帰還、魔王城
「うむ、報告についてはよくわかった」
アラン様が玉座に腰掛けたまま、落ち着いた声で頷いた。
私、リュカさん、サザ、そしてベルは、ファウストの城での一連の出来事を、全て報告した。
城での奇妙な試練、ファウストが語った“世界の終わり”の話、そしてた劇場の試練で私が遭遇した不思議な幽霊のことーー
「その幽霊が、オルヴァの名を……やはり奴は王都に……」
ぽつりとつぶやいたアラン様は、しばらく考え込んだ後で、
「……我の方で調べてみよう」
と言った。
私はアラン様に、気になっていたことを尋ねた。
「あの、アラン様。“世界の終わり”の話って……本当なんですか?」
私の言葉に、アラン様は、「ああ」と頷いた。
「憂いがあることは、事実だ。だが、そんなことはさせん」
そう力強く言い切った。
私は少しだけ息をのんだ。けれどすぐに、アラン様は肩をすくめるようにして、
「我が野望は、世界征服だ。征服する世界が無くなっては、元も子もないだろう?」
と、冗談っぽく笑った。
「だから心配はするな。お前たちは安心して、日々を過ごせば良い」
アラン様にそう言われると、不思議と大丈夫なんだって、素直に思えた。
それからアラン様は、私たちの方を見て、改めて話す。
「ご苦労だった。リュカ、ノア、サザ。次の任務まで、しばらくゆっくり休むがよい」
リュカさんは「お、それは嬉しいね~」と軽く笑い、サザは「まぁ、休めるなら助かる」とそっけなく頷いた。
そしてアラン様はベルに向かって顔を向ける。
「マリーベル、よく来てくれたな。我も嬉しく思う。魔王城には多くの魔族が暮らしている。出自は様々だが、気のいい奴らだ。彼らも、お前を歓迎するだろう」
ベルは、少し緊張した様子を見せながらもしっかり背筋を伸ばして「ええ、よろしく」と頷く。
こうして報告会は穏やかに終わり、私たちは玉座の間をあとにした。
―――
「というわけで……魔王様に申し付けられたとおり、私がベルに魔王城を案内するよ!」
私は張り切って、ベルの案内役を務めることになった。
魔王城の広さと、そこに暮らす魔族たちの姿にベルは目を丸くした。
「ミイラにゾンビ……!?それに、共同食堂に農場なんてものまであるの!?」
その反応は、なんだか新鮮だった。
サザも前に同じようなリアクションしてたけど……やっぱり不思議に映るんだな、と思った。
一通りの施設を案内したのち、私は居住区へ続く道を歩きながら、内心に一抹の不安を抱えていた。
ベル……びっくりしちゃうかな。あの洞穴式住居……。
狭くて暗い、けれど住めば都の洞穴ハウス。
チャーミングな光るキノコを添えて……でお馴染みの、あのお部屋。
けどベルは、今までちゃんとした村のおうちに住んでたんだよね……。
あの一見粗末な家を見たらショックを受けてしまうかもしれない、と思った。
いや、けど、案外面白がって気に入ってくれるかもしれないし。
私は気を取り直して笑顔を浮かべ、居住区に立ったベルを振り向いた。
「ベル、ここが私たちの部屋だよ!」
私はズラッと並ぶ洞穴を紹介した。
「え………」
ベルの顔が固まった。
「この……穴?」
「う、うん!そうだよ!」
冷や汗がつうっと流れるのを感じながらも、私は笑顔を絶やさなかった。
「…………」
どうしよう、めちゃくちゃショックな顔をしている。
なんとか、誤魔化し……いや、良さを伝えないと。
「な、慣れれば意外と快適だよ。たまに謎のうめき声が聞こえることもあるけど、基本的に静かだし……あ!あとねっ!スライムのお布団もけっこう気持ちよくて……!」
だが、ベルの耳に私の言葉は届いていないようだった。
ベルは……ただ呆然と、連なる竪穴式住居を見つめたまま、
「ここが……私の、部屋……?」
と、魂が抜けかかったような顔をしている。
ああ、どうしよう。ベルが放心しちゃってる……!
私は焦った。
とりあえず、なんとか良い印象を持ってもらえるように、自分の部屋のスライム布団をアピールしてみようと思った。
「ベル!ちょっと、私の部屋も見てみよう?スライム布団、実際に触ってみてその感触をーー」
そう言って、自分の部屋を案内しようと、暗がりに一歩踏み出したときだった。
「ぎゃあ!?」
中を覗いた私は、思わず叫び声をあげた。
「ウワァ!?な、なんだよ急に!」
そこには、干からびかけたゾンビがひとり、ごろ寝しながら本を読んでいた。
「ちょっ……誰ですか!?ここ、私の部屋ですよ!?」
「ええ……?ここ、1週間前から空き部屋だって聞いたぜ?」
「そんなはずっ……!」
言いかけて、ハッとする。
まさか……任務で帰るのが遅かったから、死んだと思われて部屋を追い出された……!?
私が青ざめるそばで、ゾンビは顔をしかめた。
「困るよ、もうお気に入りのインテリアだって置いちゃったし……」
そう言って、ゾンビが指さした先には、謎の石の置物や、瓶に詰められた奇妙なテラリウムみたいなものがあった。
それらは妙に部屋の薄暗さとマッチしていて、おしゃれな感じがした。
センスがある……!長年住んでた私より……!
少しだけ悔しい気持ちが湧いた。
「とにかく、ここはもう俺の部屋だからさ。新しい部屋をあたってくれよな」
そう言われ、突然のホームレスゾンビになってしまったことに、私は愕然とした。
そんな……私の洞穴ハウスが……!
他の洞穴に住めばそれで済む話ではあるが、病めるときも健やかなときも過ごしてきたあの部屋には、未練があった。
私は気が付けば両膝を地につけて、今や他人の部屋となった洞穴を呆然と見つめていた。
「……そんなに、ショックなの?この洞穴が……?」
隣でベルが、理解に苦しむような声でそう言った。
そうしてうろたえる私の耳に、声が響いた。
「ノア」
見ると、そこには赤いフードをかぶった小柄な影。ユエルが立っていた。
「ユエル……」
「おかえり、ノア」
ふわりとした温かいほほ笑みを浮かべてユエルはそう言った。
「それに、そっちは、マリーベルだよね。アランから聞いてる」
ユエルに目を向けられ、ベルが頷く。
「ええ、よろしく。今、家を紹介してもらっていたわ」
そう言って、ベルがちらりと洞穴ハウスを見る。
私は、ユエルに言った。
「ユエル……!私の家が無くなっちゃってて……!私、まだ死んでないのに……!」
「……ノアはもう死んでるでしょ?ゾンビなんだから」
「そうじゃなくてぇ……」
ユエルはそんな私の様子にくすくすと笑って、「ごめん」と顔を上げた。
「ノアと、それにマリーベルもね、一緒に新しい部屋のほうに移ってもらうことにしたんだ」
「え……!?」
「こっち。案内するから、ついてきて」
そう言って、ユエルは歩き出した。




