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転生したらゾンビでした  作者: 矢倉
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ゾンビと石板の丘

夜の雪道を、私は無言で歩かされていた。

私を儀式の丘まで連れていくのは、三人の狂信者だ。

前を行く狂信者がランプで道を照らし、その後ろに私の手首につながった縄を引く狂信者。

そして、背後からついてきているのが、大きな斧を持った処刑人のような狂信者だ。

逃げる隙をうかがいながら歩いていたけどチャンスは訪れず、ついにそのまま、儀式の丘に着いてしまった。


そこは、小高い丘だった。

天気が良ければ、遠くにスロンダルの街を見渡せるほど、見晴らしの良い場所。

その空の頂には、もうすぐ満ちる月が浮かんでいた。

明るい月の真下に、真っ白い雪原には不似合いな黒い祭壇があった。

祭壇の隣には、畳一枚分ほどの石板がたっていた。

縄を持つ男に引かれ、その石板の前に連れられてきた。


その石板を近くで見た瞬間、ゾッと悪寒が走った。

石板の表面には、黒ずんだ何かがべったりと張り付いていた。

それが犠牲者の血だということは、容易に想像がついた。

石板を見上げると、上部の左右の角に手枷のような鎖が付いていた。

そこも赤黒く汚れている。

この石板に多くの人が囚われ、殺されてきたのだという事実を、それは表していた。

自然と体が震えはじめた。


「縄を解く。石板に背中をつけて、両手を上げろ」


手枷を付けるつもりだ。

でも、もしこの手枷をつけられてしまったら、もう逃げることはできない。


なんとか、しなきゃ……!!


何か無いかと必死に視線をあたりに彷徨わせるが、何も見当たらない。

斧を持った狂信者と、ランプを持った狂信者が恐ろしい仮面の奥からじっと私を見つめていた。

焦りが増していく。


急がないと……!


狂信者が縄を解いて「腕をあげろ」と言ってくる。

すぐそばの儀式台には布が掛かっており、恐ろしいオーガの顔が、三角の紋章と共に描かれていた。


嫌……!!


恐怖に涙が出そうになる。

心が、冷たい針で刺されるみたいだった。

恐れてはいけない、今は生き延びる道を探さなきゃいけないと思っていても、目の前に迫ってくる恐怖に負けそうになる。

でも、そんな私を見た狂信者はくくっと笑った。


「怯えて動けないか」


冷たく嘲るような声。

ランプを持った狂信者も私に近づいてきた。

苛立ったように舌打ちし、手にしていたランプを傍の儀式台に置いた。

両手で、私の腕を抑えようと手を伸ばしてきた、その瞬間。

私は、無意識に体を動かしていた。


今しかない……!!


儀式台のランプに手を伸ばし、ランプをガシッと掴んだ。

そしてーー


「――えいっ!!」


ありったけの力で目の前の狂信者の顔めがけて叩きつけた。

パリンッと甲高い音が響く。

ランプは砕け、中の油が弾け飛びーー私を押さえつけようとしたふたりの狂信者たちのローブにべったりと染み込んだ。


――次の瞬間。

ぼうっと赤い火柱が立った。


「ぎゃあああああっ!!!??」


男たちは仮面ごと燃え上がった。

その光景に、私は思わず後ずさった。


や、やった……!?


けど、油断はできない。

確か、もうひとりいたはずーー

処刑人みたいな、斧を持った狂信者が。

慌ててあたりを見回した。


いない……!?


どこに消えたーー?

そう思った、まさにその瞬間だった。

目の前で、赤い炎に燃え上がる狂信者の上半身がーー吹っ飛んだ。


「――っ!?」


見開いた目の先で、信じられない光景が広がる。

吹き飛ばされた男の向こうから、巨大な斧を振りかぶる狂信者が現れたのだ。


「ガアアアアァ!!」


狂ったような咆哮。

オーガの仮面の奥、そこに赤い炎を映し、まるで目が赤く光っているようだった。

私は本能的に走り出した。


逃げなきゃーー!!


だけど、震えてもつれた足が雪に取られた。

その刹那、


ズシャッ!


鈍い音と共に、背中の肩甲骨から脇腹にかけて鈍い痛みが走った。

パタタッと雪に血が飛び散る。


今の……斧、だ。


背中を切られた感覚。

普通の人間だったら、一撃で死んでいたかもしれない。

けれど、私はゾンビだった。

まだ、動ける。

まだ、諦めない!


歯を食いしばり、倒れそうになるのをぐっと堪えた。

必死に足を踏ん張り、私は前へ前へと走った。

振り返れば、狂信者が斧を引きずりながら追いかけてくる。


「待てえぇぇ……贄があぁ……殺すゥゥ!!!」


男の声からは狂気がにじみ出ていた。

必死に、男の目から逃げるように暗がりに走る。

だが、私は逃げる方向を間違えてしまった。


暗がりの先で道が途切れ、その先はーー深い谷。

崖のふちに追い詰められ、私は荒い息をしながら振り向いた。

向かい合うのは、血の滴る斧を握りしめた狂信者。

狂信者が叫び、斧を振り上げる。


「ガアアアッ」

「わっ……!!」


必死に横へ飛び退く。

空を切り、私がいた場所に斧が勢いよく突き刺さる。


また斧を振り上げた。

今度はーー避けきれない!

私はとっさに腕で体をかばった。


ザシュッーー!


右腕の肘までと、左手の半分が、一瞬で切り裂かれた。

痛みは……ない。ゾンビだから。

けれど、失った腕を見て、体に戦慄が走った。

赤黒いゾンビの血が、どろりと滴り落ちる。怖い、いやだ、なんで……!


死にたくない……!!


「なぜまだ、生きている……!」


目の前の狂信者が、未だに立っている私に、恐れを滲ませた声で言った。


「この化け物がァアア!!」


斧を振り上げ、今度こそトドメをさされるーー

そう、思ったときだった。


足元の雪が、不自然にずるりと滑った。


「――っ!!」


気付いたときにはもう遅く、地面がザザーッと音を立てて崩れ落ちた。

戦いの衝撃に耐えられず、雪が小規模の雪崩を起こしたのだ。

重力に引きずられるように、私は狂信者もろとも、真っ暗な谷底へ落ちていった。



―――



さらさらと、水の流れる音が耳に響いた。

私は、うっすらと目を開けた。


視界はぼやけていて、

でも、はっきりと分かった。


……川のそば……?


仰向けに倒れている。

真上には、満ちかけの月。

だいぶ高いところに、崖のふちが見えた。


……あそこから落ちたんだ。


ぼんやりとそんなことを思った。

首をわずかに動かして、あたりを見渡す。

するとーー

川の中に、うつぶせで倒れている影が見えた。

斧を持っていた、あの狂信者の男だ。


……あんな高さから落ちたら……


人間なら、生きているはずがない。

私は、ふと自分の身体に意識を向けた。


……動かない。


まるで、バラバラに壊れた人形みたいに。

でも、私はまだ生きていた。

ゾンビだから。


……ゾンビは、丈夫だなあ


そんなふうに思った。

でも。

痛みは感じなかったけどーー

何かが、静かに、抜け落ちていくのを感じた。

体から、心から、ゆっくりと……大切なものが。


……ああ。


だんだん、視界が暗くなっていく。

冷たく、静かで、抗えない闇が、私を包み込もうとしていた。

そのときだった。

暗い視界の中に、ふわりと白いものが舞った。


雪だった。


誰かの足に踏みあげられたように、

ふわり、ふわりと地面から雪煙が立ち上がった。


その向こうにーー白い影が見えた。

大きな、大きな、白い影。

それは、川沿いをゆっくり歩いて、近づいてきた。

そして。

赤く光る目が、私を見下ろした。


……オーガ


神の使い。

この大地と雪を司る、恐ろしくも尊い存在。


……迎えに来たの、かな


ぼんやりとそう思った。

そして私の意識はーー

さらさらと流れる水の中に、静かに溶けていった。


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