ゾンビ、白き山へ挑む
玉座の間につくと、魔王アラン様は変わらぬ威厳と気高さをもって、私を見下ろしていた。
「ノア、よく来てくれたな。早速、今日の任務を話をしよう」
私はぴんと背筋を伸ばしてアラン様の言葉を待った。
任務を命じられるときは、なんだかいつでも緊張してしまう。
「今回の任務は、オーガ族に関するものだ」
オーガ。
その存在はなんとなく知っている。鬼みたいな魔族で、人間とか食べる感じのイメージだ。
「オーガ族は、古くからこの地にすむ魔族の一族だ。強い力を持ち、知性も高いと聞く。そして彼らは集団で生活し、集落をつくるという」
「集落?じゃあオーク族みたいな感じなんですね」
「うむ。だが問題は、その集落の場所だ。長年、オーガ族の住処はフロストエイス山脈のどこかだと言われていた。だが、フロストエイス山脈は、この大陸を縦に二分するほど広大。ゆえに、今まで居場所を特定することはできなかった」
アラン様は、言葉を続ける。
「しかしつい先日、ある街でオーガ族が目撃されたとの情報を得た。場所は、北部の都市――スロンダル」
「スロンダル?でもあそこは――」
ユエルが口を開いた。
「大きな都市だよ、アラン。人もいっぱいいる」
「わかっている。だから、ユエル、ノア。お前たちに行ってほしいのだ。サザを連れ帰ったときの任務では、うまく人間のふりができたのだろう?」
アラン様はニヤリと笑って言った。
「その力を見込んでのことだ。行ってくれるな?」
ユエルは、少し不満そうな顔をしたが、やがて観念したように、「わかったよ」と肩をすくめた。私も慌てて「はいっ」と返事を返す。
アラン様は満足そうに頷いた。
「では早速――」
と、アラン様が、口を開きかけたときだった。
「まって、まって~」
気の抜けるような、のんきな声。
この口調は、間違いなく…
予想違わず、玉座の間にひょいっと入ってきたのはリュカさんだった。
そしてその後ろにはーー
「……サザ!」
思わず声をあげる。
そこにいたのは吸血鬼の少年、サザだった。だけど前に見たときとは違って、服がきれいになっている。ボロボロのシャツじゃなく、きれいな生成りのシャツ。それになんとなくだけど、雰囲気が前より柔らかくなったような気がする。
「どうした?リュカ」
アラン様が尋ねる。
それにリュカさんが笑って答えた。
「こいつも連れていってやってよ、ね?」
「……は!?」
明らかに、“今初めて聞いた”という顔でサザがリュカさんを睨む。
「だって君、最近暇でしょ?暇してるなら働いてきなよ~」
「別に、暇じゃねーし」
相変わらず反抗的な様子は変わってないが、なぜだろう、なんだか今はほほえましく思えた。
ムスッとした顔で反発するサザに、アラン様は少し顎に手を当てて考えるような仕草をしたあと……うん、と頷いた。
「ふむ、たしかにな」
「なにが“たしかに”なんだよ!」
「まあ、そう言うな」
軽く笑って、アラン様は言葉を続ける。
「魔族であることを隠して人間に接触する。これはお前にとっても良い経験になるだろう。行ってこい、サザ」
「勝手に決めやがって……。まぁ、別に、行ってやってもいいけど」
と不満を表しながらも、しぶしぶ承諾するサザ。
「いっしょに頑張ろうね、サザ!」
私が気合いを入れてそう言うと、サザは、ちらっと私を見て、
なんだか諦めたように肩をすくめて「……よろしく」と小さく呟いた。
―――
任務に出かける前に、私たちは前回同様、魔王城の裁縫室を訪れた。
またエメリオに、外出用のコーディネートをお願いするためだ。
裁縫室の扉を開けると、エメリオは私たちの姿を見るなり、
「まあまあまあ!またお出かけするのね?任せてちょうだい!」
と、美麗な姿に似合わぬ熱気で迎え入れてくれた。
サザも、始めはちょっと委縮していたが、エメリオにこれでもかというくらい褒めそやされてコーディネートを終える頃には、ちょっとむずがゆそうな……けれど、どこか嬉しさを我慢するような顔をしていた。
エメリオがサザにコーディネートしたのは、白い麻のシャツに、茶色いパンツ、しっかりとした革のブーツ。そして肩には、防具も兼ねた軽やかなフード付きのカーキ色のマント。マントが落ちないよう、革のベルトで首元を留められるようになっているのが、とってもおしゃれで素敵だ。冒険者の斥候という雰囲気も出ていて、とても良い。さすがエメリオ。
ユエルも頷いて称賛する。
「いいね、似合ってる。子供の冒険者も、このへんじゃ珍しくないし」
ピクッとサザの眉がはねる。
「……子供って言うな」
「え、でも見た目はーー」
「見た目は見た目だ!」
フンッとそっぽを向いてしまうサザ。
私は思わず、ふふっと笑ってしまった。なんだか前よりもずっと、サザと普通に会話できているような気がした。
―――
転移魔法陣から一歩外に出ると、夜明けの魔境の森はほんのりと朝の光に包まれていた。
木々の間を縫うようにして差し込む光は、まだ眠そうな森を優しく照らしていて、葉っぱの先がほんの少し金色に染まっている。
足元には朝霧を含んだ土の匂いが漂っていて、まだ少し冷たい空気が肌を撫でた。
私は、ふと気になって、隣に立つサザのほうをちらりを見た。
「ねぇ。サザは、太陽の光って平気なの?」
サザは私をちらりと見て、不可解そうに顔をしかめた。
「あん?」
「だって、吸血鬼って太陽の光を浴びると、燃えて塵になっちゃうって聞いたことあったから。あと、ニンニクが苦手で、十字架もダメって……」
するとサザはすごく微妙そうな顔をした。
「……あのさぁ、そういうの全部迷信だから」
「え、そうなの?」
「太陽の光浴びたくらいで燃えねーし、ニンニクも普通に食えるし、十字架も別に何ともない。ついでにいうと、血も飲めるけど、普通にメシも食える」
「そうなんだ……新常識」
「教会の魔法はさすがにキツいけどな。けどそれは別に俺に限った話じゃねーし」
サザはそういって夜明けの森に一歩踏み出した。
飛び出た木の枝を避けながら、少し前を歩くサザは、朝日を浴びても眩しそうにするだけで、全然平気そうだ。
ずっと信じていた吸血鬼の常識は、どうやらここでは少し違うようだ。
「魔族のイメージってわりと、一人歩きしてるところがあるから」
そう言ったのは、ユエルだった。
「そうなの?」
「うん。ノアだってゾンビだけど、いつも人に噛みつきたいって思ってるわけじゃないでしょ?」
「あ……!たしかに」
サザと同じで、魔力を吸収して体力を回復もできるけど、ご飯を食べても回復はできる。
私もゾンビだけど、自分がイメージするゾンビよりだいぶ違う気がする。
「みんなけっこう知らないからね、魔族のこと」
そう話すユエルに、私は心の中で頷く。
たしかに私も、魔王城に来るまでは魔族はもっと怖いイメージを持っていた。
でも実際はーー奇妙で温かくて、どこか人間味のある素敵な人たちだ。今は、それがわかる。
彼らだから、私も心をひらいて打ち解けることができたように思う。
「だけど、魔王城にいるみんななら、人間とも仲良くできそうだよね」
私がそう言った瞬間、サザがくるりと振り返って、鋭い目で私を睨んだ。
「無理に決まってんだろ」
「え……」
「人間みたいなやつでも、人間じゃない。それだけで、絶対に分かり合えねえんだよ」
強く言い切るサザに、私はむっとして言い返した。
「そんなこと、わかんないよ。話せばわかる人間だって、いるかもしれないよ?」
「じゃあお前は、明日から熊と一緒に暮らせって言われたら、暮らせるか?喰われるかもって思いながら、平気で過ごせんのか?」
「熊と、話せる魔族は全然違うよ!」
むきになって言い返してしまった。
サザは、極端だ。
「ノア、仕方ないんだよ」
そんな私をたしなめるように言ったのは、ユエルだ。
「魔族もいろんな魔族がいるし、人間も同じ。善い人もいれば、悪い人もいる。力のある魔族が、弱い人間を見下すことだってあるし、そういう魔族を恐れて拒絶する人間がいるのも当然なんだ」
ユエルにそう言われてしまっては、何も言い返せない。
私が考えたことは、魔族の世界を一部しか知らない、ふわふわした甘い考えだったのかもしれない。
サザも、ユエルも、私よりずっとこの世界を知っている。そう思う一方で、なんだかとても悲しかった。しょんぼりと、気持ちが沈む。
「でもさ」とユエルが言葉を続ける。
「もし、いつか本当にーー魔族と人間が普通に話せるようになったらさ、きっとそのとき世界は、ちょっと優しくなるよ」
ユエルの顔は、朝の光を受けて、優しく輝いていた。
「……うん。私もそうなったらいいって思う」
そんなやりとりに、サザは「はぁ」と呆れたようにため息をつく。
「お前ら…理想論ばっかりだな」
「わかってるよ。でも、理想って、目指さなきゃ、ずっと叶わないんだよ?」
「あ~もう……、知らねー」
めんどくさそうにそう言って、サザはさっさと行ってしまった。
ユエルが私たちのやり取りを見て、ふふっと笑った。
「いこっか。ノア」
私は頷き、サザを追いかけるように歩き出した。
魔族と人間の行く先。
まだその答えは出ない。
けれど、いつかその先に交わる未来があるのなら、私はそれを見てみたいと思った。




