都市スロンダル
「見えてきたよ、あれだ」
魔王城を出て歩き続けること数日。
幾つかの丘と森を越え、高原を抜けた先に、それはあった。
山の間に抱かれるようにして立つ、城壁に囲まれた都市。
私たちの目的地――都市スロンダルだ。
「わぁ……」
私は思わず声を漏らした。
都市スロンダルとそれを囲む山々は、まるで一枚の絵のように美しく、雄大だった。
視界の左に高く連なって見えるのは、雪を冠したフロストエイス山脈。
連なる峰は、青天から降り注ぐ陽の光を受けて白銀に輝いている。
右奥には、薄灰の尖った岩がいくつも集合したような巨大な岩山。ユエルが、あれはバルトサング山というのだと教えてくれた。ずっしりと佇む姿は、壮麗なフロストエイス山とは対になっているようで、その対比がとても美しい。
その二つの山と、その麓に広がる針葉樹の森。それらに守られるようにして、都市スロンダルは建っているのだった。
遠目に見ても、今までに訪れたどんな村より大きい。
「スロンダルは、山の資源で栄えた街なんだよ」
と、ユエルが白い息をふわっと吐きながら説明してくれる。
そう、ここはとても寒い。標高が高いのだろう。
吹きつける風は冷たく、町へ向かう道にも、ところどころ雪が残っていた。
ゾンビであるがゆえ、寒さがこたえるということはないが、風が強いのは困る。飛ばされてしまいそうで、私は羽織ったマントを胸の前でぎゅっと握りしめた。
街に向かう道すがら、ユエルは都市スロンダルについて教えてくれた。
スロンダルは、山で採れる鉱石加工を主産業とした鉱山都市だ。
王都ほどではないが、けっこう大きな部類に入る都市だという。
街の形は丸くて、中は街を十字に区切るように四つの地区に分かれている。正門を入って、すぐ左に見えるのが産業地区。主産業である鍛冶業を中心に、工房が立ち並んでいる。通りを挟んで向かいにあるのが、商業地区。都市の住民のための食料や服なんかを売るお店がたくさんあるそうだ。二つの地区を左右に見ながら、まっすぐ進んでいくと、東西を走る大通りに突き当たる。大通りを抜けて、左に見えるのが居住地区。冒険者が泊まる宿なんかも、そのあたりにあるらしい。そして、その向かいが教会地区。
「あそこにはエレディア教の教会があって、スローンもいると思う。だから、あんまり近付かないほうがいいね」
そう結んで、ユエルは話を終えた。
スローン。教会の高位聖職者で、魔族の討伐も担う人たちだ。
万が一にも見つからないよう、気を付けなければならない。
気を引き締めながら街の正門をくぐったところで、私は目を見開いた。
「えっ……なにこれ……!」
目の前に広がったのは、色とりどりの花と布で彩られた街並み。
大通りの両側には屋台や露店がずらりと並んでいて、人がごった返している。
「うお、にぎやかだな……」
サザが目を丸くするのも無理はない。
屋台からは甘い匂いや、呼び込みの声が聞こえてきて、人々の笑い声がそこかしこから響いていた。
「いらっしゃい、冒険者さんかい?いいときに来たねぇ」
通りすがりの、住人らしいおじさんが声をかけてきた。
「今は、春の祝祭の真っ最中なんだよ。数年ぶりの開催でねぇ。最近は春でも雪がひどくて中止続きだったんだけど、今年はようやく天気に恵まれてね」
おじさんの横を、花かごを持った数人の女性が通り過ぎる。
色とりどりの花びらをふわっと通りに撒くと、風に吹かれた花びらが舞い上がり、街に彩りを加える。
「昼から酒が飲めるなんて、ほんとに贅沢なもんだ。ま、ゆっくり楽しんでいきな!」
そう言って豪快に笑うおじさんの顔も、なんだかほんのり赤らんでいて、もうだいぶお酒が入っているのかもしれない。
とはいえ、浮き立つ気持ちは私も同じだ。さっきまで持っていたはずの緊張感もすっかり忘れて、目の前の屋台に好奇心が止まらない。
串に刺された塊の肉をじゅうじゅうと炭火であぶっている屋台、水晶のような光る石をたくさん並べている露店、可愛い焼き菓子、工芸品らしい木造りの食器や、鉱石で作られたアクセサリー…どれもこれも初めて見るものばかりだ。
「へぇ、辺境の町かと思ってたけど、栄えてんだな……」
サザも、そっけなく言いながらも、屋台を目で追っている。
興味深々なのは私だけじゃないようだ。
「ふたりとも、遊びに来たんじゃないんだからね」
後ろから、ユエルの呆れたような声が掛かる。
私はハッとしてユエルに向き直った。
「ごめん…つい」
「も~、僕たちは任務に来たんだよ。お金だって今回は1万ルクスしか持ってきてないんだから」
ユエルがそう言って腰に手をあててかぶりを振る。
「まずは、宿をとって、この後のことを話し合わなきゃ。宿は西側のーー…」
と、ユエルが話しかけていた時だった。
「アルバドールの魔法道具だよ~!王都直送!今なら限定羽ペンもついてるよ~!」
そんな声が、通りの奥から響いた。
「……!」
はっとしたように、ユエルが目を見開く。
そして、スッと風のような速さでそっちに駆けていってしまった。
「あっ、ちょっとユエル!?」
慌てて追いかけた。
人ごみを抜けてやっと追いついた露店の店先で、ユエルは食い入るように店内を眺めていた。
「おお、そこの魔法使いさん、見る目があるね!これは魔力計測器。ランプのように持つだけで、その場の魔力が測れる優れもの!しかも今なら特製回復薬三本と、魔法術式専用インク付き羽ペンのセットで、なんと…1万ルクスぽっきり!」
「……買います!」
「待って、ユエル待ってーっ!」
店主にお金の入った小袋ごと差し出そうとするユエルのローブを引っ張って止める。
「ノア!だってこれアルバート印だよ!?限定の羽ペンも、今しかないんだよ!?」
ぐいっとユエルが腕を伸ばし、お金を店主に渡そうとする。
「いやいやいや、全財産だよ?!よく考えて!?」
それをさせまいと私もローブを掴む手を強める。
「考えてるよ!」
ぐいっ
「本当に!?ここで全財産使ったら宿には泊まれないんだよ?!」
ぐいっ
「宿はさ、ほら、そこら辺の牛小屋とかで……」
「家畜小屋はもうやめようよ!さすがに今回はちゃんとした宿に泊まりたいっ!!」
店先で攻防を繰り広げていると、店主が哀れに思ったのか、妥協案で“魔力回復薬3本セットと魔法術式専用インク付き羽ペン”(三千ルクス)のプランを紹介してくれた。
正直、宿が一泊三百ルクスの価格で、三千ルクス出すのはかなり痛いが、ユエルがテコでも動きそうになかったので、それで手を打つことにした。
ユエルは購入した羽ペンを手に取り、きらきらした目で見ていた。
どうやら、この羽ペンが一番欲しかったようだ。特製魔力回復薬は一本くれた。
ポケットにしまいつつ、私は疲労のため息をついた。
「よし、それじゃあ……ってあれ?サザは?」
ユエルに構っていたせいで、サザのことをすっかり忘れていた。
さっきの場所にユエルと一緒に戻ると、今度はサザが居ない。
「あ、サザ。あっちにいるみたい」
ユエルが指さす方向を見ると、屋台の前に立ち止まっている姿が見えた。
近寄って、サザに声をかける。
「サザ、ごめん!ちょっと向こうのお店見てて…」
「あー別に……」
「ん?サザ、なにか気になるものがあったの?」
目の前の屋台には、革の小物がずらりと並んでいた。
ベルト、ポーチ、グローブ、そして一番手前に、色とりどりの革ひもが置かれている。
三つ編みにしたり、ねじったり、結んで端を垂らしたものなど、様々なデザインのものがあるようだ。
「これって、ブレスレット?おしゃれだね」
私が言うと、屋台のおばさんが「これはお守りだよ」と答えてくれた。
「ここは冒険者向けの道具屋なんだ。これは旅の無事を祈るお守りさ。一本五十ルクスだよ。買ってくかい?」
「いや、俺は……」
「好きなのを選びなよ、サザ」
とユエル。
サザが、少し戸惑ったような視線をむけると、ユエルは「僕もさっきお買い物したし」と羽ペンを見せる。
すこし逡巡するように、革ひもとユエルに視線を往復させた後、
「じゃあ選ぶ」
と、サザは短く言った。
そっけなく言いつつも、革ひもを選ぶサザの横顔は心なしか嬉しそうに見えた。




