人形少女と優しいお茶会
地下任務を終えた翌日。
スライム布団で体を伸ばしていると、部屋の入り口から声をかけられた。
「はーい……って、あれ、お人形ちゃん?」
そこに立っていたのは、魔王軍所属の“人形の少女”。
この子も、前に魔王城の回廊で出会ったひとりだ。
銀の長い髪に、アメジストのように深く煌めく瞳、頭に付けている赤紫の大きなリボンが印象的だ。
ドールというのだろうか。リアルな人間を模したものというより、完璧で精巧な作品といった姿。儚げで、美しいけどどこか陰のある雰囲気を漂わせている。
「ごきげんよう、ゾンビのお姉さま。今日、少しだけ、遊びに来ませんか?」
―――
彼女の部屋は、私の竪穴式住居とは違い、しっかりとした個室だった。
天井には白く発光する水晶のランプ、床にはふかふかのカーペット。部屋の一角にはお人形がずらりと並んでいた。
「すごい…!この部屋、とってもかわいい…!」
「ふふ、ここは、“私の世界”ですから」
紅茶(に見える茶色い液体)と手作りの“クッキーのようなもの”を出され、白い円卓のそばに座りこむ。人形の少女は小さめのソファーに腰掛け、ちょうど、カーペットに座った私と目が合う高さになった。
「わたしの名前は、アナベル。お姉さまの、お名前は?」
「私は、ノア。よろしくね。アナベル」
「すてきなお名前です。ノア、お姉さま」
アナベルがすこし小首をかしげると、瞼がすこしだけ閉じて、ほほ笑んだような表情を作った。生きている人形――不思議だ。
「クッキー、お口に合うといいな。“小麦粉みたいなもの”と、“糖分っぽい液体”を混ぜて作ったの」
「糖分っぽい液体?」
「スライムが分泌する蜜、とっても甘いんですよ?」
「スライムって、万能……!!」
―――
しばらくお茶(?)を飲みながら、少女とおしゃべりをする。
「お姉さまって、不思議な方ですね。死んでるのに、やさしい」
「いやまぁ、死んでる実感、自分でもよくわからないんだけど……そう言ってもらえるとうれしい」
そう返すと、アナベルはほほ笑んだ後、ふいに視線を落とす。
「私……本当はお人形じゃないんです」
「え?」
「昔は、人間だったの。でも、魔王様にお願いして、“かわいくて壊れない私”になったの」
「……」
「だから今の私は、お人形。でもちゃんと動けるし、ずっとこのまま綺麗でいられるから……嬉しいんです。たまに、壊したくなることもあるけど」
「今、最後にすごいサラッと物騒なこと言った?」
「うふふ……」
そのときだった。
部屋の隅に飾ってあった人形のひとつが、ガタッと倒れた。
「あ、……あの子……落ちちゃった」
アナベルは静かに立ち上がり、その人形を拾い上げる。
そして、ソファに座りなおし、人形を膝にのせて、ぽつりと言った。
「……ねぇお姉さま」
膝に乗せた人形を、優しくなでながらアナベルは続ける。
「かわいいものって、壊されるんです。……わたしも、昔、壊されたの。だから、もう誰にも壊されたくないから、“壊す側”になろうと思ったんです」
その目には、かすかに揺れる“ヒビ”のような光があった。
人間だったころの何かが。
守れなかったものか、奪われたものが――。
アナベルが顔をあげて、ほほ笑む。
「でも、ノアお姉さまは、壊れてても動いてて……ちょっとうらやましいな」
「えっ……そう?!私、ゾンビだよ?!めちゃくちゃ汁とか漏れるよ?!」
「ふふふ……わたし、お姉さまのそういうところが、だいすき」
アナベルが、人形をそっと棚の上に戻す。
それから振り向いて、ゆっくりとほほ笑んだ。
「……お姉さまが動かなくなったら、お人形にして、ずっと、そばに、置いておきます」
「エッ!!……冗談、だよね?」
「ふふ……冗談です。ほんの少しだけ。たぶん」
「“たぶん”が一番こわいです!」
―――
お茶会が終わって部屋を出たあと、私の心には不思議なものが残っていた。
あの子は可愛くて、でも心に悲しみを隠している。
“ずっとこのまま壊れない”ために、お人形になった女の子。
魔王城には、人間じゃないけど、ちゃんと心をもった仲間がたくさんいる。
それぞれの過去と傷とーーそして、今の姿。
癒えない傷も、きっとある。
それでも毎日生きていくってこと。
それを少し、知れた気がした。




