スープとミイラと吸血鬼
魔王城の回廊を、私はサザと並んで歩いていた。
といっても、「並んで」っていうより、「一定の距離を保ってる」って感じだけど。
歩幅を合わせてくるでもなく、話しかけてくるわけでもない。
ただ黙ってついてきてるだけ。まるで、ぎりぎり逃げ出さない野生動物。
「あ、食堂、こっちだよ」
声をかけると、サザは小さくうなずいた……ような気がした。
それだけで、ちょっと安心する。
食堂につくと、ほんのり温かい匂いが漂ってきた。
じっくりと煮込まれた魔王城特製の野菜スープ。
ギィギィと鳴くあの野菜たちも、今はすっかり静かになっている。
そして、席についている魔族たちの、ざわざわとした話し声。
骨の兵士がスプーンで器をたたいてリズムをとっていたり、
ひとつ目の魔族がスープを念でかき混ぜていたり、
スライムが床に落ちた野菜を吸い込んでいたり。
見慣れれば普通だけど、初見にはカオスだ。
「……ありえねぇ」
サザが立ち止まり、怪訝な顔で言う。
「魔族が集まって、飯?」
「あー…うん。わかる」
私は苦笑いする。
「でも、ここではこれが普通なんだよ。私も最初は、こんな人間っぽい生活してる魔族たちがいるなんて、信じられなかったけど……慣れれば普通、かな」
あまり説得力のないことを言いながら、私は鍋の前でスープをよそう。
サザにも差し出すと、彼は無言でそれを受け取った。
そして私たちは、食堂の隅のテーブルに座った。
……ぎこちないっていうのは、こういう時間のことを言うんだろうな。
音をたてないように、静かにスプーンを動かすサザ。
でも、スープはきちんと飲んでる。
気に入らなければ絶対食べないタイプだと思うから、それだけでもちょっと前進だ。
「…ふっ、ふふ……」
そこに不意に響く、妙に湿ったような笑い声。
「……闇の波動が、新たな来訪者の存在を告げている…」
あ、ヴェリス先輩だ。
地下任務以来、遭遇するのは久しぶりだ。全身ぐるぐる包帯まみれ、声は低めで湿っぽく、天然中二病の魔王軍の先輩。
スープの器を持ったまま、妙なポーズをとりながら近づいてくる。
「…もしや、“死の淵からよみがえりし者”と“血を喰らいし者”が邂逅した…というところか?」
「……何こいつ」
サザの声はめちゃくちゃ引いていた。
私はちょっと焦りながら説明する。
「えっと、ミイラのヴェリス先輩。ちょっと不思議だけど、悪い人じゃないよ」
「我の包帯が疼く……!お前の闇が、我と共鳴しているのだ……!」
「共鳴してねぇよ」
サザが突っ込んだ。無意識に。
あっ……これは悪くない兆候だな、と私は思った。
ヴェリス先輩はそんなサザの様子を全く気にせず、向かいの席に腰を下ろした。
「ふふ、ツンツンしておるが……闇に生きし者は、やがて“寂しさ”に喰われる。そのときは、我の包帯のひと巻きでも貸してやろう」
「いらねぇ」
「ふふふ、それは残念だ」
サザはスープをすする。無言で。でもそれなりに美味しかったのか、スープは結構減っている。
ミイラ先輩は、そんなサザを見ながら、包帯の隙間からにやっと笑う。
「ふむ。強がってるな、まだ。だが……その眼差し、どこか似ている」
「誰にだよ」
「昔の俺だ」
「……自分かよ」
そのやり取りに、わたしは思わず吹き出しそうになった。
このまま、少しずつでも馴染んでくれたらいいーーなんて思いかけたときだった。
「……やっぱり、無理だ」
サザが突然立ち上がる。
「な、なにが?」
「こんな場所、俺には合わねぇ」
言うなり、スープを残して食堂を出ていこうとする。
「あ、待ってよ!」
私は慌てて、サザのあとを追いかけた。
―――
魔王城の回廊は、昼も夜も薄暗い。
けど、今はそれがやけに冷たく感じた。
「サザっ、ちょっと待ってよ!」
走って追いかけると、回廊の曲がり角に見覚えのある背中。やっぱり歩くのが早いなこの子!
「……なんだ」
立ち止まって、振り返ったサザの顔は、さっきよりもずっと冷めていた。
「外に出る方法、教えろ」
唐突に、それだけ。
「え、外って……なんで?」
「狩りでもして食う。その方が性に合ってる」
そういうサザの目は、まっすぐだった。迷いゼロ。頑固MAX。
「そっか……えっと、外に出るには、転移門を使うんだよ。案内するのはいいけど、夜は危ないよ?魔物もいるし」
「それでもいい」
「部屋もあるんだよ?洞窟みたいだけど、スライムの布団、結構ぷにぷにで気持ちいいよ」
なんて、ちょっとだけ笑って言った。
でもサザは、目を細めてこう返した。
「勘違いすんな。俺はお前らのこと、仲間だなんて思ってねぇ」
「え……」
「そういうの、やめろ」
そう言って、サザは踵を返して歩いて行った。スッと音もなく、でもびっくりするくらい無言の圧力を残して。
私は……追いかけられなかった。
「……はぁ」
ため息がこぼれて、肩もガックリ、心もすっかりしょんぼりだ。
「ま、そういう年頃ってやつさ」
急に背後から聞こえた、湿った声。
振り返ると、ミイラのヴェリス先輩。
「え、いつから……」
「包帯は風に舞い、俺は影に潜む」
「意味わかんない……」
「あと百年もすれば、ああいうのも丸くなる。あまり気にするな」
「…長いです……」
先輩は、どこか得意げに包帯の端をくるくると指に巻きながら言った。
「時が癒すこともある。あるいは、スープが冷めるまえに戻ってくるかも、な」
「……それ、わりといいこと言った気になってます?」
「ふふ……もちろん」
ズレている。でも、ちょっとだけ気が楽になった。
「…ありがと、先輩」
ぽつりと呟いて、私は静かに笑った。




