、エルティアナを連れてやってくる狂信者の姿が見えた。
前に見たときと同じ、白いローブにオーガの仮面をつけている。
狂信者は五人。
今度は逃げられないように用心しているのか、厳重にエルティアナの周りを取り囲んでいる。エルティアナの手首に巻いた麻縄を、無理やり引きずるようにして歩かせている。
ふいに、エルティアナと狂信者の言い争う声が聞こえてきた。
「……嘘よ!ノアが死んだなんて信じない!」
エルティアナの必死に叫ぶ声が響く。
「うるさい!あの小娘は、我らの神聖な儀式の場で歯向かい、結果、オーガ様に谷底へと突き落とされたのだ!」
狂信者の声は冷徹にそう言い、「さっさと歩け!」とエルティアナを引っ張る。
エルティアナはつまずいて雪に倒れこむが、それを問答無用で引きずり、「手間をとらせるな!」と怒号を飛ばす。
その姿に、怒りがメラメラと湧き上がってくるのを感じた。
「許せない……!」
「行こう」
ユエルの声に頷き、私たちは狂信者たちの前に飛び出した。
「貴様ら……!?」
狂信者は突然の襲撃者に警戒の色をしめす。
そして、そのうちの一人が私に目を止め、
「お前!?死んだはずじゃ……!?」
と驚愕する。
「ノア!!」
その狂信者の隣で、エルティアナが声を上げる。
狂信者に縄で捕らえられながらも、身を乗り出して私の姿を見つめる。
「よかった…ノア……!生きてたのね……!!」
そういって涙をにじませる。
私もそれに答えた。
「エルティアナ!今、助けるからね!」
と、そこで、狂信者の間にどよめきが起こった。
森の中から一足遅れて、オーガが姿を現したのだ。
狂信者はその姿に、一瞬怯えたように後ずさった。
オーガの姿を間近で見るのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。
「オーガ……!」
エルティアナの視線がオーガを捉え、その顔色が見る見るうちに青くなる。
それを見て、狂信者は「ふ、ふふ……」となぜか不気味に笑い出した。
そして、ひとりの狂信者が前に歩み出て、手を大きく広げて掲げながら、オーガに賛美するように語りかけ始めた。
「ああ、オーガ様……!我らの想いに応え、姿を現してくださったのですね……!!」
その言葉に、他の狂信者たちも「おお!」「なんと!」と歓喜の声を上げ、それから一斉に膝をついて、祈りの作法なのか、両手を掲げてオーガを見つめた。
「我らが神……エイスの使いよ……!!」
そして、狂信者の一人がエルティアナの縄を引き、怯えるエルティアナを乱暴にオーガの前に放り投げた。
エルティアナはバランスを崩して、オーガの前に倒れこんだ。
狂信者は、両手を掲げながらさらに、オーガに語り掛ける。
「おお、神の使いオーガ様……生贄たちは、我らからの捧げものです。どうかどうか、我らに加護を与え、異教徒を滅ぼす力をお貸しください。異教の聖女を供物として捧げます。どうか我らからの贈り物を、お受け取りください……」
そう言ってオーガへ掲げた両手を一層高くした。
オーガはゆっくりとエルティアナに視線を向けた。
倒れ込んだエルティアナが顔を上げ、オーガの赤く光る目を見て、体を震わせる。
体を縮こませ、助けを求めるようにこちらを見た。
「の、ノア……」
私は、エルティアナの目をまっすぐに見つめた。
大丈夫だよ、という気持ちを込めて、ゆっくり頷く。
エルティアナはそこで、何かを察したように、ハッとした表情をした。
そして一度、ぎゅっと目を瞑り、それから今度は落ち着いた目で私に頷き返した。
オーガはゆっくりと、大きな手をエルティアナに伸ばした。
熊のように鋭い爪は、一撃で人を引き裂いてしまいそうなほどだった。
その手がエルティアナの傍でピタリと止まり、しばらくそのまま待っていた。
エルティアナはそれをじっと見て、それから、意を決したように、その手に自分の手を添えて立ち上がった。
私は、ホッと息をつく。
一方、動揺したのは、狂信者たちの方だ。
「オーガ様!?いったい何を……!?」
オーガは狂信者の方を向いて、言った。
「おらたちは……こ、こんなこと望んでいない」
かすかに声が震えているのは、怒りと言うより、たぶん狂信者の異様なテンションに、素朴で優しいオーガは恐怖を感じているのだろうと思った。
しかし、狂信者はオーガが怒っていると勘違いしたようで、言い訳のように言葉を続けた。
「なぜです……オーガ様!我らは、あなたを軽んじるものに、裁きを下しているのです……!!貴方の権威と、山の神エイスの信仰を取り戻すために……!!」
熱弁する狂信者にオーガが、震える声で続ける。
「それで、殺したっていうだか……?」
「お、オーガ様……?」
「なんでそんなにむごいことができるだ?同じ、種族じゃねえのか……?」
怯えを含んだ拒絶の意思。それがやっと狂信者にも伝わったようだった。
狂信者の間に動揺が走り始める。
「な、なにを……なにを言い出すのです。オーガ様……」
「我らは、我らの信仰のために……」
オーガは、恐れるように身を竦ませた。
「そんなの、知らないど。こわいど……」
オーガのその様子に、狂信者たちは唖然とし、それから困惑し始めた。
そして次第にその混乱は大きくなり「おかしい、そんなはずは、我らの神は……」と呟き始めた。
そして、「ちがう、ちがう!」と言いながらさらに震え、急に叫び出した。
「そうだ……偽物だ!!こんなもの私たちのオーガ様ではない!!」
「魔法で幻覚を見せられているんだ!!」
「我らの神を汚すな!」
「偽物を、殺せ!!!」
その言葉を合図に、狂信者たちは儀式用のナイフを握りしめて、一斉にオーガとエルティアナに襲い掛かった。




