転生したらゾンビでした
覚えているのは、会社から帰ってきて、一人暮らしの自分の部屋でテレビを見ていたこと。
連日の残業で疲れ果てて、ごはんを食べる気力もなくて、夕食がわりの野菜ジュースをストローで飲んでいた。
テレビでは再放送の異世界転生物のアニメをやっていた。
異世界に転生したおじさんが聖女になり、仲間と一緒に世界を救ったりしながら、たくさんのモフモフした生き物に囲まれてスローライフを謳歌するというお話だった。
うらやましい…。
私も異世界転生したい。
モフモフに囲まれて幸せに暮らしたい。
そんなことを思っていたら、お風呂が沸いたことを知らせるアラーム音が鳴った。
立ち上がろうとした、そのときだった。
頭を刺すような痛み。
ぐにゃりと足元がゆがんだように感じて、上下が分からなくなった。
音が遠ざかって、目の前が暗くーーー
――そして気が付いたら、私はここにいた。
真っ白くてふわふわしてて、なんだか温かい。体もとても軽い。
優しい光が降り注いでいて、なんだか天国にいるみたいだ。
……え、もしかして、死んだ?
享年22歳。
早すぎる死。
でも、どこかでホッとする自分もいた。
頑張りすぎていたのかもしれない。もう肩の力をぬいて、楽になろう。
もし次に生まれ変わることがあるのなら、願わくば、モフモフした生き物に囲まれて、幸せに暮らせますように…
だれともわからない神に祈っていると、願いが届いたのか、目の前に光の輪が現れた。
この輪の中に入れば、私は新しい生に向かうのだろうとなんとなく思った。
手を伸ばす。
指先が触れて、光の輪に波紋が広がる。
光がゆっくりと広がって、わたしはその中に、
――瞬間、フッと足元が崩れた。
何の前触れもなく、漆黒の穴が現れたのだ。
叫ぶ間もなく、私はそこに落ちていった。
――そして
「きたぞ…!」
声が聞こえた。
「え、まさか、本当に?異世界人?」
「間違いないよ。魂の反応が違う」
声が近くなる。
風になったように軽やかだった体が、急にズシリと重くなった。
なにこれ。重力が、すごい。
疲労困憊の残業後よりもキツイ…
その体を誰かがゆさゆさと揺する。
「おーい、意識はある?体は動かせる?」
「…う……」
力を振り絞って起きようとしたが、自分の体じゃないみたいに自由がきかない。
それに、ひどい乗り物酔いみたいに頭がぐらぐらして、気持ちが悪い。
冷たい床に手をついて、なんとか上体を起こす。
そして私はゆっくりと目を開けた。
薄暗い空間の中で、はじめに見えたのは、黒い石の床だった。それは、光を反射して鏡のようにぬらぬらと光っていた。揺らめく青い炎。髑髏。床に無造作に置かれた髑髏の、ぽっかりと開いた眼窩に、青い炎が揺れている。ヒュッと息をのんだ。
「……ようこそ、我が魔王城へ。異世界の来訪者よ」
頭上から声が聞こえた。
ゆっくりと視線をあげると、男が立っていた。漆黒の髪、神々しいくらいに整った顔立ちをしている。見下ろしてくる血のように赤い瞳は爛々と輝いており、満足そうに口角をつり上げている。
「我が名はアラン。この暗黒の世を統べる魔王だ」
魔王?
「ほんとに成功したんだね」
魔王の左側から青年が歩み出る。赤いフードつきのローブを着ていて、手には分厚い本を持っている。魔法使いか、学者のような風貌だ。
青年は、しゃがみこむようにして、私に視線を合わせる。
「まだ体が馴染んでないんじゃない?重いでしょ」
馴染んでない?どういうこと?
その疑問が顔に出ていたのか、魔王が言った。
「お前の魂は、こちらの世界へと引き寄せられ、死んだ少女の肉体に宿るかたちで蘇生された」
「え……?し、死んだ、少女?」
反射的に、自分の手を見る。小さい手。細い指。爪の形が、自分のじゃない。
それに妙に色が青白くて、血の気が無くて、皮膚が…なんか剝がれかけてる!
「な、なにこれ?わたし、違う人っ…わたしの手じゃない…!」
「ひとまず落ち着いて。ほら、鏡あるよ」
横からひょいと出されたのは、手鏡。
それを覗き込んで、ギョッとした。鏡の中にいたのは、見知らぬ女の子。
16歳くらいの、西洋風の顔立ちをしている。ただ、肌はどす黒くて、目の下には落ちくぼんだクマ。口元がうっすら裂けかけている……というか腐ってる?!
「こ、これが私?!顔色わるっ…っていうか、ゾンビ!ゾンビ??ゾンビなんですか?!」
「あははっ驚きすぎでしょ~」
困惑する私に辛辣な声をかけてきたのは、いつの間にいたのか、軽薄そうな青年だ。
身軽そうな赤いフード付きの短い上着を着ていて、あとは黒ずくめの服。腰に巻いたベルトにナイフのようなものをいくつか下げていて、例えるなら暗殺者のような格好だ。なんとなく、怖い印象を受ける。
「こらリュカ」
「あ~ごめん。新鮮な反応が面白くってさ~。そんな怖い顔しないでよ~ユエル」
けたけたと笑う暗殺者風の青年をを赤いローブの青年が咎めている。
本当に、笑い事じゃないんだけど…
泣きそうな気持のまま、もう一度鏡をみると、泣きそうな顔をしたゾンビ少女がこっちを見ている。
やめて。こっちをみないで。
「我がお前を召喚したのは、大いなる目的があるからだ」
魔王が私の手鏡をさっと取り上げて話し始めた。
「我らの目的、すなわち…世界征服!」
「せかいせいふく…」
魔王といえば、それだよね。と思いつつも、実際に言われると現実味がない。
「そして、我らは異世界人の魂に大きな魔力が宿ることを知っている。ゆえに……お前を、このまま人間側に渡すわけにはゆかぬ」
「え、つまり……?」
「今日からお前は、魔族として、我が軍の一員となる!」
「………」
「………」
「……えええええ?!」
魔王軍に、入る?戦うっていうこと?私が?ゾンビの私が?
事態を呑み込めない私の肩に、暗殺者風の青年――リュカがぽんと手をかける。
困惑したまま振り向くと、にんまりとして私に言った。
「世界征服、がんばろ~ぜ~」
こうして私は、異世界転生もとい、異世界転死人として蘇った。
しかも魔王軍で、これから世界征服のために働くことになりそうだ。
思ってたのと違う…。
スローライフも、もふもふも、聖女となって世界を救うでもない奇妙な人生(ゾンビ生?)の始まりだった。
好きな世界観を詰め込んで書き始めました。
眠れない夜のお供にでもなれば、幸いです。




