ゾンビ、つかの間の平和な朝
「……それでですね、ガルドが飛び掛かっていって…!」
食堂の隅っこ、静かなテーブルの片隅で、私はスプーンを持ったまま全力で語っていた。
その向かいにいるのはーー包帯ぐるぐる巻きの魔王軍の先輩、ミイラのヴェリス先輩だ。
「……そして最後には、巨大なネクロワームってやつが現れて、共闘したんですよ!あのオーク族と!」
私は手をバタバタさせながら身振り手振りで話す。
「ふむ……屍を食らう蟲の王“ネクロワーム”か、災厄の体現者として、古き文献にも記されし存在……よくぞ無事に帰還した、ノアよ」
「本当に。今思うと、生きて帰ってこれたの、奇跡です」
「ふふ……腐蝕の黒き抱擁。かくして、貴様の力もまた深淵に近づいたということだな」
ヴェリス先輩は、いつもながらの中二病っぽい台詞で返してくれるけど、言葉の端に「よくやったな」と認めてくれるような感じがあって嬉しかった。
そして同時に、だいぶヴェリス先輩の言葉の読み解き力も上がってきたな、と自分の成長を感じた。
「深淵に近付いた気がします。先輩のほうは、最近どうですか?」
私が尋ねると、ヴェリス先輩はふっと包帯越しに目を細め、スープの湯気の向こうを見つめるように語り出した。
「……地下迷宮の深き底。忘れられし封印の回廊。そこにて、我は出会った……問いかける者に。石の肉体を持ちし“門の番人”にな」
「えっ、話す石像ですか?」
「うむ、“朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。それは何か”と問いかけてきたのだ。」
「あっ、それって確か……」
「我は応えた。“――時に傲慢に、時に儚く、破滅へ向かう運命の人形――人間だ”と」
「おああ」
「すると石像は……ふっ…こう言った…。“…あ、うん……正解です……”と。そして道を開いた」
「……それ絶対“関わっちゃダメなやつだ”って思われてますね」
思わず笑ってしまう私に、ヴェリス先輩も「ふっ……」と小さく笑いつつ、スープを啜った。
こんなふうに、何も起きない朝。ただ笑い合うだけのひとときが、本当にかけがえのないものだと、魔王城で過ごすようになって、少しずつ分かってきたような気がする。
と、そんな平和な時間を壊すようにーーいや、壊すって言ったら失礼だけどーー食堂の入り口から、トコトコと小さな足音が聞こえてきた。
「ノア、いたいた」
くい、と赤いフードを上げながら小柄な人影が姿を現す。
ひょこっとでてきたのはユエルだった。
「ユエル、どうしたの?」
「魔王が呼んでるよ。新しい任務だって」
「えっ、もう?」
思わず声が裏返る。まだ沼地の任務を終えて数日しかたってないのに、もう新しい任務が命じられるとは。
「ふむ……運命の風が、再びお前を運ぶということか。あるいは、闇の呪いに導かれるように……」
「不吉なモノローグみたいなこと言うのやめてください…」
私たちのやりとりを気にすることなく、ユエルは言葉を続ける。
「今回の任務地は、フロストエイス山脈の方だって」
「うわぁなんだか、寒そうな名前」
「ちょっと聞いたら、オーガっていう魔族の調査みたいだよ。仲間にできるかもしれないって」
「オーガ…!?」
頭の中に、筋肉隆々な巨体と、牙の生えた恐ろしい鬼のような顔が浮かぶ。
「ふふ……今度は雪の中での戦いか。白き嵐に吞まれるなよ」
「ううー…でも、頑張ります!アラン様に、ちゃんと良い報告できるように!」
立ち上がって、私はぐっとこぶしを握る。スープは飲みかけだったけど、それよりも、心が燃えていた。
「うむ……その意気だ。行け、ゾンビの勇者よ。お前の行く道が、闇に抗う灯となるように」
「はいっ!!」
私はユエルと共に食堂を出た。
今度の任務も大変だろう。でも私はもう無力なゾンビじゃない。
大丈夫、きっとやれる。
私には仲間がいるし、こうして送り出してくれる人もいるのだから。




