ゾンビ、変装する
ある日のこと。
私は、魔王に呼び出されて、玉座の間に来ていた。
久しぶりに訪れたこの場所は、相変わらず禍々しい雰囲気だが、魔王城に慣れ始めた今では、そこまで緊張するような場所でもなくなっていた。
初めて来たときは恐ろしく感じた髑髏や青い松明も、今や景色の一部、インテリアのひとつ程度にしか感じない。慣れってすごい。
「アラン、用事ってなに?」
音もなく、いつの間にか隣に立っていたのはユエルだ。
そういえばユエルは、魔王のことを名前で呼ぶ。魔王の部下ではなく、友達というか、同等の立場のような感じだ。いったいどんな関係なんだろう。
そんなことを考えていると、玉座の椅子に座っていた魔王が話し出した。
「今日はふたりに、特別な任務を頼みたい」
「任務ですか?」
「平たく言うなら、魔族のスカウトだ」
話を聞くところによると、魔境の森の近くのいくつかの村で、村人の怪死事件が発生しおり、それにどうやら魔族が関わった形跡があるらしい。
「そんなわけで、お前たちふたりには、村に赴いて調査をし、もし見込みのありそうな魔族なら我が魔王軍の一員としてスカウトしてほしいのだ」
「ふーん。何か手がかりとかないの?」
とユエル。
「今のところはないな。現地で村人にでも聞くのが手っ取り早いだろう」
「あの、魔王様。私、すごくゾンビなんですけど、大丈夫でしょうか…」
普通に考えて、いくら人型とはいえ、さすがにバレてしまいそうだ。
「裁縫室に行くが良い。腕のいい裁縫師が、人間らしく整えてくれるだろう」
裁縫室?そんな施設もあったことに驚きながらも、言われた通り、ユエルと共にそこに向かうことにした。
―――
下っ端食堂から繋がる回廊の先に、その部屋はあった。
竪穴式住居が多い魔王城の中、そこは珍しく、繊細に装飾の施された扉がある。
開けてみるとーー驚いた。
中には色とりどりの布や衣装、装飾品などが整然と並べられていた。
部屋の中央には、大きな鏡が立てかけられており、すでに、あちらこちらに衣装が広げられている。
その前にしゃがみこんでいた彼は、私たちの姿に気が付くと優雅に立ち上がった。
「おやおや、来たわね?」
背が高いーー最初に見た印象はそれだった。
痩せているけど、長い手足はまるで精巧に作られた人形の様。ふりむいた彼の肌は白く、口元に引いたルージュの赤が映えている。左右でデザインの違うベストに、フリルのついた白いシャツを合わせていて、それがとてもよく似合っている。美しいーー見惚れていると、深い緑色のアイカラーが輝く彼の目が、私の姿を捉えた。まるで全てを見通すかのように、私をじっと見つめる。
「あなたが噂の、新人ゾンビちゃんね?はじめまして。私は魔王城のデザイナー・エメリオよ。わかっているわ、あなたが何を求めてここに来たのか……」
そう言ってエメリオは、舞踏するような華麗なステップで私の前に立ち、右手の指先で、私の顎をスッと上げて、間近で私の目を見つめた。
黒曜石のような、深い煌めきを持った瞳に射すくめられ、私はさながら驚いた猫のように固まっていた。
直感が告げていた。エメリオはただの裁縫師ではない。その容姿、立ち振る舞い、そして空気そのものが、生まれながらの芸術家なのだと…!
「……ペールグレーの肌ね。唇はキャンディよりロータス…だったら華やかなものより、落ち着いた色に合わせて……あなた、ベロアはお好きかしら?」
「ナッ……!」
思わず猫のような声を出して固まる私に、ユエルが隣でため息をつく音が聞こえた。
「……エメリオ、村に行くからノアを冒険者風にコーディネートしてくれる?」
「まぁ!お出かけするのね?」
「うん。人間に見えるようにお願い」
「任せておいて!」
そういうと、身をひるがえして衣装を選んでくれる。
「大丈夫?」
とユエル。
「あはは、なんだか緊張しちゃって…」
「不安になる気持ちはわかるわ!」
「!?」
速い!?さっきまで向こうにいたのに…!エメリオがすぐそばに立っていた。
私にデザインの違うブラウスを幾つかあてがいながらほほ笑む。
「だけど安心して。きっとあなたの魅力を引き出してあげる」
魅力…。
ゾンビになって、だいぶ顔も変わっちゃたけど、大丈夫かな…?
そんなふうに考えている私の気持ちを見通したのか、エメリオが私の目を見つめる。
「それに、あなたが思うよりあなたはずっと素敵なの。私はそれを見せるのが大好きなの。今に見てて、あなたが知らないあなたを、私が見せてあげる」
はわわわわ…!
なんだろうこの気持ち。
「エメリオさん…よろしくおねがいしますッ!!」
「ふふ、いい返事!いくわよ~!」
それから色々な服装を試してみた。
異国の冒険者風、駆け出しの冒険者風、治療魔法の使い手風のローブ、学者風、吟遊詩人風、港町から来た海賊風など、いろいろなコーディネートを試した。
「これはどう?ちょっとラフな感じ。で、こっちのブーツを大きめにして、足元に余裕を持たせると、より冒険者っぽい感じになるわよ?」
「わ~!すてき…!」
どれも個性があってよかったが、最終的には、褐色のジャケットに、薄い生成りのブラウス、茶色のズボンと、それに合わせた折り返しのついた歩きやすいブーツを選んでもらった。
血色が悪かった顔も、エメリオの芸術的メイク術で、不自然ではない程度に人間らしい顔になった。
「大丈夫よ、ノア。今のあなた、見違えるほど素敵よ!」
エメリオは、私が気になっているところを的確に読み取って綺麗にしてくれて、それにすごく褒めてくれる。自己肯定感がぐんぐん上がっていくのを感じた。
そして最後にエメリオが持ってきたのは、ふんわりとした冒険者風のコート。
生地は軽く、動きやすそうだ。カラーリングも私の少し青白い肌に合わせたような落ち着いた色合いだった。
「これで決まりよ、ノア。きっと人間に見えるわ!」
私は鏡を見つめる。
死者らしさは残っているものの、それでもこの服とエメリオの手腕によって、今の私の姿は冒険者そのものになったような気がした。
「ありがとう、エメリオさん……すごく、素敵です」
「まぁ、素敵!その笑顔が見られてうれしいわ!」
ユエルもとなりでさりげなく洋服を着替えていた。
魔法使いの冒険者といった身なりだ。
エメリオに礼を言った後、私たちは、さっそく村を目指して出発することにした。




