ゾンビ、囚われる
一方その頃――
私は、麻袋に詰められていた。
ゴツゴツした肩に担がれ、体がふわふわと上下に揺れる。
私、どこに連れて行かれてるの……!?
謎の人物たちは、そのまま走ったり歩いたりしながら、どこかへ私を運ぶ。
なんで私を誘拐なんて……。
そう考えたところで、街で起きた行方不明事件のことを思い出した。
そして、未婚の女性というターゲットに、自分も含まれると気が付いたのはこのときだった。
ということは、私はオーガの集落に連れていかれる!?
氷漬けの死体が頭をよぎり、ゾッと悪寒が全身を走った。
い、いや!助けて……!!
しかし麻袋の中から逃げだすことはできず、そのままどこかへ連れていかれてしまった。
―――
やがて、どさりと地面に落とされる衝撃が来た。
その直後、ガサガサと麻袋が引き裂かれ、私は雪混じりの冷たい空気にさらされた。
暗い。真っ暗だ。
ゾンビである私は暗視に近いものができるが、それでも周りの様子を把握するのには少しだけ時間がかかる。
おそらく森――そう考えていたとき、目の前でパッと小さなランプの火が灯った。
「――っ!」
思わず身を縮める。
ランプの光に浮かび上がるように目に飛び込んできたのはーー
緑色の皮膚に赤い目を持つ、猿のような顔のオーガ…では、なかった。
それを模した木彫りの仮面をつけた白いローブの男たちだ。
本物のオーガではない。
けれど、安心なんかできなかった。
仮面の一人が、巨大な斧を肩に担いで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
その姿は、まるで処刑人のようだった。
「おとなしくしろ」
抵抗する間もなく、私は腕と胴を麻縄でぎゅうっと縛りあげられた。
「っ……!」
痛みはない。
けれど、体を自由に動かせないというだけで、ものすごい恐怖が込み上げてくる。
「行け」と仮面の男に言われ、斧の男に小突かれながら歩かされ、小さな山小屋についた。
そして中へ入るよう促された。
中は、何もない物置のような場所だったが、仮面の男がランプで床を照らし、
取っ手のようなもの掴んで床板を引き上げた。そこには、地下へ続く石の階段があった。
「……行け。妙な動きはするなよ」
仮面の男が、手のひらで私の背を押す。
斧の男は、何も言わず、すぐ傍に立っていた。
まるで、何か余計なことをすれば、斧ですぐ切り捨てられるとでも言うように。
私は成すすべもなく、地下に続く石の階段を降りて行った。
地下は静かだった。
空気はひんやりとして、石の通路を歩く足音がわずかに反響していた。
壁には、ぽつぽつと青い松明が掛かっていて、その青い炎がゆらゆらと不気味に揺れている。
やがて通路の先に、小さな部屋のような空間が現れた。
八畳くらいだろうか。
壁は石で出来ていて、天井は低く、圧迫感がある。
そして、最も目を引くのは壁際の祭壇だ。
それは、ただの祭壇じゃない。
禍々しい、呪われた祭壇のように見えた。
祭壇の上には、半分溶けたロウソクが燭台にのっている。
祭壇の両脇の壁には、オーガの顔を模した恐ろしい仮面が飾られていた。
青い松明の光に照らされて、仮面たちはまるで生きているかのようにこちらを見下ろしている。
とんでもなく怖い。
そして、祭壇の後ろの壁には、赤くくすんだぼろ布が掛かっていた。
その布の中心には、見覚えのある、三角の模様が描かれていた。
……これ……。
この模様、見たことがある。
浮浪者の人が首から下げていた、首飾りに刻まれていたものと同じだ。
そのとき。
「聞け…娘よ」
仮面の男のうち一人が祭壇に立ち、手を宙に掲げた。周りにいた男たち数人も、私をとり囲むように周りに並んだ。
「山の神の使いオーガ様は、欲深き人間たちの罪を深く嘆いておられる……」
私はびくりと体をすくませた。
「その罪を贖うためにはーー穢れなき血を、捧げねばならぬ」
男たちの視線が、一斉に私に向けられる。
オーガの仮面ごしに向けられる視線は恐ろしく、圧迫感がすごい。
「お前は選ばれたのだ……神の供物として!」
うわぁ…!
絵にかいたような狂信者だ……!
私は戦慄した。
たぶん、オーガとか山の神を神聖視している人たちの過激派っぽい感じだとなんとなく感じた。
怖い…何この人たち、どうすればいいの?
私は混乱した頭で、必死に恐怖と戦いながら考えた。
でも、ユエルは言っていた。
恐怖に負けて相手を知ろうとしないのはだめだって……
だから、この人たちの、考えも……
「生き血を注ぎ、神に献上するのだ!」
「我らがエイス!永遠の神!その神威を取り戻すのだ!」
「神の御使いオーガ様に生贄を捧げよ!生贄を捧げよ!」
あっ、これは無理なやつ。
私は速攻で相互理解を諦めた。
男たちは、オーガと山の神への歪んだ信仰心を叫んだ後、私をそのまま、さらに奥の部屋に連れていった。そして、
――ドサッ。
冷たい音と共に、私は石造りの牢の中に放り込まれた。
硬い石に倒れこむ。
痛みは、ない。
ゾンビだから、鈍い感覚しかないけど、それでもひどい扱いを受けているのはわかった。
縛られた体のまま、なんとか上体を起こして周りを確認すると、牢は、石の壁に囲まれて、入り口側だけ鉄格子がある座敷牢のような場所だとわかった。
冷たくて、硬くて、狭くてーー
逃げ出せそうな場所なんて、どこにもない。
そして牢の前には、さっき私を連れてきた狂信者たちが無言で立っている。
「……今宵、月が頂に満ちたとき、丘の上の祭壇で儀式を執り行う。それまで大人しくしているんだな」
低い声でそう言うと、男たちはガシャリと牢の扉を閉め、大きな錠前に鍵をかけた。
そして、静かに通路の奥へ去っていった。
シン……と静寂が戻る。
……どうしよう……。
男たちが去った方を見つめながら、私は途方に暮れた。
このままじゃ……
今夜、丘の上の祭壇で、私は生贄にされるーー
死んでるけど。
いや、いやいやいや!
そんなの絶対にダメ!
ゾンビだけど、生きるって決めたんだから……!
私は、必死に牢の中を見回した。
何か、脱出できそうなものはないかと探してーー
そのときだった。
「……大丈夫…?」
ふいに、小さな声が聞こえた。
驚いてそちらを振り向くと、牢の隅にもうひとり、女の子がいた。
年齢は十六歳くらいだろうか。
だが、その姿に私はぎくりと体を強張らせた。
白いローブ。教会の人だ。
よりによってこんなときに……!
サーッと血の気が引いていくような気がした。
教会の人たちは、魔族を倒す。
もし私がゾンビだって気づかれたら、絶対にただじゃ済まない。
どうしよう、どうしよう!
頭の中がパニックになる。
そんな私に、少女が緊張をほぐすように、おそるおそる微笑みかける。
「大丈夫?怖いよね。私は味方よ、安心して」
そう言うと、少女は近づいてきて、私の口に巻かれた布と麻縄を解いてくれた。
えっ……バレてない!?
私は緊張しながらも、必死に平静を装った。
「だ、大丈夫……ちょっと、驚いただけ」
そう言うと、少女は優しく微笑んだ。
よ、よかった!
何か誤魔化せたみたい!
私は、体の麻縄を外して隅によけながら、少女に聞いた。
「あなたも、やつらに捕まって……?」
少女は小さく頷いた。
「そう。逃げようとしたけど、牢の鍵がどうしても開かなかったの。それで、結局……」
肩を落とす姿に、胸がぎゅっと痛くなった。
少女がぽつりと呟くように言った。
「きっと、私がいなくなったことは教会のみんなが知っていると思うの。だから、探してくれているとは思う」
そう言って、少女は自分の胸に手を当てて、祈るように目を閉じた。
「……だから、信じて待つしか…」
敬虔な信者を思わせるその仕草は、なにかとても神聖にみえた。
ゾンビとして生まれ変わったこの人生で、もし教会の人と関わることがあるとしたら、きっと戦いの場だとうっすら思っていた。だから、こんな形で関わることになったのは、なんだか不思議だった。
「あなたは、スロンダルの教会の人なの?」
私の言葉に、彼女は「ううん」と首を横に振って応えた。
「私は王都の教会に所属しているの」
それから少し困ったような顔をして言った。
「一応……聖女っていう立場なの。私は、エルティアナ。エルティアナ・ルル・ハロルといいます」
私は固まった。
え…………聖女?
一泊置いて、さっきの十倍くらいサーッと血の気が引いていくのを感じた。
よりによって、教会の聖女様!?
数奇な運命に翻弄され、私は何とか平静を保つのが精一杯だった。




