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転生したらゾンビでした  作者: 矢倉
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砂漠の街の洗礼

カフ=シャリフを目指して、私たちは再び街道を歩いていた。

西に向かうにつれて、風がどんどん強くなってきた。

道の両側に広がる砂漠の砂が、まるで生き物みたいに巻き上がって、空中を踊っている。

目を開けて進むなんて、普通ならとても無理だったと思う。

けれどーー


「ちゃんと効果あるんだな、それ」


隣を歩いていたサザが、私の方を見て言った。


「うん。これがなかったら、この風の中を歩いていくのはきつかったと思う。……サザのおかげだね」


私が腰のベルトにぶら下げた銀のチャームに目をやると、サザがちょっとバツの悪そうな顔で、はぁ……とため息をついた。


「……まぁな」

「サザ……まだ気にしてるの?」

「そりゃあな……」


サザはしょげた顔で肩をすくめる。


「もう。気にしなくていいってば」


そう言いながら、私は数日前のことを思い出していた。


――冒険者のダリルと飲み比べをしたあの日。

サザが勝ったのはすごかったけど、問題はその翌日だった。

猛烈な二日酔いに襲われたサザは、部屋のベッドに突っ伏したまま、丸一日ぐったりしていた。

酒場のおばさんが持ってきてくれた酔い覚ましのお茶をちびちび飲みながら、

「頭……割れる……」って死にかけたみたいに唸っていた。

私はそんなサザを横目に、ダリルの仲間からもらった月の泉までの地図を確認したり、荷物を整理したりしていたけど……サザにとっては、だいぶ苦い思い出になってしまったようだった。


「ふふっ」


思い出したら、ちょっと笑ってしまった。


「……なに笑ってんだよ」

「なんか、ちょっと情けなくて面白かった」

「………」


黙り込んだあと、また深くため息をつくサザ。

「元気だして」と言いつつ前を見ると、吹き荒れる砂の向こうに、ぼんやりとした影が見えてきた。

陽炎の中に浮かび上がる、それは……塔?壁?いや、あれはーー


「ねぇ、サザ。あれ……もしかして」

「ああ。やっと着いたみたいだな」


街が近づくにつれて、その全体像が見えてきた。

高い石壁の向こうに見えるのは、砂色の土レンガでできた四角い建物たち。

屋根や壁から、色とりどりの日除け布が張り巡らされ、風に揺れてぱたぱたと音を立てている。

ヤシのような木々と、赤や黄色の花をつけたサボテンが、ところどころに生えていて、ここが砂の中に生きる街なのだと教えてくれるようだった。


「ここが、カフ=シャリフ……!」


感動しながら入口の門をくぐると、そこから真っ直ぐに伸びた大通りが見えた。

両側には、色とりどりの布に覆われた露店がずらりと並び、人々の活気のある声や、香辛料の香り、焼けた砂とお香のような匂いが混じりあって、異国の雰囲気を感じさせる。

そしてなにより目をひいたのは、道の中心に流れていた水路だった。


「わぁ……!」


話に聞いていた、カフ=シャリフの水の道。

浅くて広いその道は、黄色っぽいモザイクタイルの上を静かに流れ、大通りのずっと奥まで続いている。

靴のまま歩いている人もいれば、裸足で歩いている人もいる。

ぱしゃぱしゃと歩く様子は涼しげで、気持ちが良さそうだった。


「ようこそ、ようこそ、砂の街カフ=シャリフへ!」


陽気な声に振り向くと、近づいてきたのは、明るい色のターバンを巻いたにこにこ顔のおじさんだった。

日に焼けた肌と白い歯が特徴的で、片手をひょいと上げて笑っている。


「冒険者さん、ここは初めてかい?」

「あっ、はい!」


私が頷くと、男はパッと顔を明るくして、手を打った。


「そりゃあいい!じゃあちょっとだけ街の案内でもしようか。せっかくだし、見どころを教えてやるよ。初めてだと勝手がわからないだろ?」

「え、ほんとに?ありがとうございます」

「いいっていいって、挨拶みたいなもんさ!」


男はおおらかに笑って、指を一本立てる。


「さて、まずは基本だ。この街は、砂漠の真ん中につくられた交易都市さ。名前はカフ=シャリフ。古今東西の珍しい品が集まる、不思議で賑やかな場所さ!珍しいもんが多すぎて、通るだけで物欲の砂嵐だぜ!」

「えっ、砂嵐?」

「冗談だよ、冗談!はっはっはっ」


男は調子よく笑って、話を続ける。


「見てのとおり、街の中心には水路がある。あれがカフ=シャリフを潤す命の道だ。砂漠の街を、優しく潤してくれてんだ」

「歩いていいんですよね?あの道」

「もちろん、もちろん!濡れるけど、ここじゃすぐに乾く。気にせずじゃぶじゃぶ歩きゃいい」

「わぁ……!歩いてみます!」


私がそう言うと、男はうんうんと満足そうに頷いた。


「この街は、水属性の魔力で守られてるんだ。あの水路を通して魔力が循環してるから、外じゃ砂嵐が吹き荒れてても、街の中はいつでも快適なのさ」


そう言われてみれば、街の中では砂嵐が吹き荒れている様子はない。

風はそよ風程度だし、日差しは強くて暑いけど、それも外に比べるといくらかマシだ。


「へぇ、すごいな」


サザが感心したように呟くと、男はまた嬉しそうに頷いた。


「だろ?さて、次はーーこの先のメインストリート。“バザール・カリーム”。この街の名物通りで、珍品・魔具・香油・食い物、見て歩くだけでも楽しいぞ。財布の中身だけは気をつけろよ?」

「はい……!」

「宿を探してるなら、東の“シャムス街”へ行くといい。高級宿なら“ザリーフ・ハイラット”。オアシスみたいなでっかい浴場がウリだ」

「お風呂……!」

「安宿なら“陽炎亭”がおすすめだ。庶民派だけど、飯がうまい。冒険者に人気の宿だな」

「メシか……いいな」


サザが腕を組んでふっと笑う。男は頷いて答えた。


「ははっ、酒もあるぞ。サボテン酒なら、陽気な夜にはもってこいだ!」


サザが、うっ……と苦い顔をし、私は少し笑ってしまった。


「……まぁ、あとは忠告をひとつ。西側のサンドレスト通りには近づくな。ならず者が多くて、盗賊団の住処だって噂もある。妙なトラブルに巻き込まれたくなければ、近寄らないのが身のためだ」

「なるほど……気を付けます」


男は笑顔で頷き「それじゃ……案内はこんなもんかな!」と話を締めくくる。

私はぺこりと頭を下げた。


「丁寧にありがとうございます」

「ありがとな、おっさん」


サザも礼を述べる。


「いいってことよ。じゃ……ん」

「ん?」


男が手の平を差し出してくる。

何だろうと首をかしげると、男は笑顔のまま言う。


「案内料。200ルクスな」

「えっ!?案内料!?」


私がびっくりして問い返すと、男はひらひらと片手を振りながら言う。


「当たり前だろ、タダなわけねぇ。旅は情報戦だぜ?」

「はぁ!?お前が勝手に喋ったんだろ!?」


サザはそう言ったが、男はニヤついたまま肩をすくめる。


「でも聞いただろ?ほら、さっさと払えよ。払えねぇなら衛兵に突き出すぜ。案内料踏み倒された、ってな」

「お前、この野郎……!」


サザが一歩、男に詰め寄る。

けれどーー


「ま、待ってサザ!」


私は慌ててその袖をつかんで、引き止めた。


「おい、ノア……!」

「わかってるよ!でも、こんなところでトラブルを起こすのはまずいよ……!」


気持ちはものすごく分かるけど!

でも本当に衛兵を呼ばれたら、私たちが魔族ってこともバレちゃうかもしれない。

そうなったら、月の泉を目指すどころではなくなってしまう。


「でもよ……!」


サザは悔しそうにしていたが、やがて、ぐっと苛立ちを押さえるようにして「わかった」と頷いた。


「へっへっへ……ありがとさん」


男がニヤついたまま手をひらひらさせる。

サザが舌打ちしながら言った。


「……じゃあ、150ルクスにしろ」


その言葉に男が唖然とする。


「はあ!?200だっつってんだろ!」

「うるせぇ!150ルクスにしやがれ!」

「はっ、てめぇ……青っちょろいガキが値切るつもりかよ!?あぁん!?」

「黙れ詐欺野郎!こっちは頼んでねぇっての!」

「ちょ、ちょっと…!」


私は焦ったが、ふたりは互いに引かない。

しばらく言い争いが続き、周囲の目線がじわじわ集まりはじめた頃――

男はしぶしぶ顔をしかめて言った。


「チッ……じゃあ180で許してやるよ。ほら、さっさとよこせ」

「ハァ…くそがよ……」


サザがぶつぶつ言いながら小銭袋から金を取り出し、男の手に押し付けた。

男はひったくるように金を奪い取ると、


「ヘイヘイ、ご利用ありがとうございました~。ほら、さっさと行け、しっしっ」


と手を振って追い払ってくる。


「……」


私たちはその場を離れ、それからそろってため息をついた。


「……治安が悪いって、こういうことなんだね……」

「ああ。まさか案内役がソレとはな。……くそ、町中でも気をつけねーとな……」


手痛い砂漠の街の洗礼に肩を落としつつ、私たちは街へ踏み出すのだった。

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