再会は夢のあとで
目を覚ましたとき、私は廃墟に倒れていた。
あれだけの傷を負ったはずなのに、体はどこも痛くない。
氷の散弾が貫いたはずの脇腹にも、血の跡ひとつ、残っていなかった。
夢だったの……?
あんなにはっきりと見たのに……。
そう思ってふいに手元を見ると、そこには金色の結晶片が握られていた。
私は目を見開く。
「……夢じゃない」
私はつぶやいた。
そして、ティナの言葉がよみがえった。
“もう一度、アランを助けて”
わからない。何がどうなっているかなんて、さっぱり。でも、ひとつだけはっきりしてることがある。
「アラン様に会わなきゃ……!」
私は立ち上がると、駆けだした。
―――
そして、たどり着いた魔王城は、いつものようにほの暗く、だけど確かに活気にあふれていた。
懐かしい。温かい。
でも今は、そんな感傷に浸ってる暇はなかった。
「アラン様っ……!」
玉座に飛び込んだ私は、目を走らせる。
でも、玉座にもその部屋のどこも、アラン様の姿はなかった。
「いない……どこ?どこにいるの?」
焦燥が胸をかき乱す。
私はその場をぐるぐる歩き回りながら、気づけばアラン様の名前を呼んでいた。
「アラン様っ!アラン様……っ!」
「……ノア?」
背後から、聞き覚えのある声。
「ユエル……!?」
振り向くと、玉座の間の奥に、ローブ姿の少年が立っていた。
「どこから出てきたの……!?いや、それよりも……今はアラン様に会わないと!」
私はユエルに駆け寄った。
「ノア、落ち着いて。どうしたの?」
「ユエルお願い。アラン様の居場所を教えて……!」
そのとき、ユエルが私の手に握られた結晶片を見て、目を見開いた。
「ノア、それどこで……!?」
「ティナっていう人から渡されたの。アランを助けてって言われて……!」
言葉に詰まりながらそう伝えると、ユエルはすぐに頷いた。
「わかった。説明はあと。今は、アランを助けよう」
その言葉に、安心と同時に焦燥が襲ってきた。
やっぱり……アラン様に何かあったんだ。
「こっち。来て、ノア」
ユエルに導かれて、私は玉座の間の奥に進んだ。
黒い壁の一画で立ち止まったユエルは、手を壁に向かってかざした。
すると、壁はふっと霧のように消え、奥へと続く細い通路が現れた。
私たちはその先を抜け、広い部屋に辿り着いた。
部屋の中央には大きな魔法陣。
そしてその中心には、
「アラン様……!?」
私は思わず声を上げていた。
アラン様はその魔法陣の中心で仰向けに倒れ、目を閉じていた。
そのそばにいたのは、肩膝をついて手をかざしているリュカさんだった。
「……ノアちゃん?」
私の姿を目にして、驚いたように声を上げた。
私はユエルと共に、魔法陣の中心に近づいた。
「リュカさん……アラン様は、生きてるんですよね……?」
「……一応ね」
リュカさんは、ほほ笑みながらも、少し目を伏せてそう言った。
「どうして……こんな……アラン様……」
気が付けば私は震えていた。
横たわるアラン様の顔は、とても静かだった。
それがとても、怖かった。
「説明はあと。ノア、結晶片を貸して」
私は頷いて、ユエルに結晶片を手渡した。
ユエルはそれを、アラン様の胸の上にそっと置き、静かに手をかざした。
小さく呪文のようなものを呟くと、その結晶片がぼんやりと光りだした。
「………」
私はそれを、固唾をのんで見つめる。
ユエルが呪文を唱えるうちに、結晶片はゆっくりと液体のように溶けて、それからゆっくりとアラン様の胸の中に吸い込まれていった。
「……ふぅ」
ユエルは小さく息をついた。
「リュカ、もういいよ」
「ふぅ~…助かったぁ」
リュカさんはパタリと手を下ろし、そのまま、床に座り込む。
「今の、何が……?」
私がそう尋ねたときだった。
「……ウッ…」
アラン様がうめくように、声をもらした。
「あ……アラン様っ!」
私は思わず、膝をついた。
アラン様のまぶたが、ゆっくりと開かれていく。
その赤い瞳が、私たちの顔をゆっくりと彷徨うように見つめたあと、
「ノア……ユエル、リュカ……」
と呟いた。
その声に、ぶわっと涙があふれた。
安堵が胸の中に広がっていく。
「あ、アランさまぁ……」
私の声に、アラン様は目を細めて頬笑む。
「泣くな……」
ユエルが、アラン様に問いかける。
「起きあがれる?アラン」
「ああ……」
ユエルがそっとアラン様の体を支える。
少し痛そうに眉を寄せながらも、アラン様はゆっくりと体を起こし、私たちを見渡した。
「ノア、ユエル、リュカ……心配をかけたな」
その声に、私はまた涙が止まらなくなってしまった。
今はただ、その温かい声を聞けることが、嬉しくてたまらなかった。
―――
「さて……話を始めようか」
静かにそう言ったのは、アラン様だった。
私は今、魔法陣があった部屋の隣、アラン様の私室にいる。
広々とした空間は黒と赤で統一され、その部屋の中心にある、水晶と黒檀で作られた円卓に私たちは腰を下ろしていた。
アラン様、リュカさん、ユエルーーみんな、いつもと同じ。
緊張するでもなく、落ち着いた顔をしている。
私以外はみんな、そんなふうに見える。
「ノアも、いろいろと気になっていることだろう」
「はい……」
私はこくんと頷いた。
アラン様は頬笑む。
「それに、我にも知りたいことがある。なぜお前が、ティナの名を知っていたのか。そして、結晶片を持っていたのか。……話してくれるな?」
「はい」
私はアラン様の目を見て、もう一度頷いた。
「話します。私に起きたこと、全部」
ティナに呼ばれて、過去の世界に行ったこと。そこでアラン様らしき少年と一緒に冒険し、そして突然襲ってきた結晶兵と戦ったことーー。
「……それで、ティナが私に言ったんです。結晶片を持って、もう一度アラン様を助けてほしいって」
話し終えたとき、部屋の中は静まり返っていた。
私の言葉を聞き終えたアラン様は、視線を落とし、しばらく黙っていた。
そして、
「よくわかった」
静かにそう言った。
「だいたい合ってると思う」
そう口を開いたのはユエルだった。
「過去のことも。結晶兵のことも。……それに最後、結晶兵を倒して、僕たちが、魔法石から姿を取り戻したのは、確かにそのときだね」
「やっぱり、そうなんだ……」
私はそっと胸に手を当てた。
「ごめんね、黙ってて。……精霊なんだよね、僕たち」
そう少し申し訳なさそうに言ったのは、リュカさんだった。
私はしっくり来たような、少し寂しいような気持ちで曖昧に笑った。
「そうだって言われると、そんな感じもします」
「へへっ……でもこれは、秘密だよ。トップシークレット!」
そう言って人差し指を口元にあてて、いたずらっぽく笑う。
その姿に、私は思わず小さく笑ってしまった。少しだけ、心が軽くなる。
「ふたりは……アラン様が、お母様から受け継いだ精霊なんですよね」
私の問いに、アラン様は静かに頷いた。
「そうだ。理由は、過去でお前が見たとおり。我が母が……この命を救うために遣わしたものだ」
少し間をおいて、アラン様は続けた。
「リュカは、その力のほとんどを使って我の体を修復した。そしてユエルは、この体に刻まれた呪いを封じている」
「えっ……呪い……?」
アラン様はゆっくりと頷いた。
「我が幼き頃、父と母を亡くしたとき、奴は、我の体に呪い……いや、正しくはある記憶を継承しようとしたのだ」
「え、え……?」
頭がぐらぐらしてきた。
「アラン、ちょっと一気に話しすぎじゃない?ノア、混乱してるよ」
ユエルが、私を気遣ってそう隣から言った。
「そうか?」
アラン様は小さく首を傾げる。
「情報過多です……」
私は素直に認めた。
色々、重大情報が投下されすぎて、パンクしそうだ。
「アラン、ノアちゃん、頭から煙出ちゃってるって」
リュカさんが笑ってそう言うと、アラン様はすこしバツの悪そうな顔をして、
「うむ………そうか、すまん」
とポツリと言った。
ユエルが、頬笑んで言う。
「もうノアは色々知ってるから、隠す必要はないんだけどね。一気に話しても訳が分からなくなると思うから、ひとまず、今日はこのくらいでいいんじゃない?」
「うむ、そうだな」
アラン様はそう頷いて、それから私を見た。
「ノア。事実はいずれ、ゆっくり話そう」
「はい」
私はアラン様の目を見て、こくりと頷いた。




