第28話 悪魔に魂を売った男
魔導弓兵の攻撃が始まった。
矢には火属性の魔力が込められ、赤ではなく“青い炎”が纏っていた。……要は、めちゃくちゃ高温ってことだな。
上級魔導弓兵……その名は伊達ではなさそうだ。
「あわわ……。エルドさん、矢が沢山放たれています……雨のように降ってきます!」
「落ち着け、オーロラ。大丈夫だ。こっちには女神の防御結界ブリーシンガメンがあるのだからな」
果たして効果のほどは…………?
降り注ぐ青い炎の矢。
それはついにゼルファードに落ちてこようとしたが――。
透明な壁によって阻まれていた。
「おぉ!!」
「やりましたね、エルドさん!」
俺はオーロラと一緒になって喜んだ。続くように村人たちも歓声を上げていた。
「素晴らしい!!」「これが噂の女神の力!」「あの数百本の矢を全て防御した……」「さすが勇者殿」「ラグナゼオン帝国と同等の結界だとか」「これが……!」「これならゼルファードは鉄壁!」「戦うことなく勝利ということか!」
それから矢に続くように大魔法が放たれた。
火属性魔法。
水属性魔法。
風属性魔法。
地属性魔法。
聖属性魔法。
闇属性魔法。
あらゆる魔法がゼルファードに落ち、裂こうとし、穿とうとした。けれども、すべてが失敗に終わっていた。
「なぜだ!! なぜゼルファードに傷一つつけられん!!」
奥の方でカイゼルス王が発狂して叫んでいた。
やはり、女神のことは情報に入っていなかったようだ。
その隣で騎士団長が顔面蒼白にしていた。
「……こ、こんな……バカな」
「騎士団長! これはどういうことだ!!」
「わ、解かりませぬ。……ですが、これは“女神の力”かと」
「女神だとぉ!? 騎士団長! ヤツ等にそんな力があるとは聞いておらん! これは一体どういうことだ!!」
怒り狂って騎士団長を叱責するカイゼルス王。周囲の騎士や兵達も動揺して士気が低下しているように見えた。
女神の力を前にすれば余計にな。
これでヤツ等は諦めて撤退するかと思ったが……。
森の更に奥から激しい物音がしていた。
なんだ……?
妙に騒がしいというか――いや、邪悪な気配が猛接近している。
『…………ガァ』
こ、これはまるで魔王軍幹部の魔力に近い。
まさか、そんな。ありえない!
「……! エルド様。魔物の気配です」
魔力に敏感らしいクレミアは、森の奥を見つめた。やはりそうか。
というか、これはマズイんじゃないか!?
『ガアアアアアアアアアアアアアア!!』
現れたのは身長三メートル以上はあるバケモノ。
お、おい……なんだあの醜いモンスター。
手も足も膨張したり裂けていたり、鋭い形状になっている。首が二つあるように見えた。
アレは……なんだ?
「……騎士団長、モンスターは全て排除したのではなかったのか!?」
そのバケモノを見つめ、戦慄するカイゼルス王。かなり目の前にいるので、ビビっている様子。てか、俺もあんなヤツを前にしたら動けないかもしれない。
「あんなモンスターは見たことありませぬ。まるでゾンビのような……」
騎士団長の言葉で俺はふと過った。
まさかあのゾンビは……!
『ハハハ。カイゼルス王……無能な王よ』
「な、貴様。喋れるのか!」
『俺だよ……ハルネイドだ』
「なんだと……醜い姿のお前がハルネイド!?」
おい、ハルネイドだって? アレが?
……そうか!
オルジスタの実験薬か何かでバケモノになったんだ。人間の姿を捨てて、わざわざゾンビになるとは……なんて野郎だ!
『とりあえず死ね!!』
しゅるしゅると鋭い腕を伸ばすハルネイドは、王の腹を貫いていた。
「なにッ!? ――ガハッ」
その辺りに投げ捨てられ、王は死んだようだった。
「王!! なんてことだ……ハルネイド、なぜ王を殺した!?」
『騎士団長。無駄に命を散らしたくないだろう……? 騎士たちを撤退させろ』
「ぐ、ぬ……。解かった」
『それでよい。これでシュヴァルク王国は終わった……今後は俺様が王――いや、皇帝となろう』
ハルネイドの野郎、自分の帝国にする気か!
騎士たちは撤退をはじめて森の中へ消えていく。
三千の軍勢があっという間にいなくなり、森はバケモノ一匹となった。
「……ハルネイド!」
『勇者エルドぉ……! 俺様は帰ってきたぜェ!?』
「そんなバケモノになってでも俺に復讐したいのか!」
『当然だ。ティアナ姫を殺したお前を許せるか!』
「だからってお前自身もバケモノになって……意味あるのか」
『意味など必要ない。ただ、エルド。貴様をぶっ殺せるのなら……俺様は喜んで悪魔に魂を売ろう。いや、もう売った!!』
「……!」
猛スピードで突撃してくるハルネイドは、腕を伸ばして俺の方へ攻撃してきた。しかし、女神の防御結界によって守護されている。
ハルネイドの腕が溶けていた。
『グッ……! 女神の力か。くだらん!』
さすがのハルネイドもブリーシンガメンは突破できないようだ。……ホッとしたぜ。
「諦めろ、ハルネイド。ゼルファードは守られている。攻撃はできんぞ!」
『……チィ。オーロラを奪って犯してやりたかったんだがなァ!』
巨大な目玉を動かすハルネイドは、オーロラを見つめた。
一方のオーロラは震えて俺の背後に隠れた。
「き、気持ち悪いです……!」
「ああ。ヤツはグロすぎるぜ。オーロラ。俺の傍を離れるなよ」
「はい。エルドさんから絶対に離れません」
とりあえず、結界のおかげでハルネイドから攻撃されずに済んでいるが……どうしたものか。こちらも手が出せないんだよな。
しかし、このまま放置というワケにもいかない。
「アルミナ! 結界を部分的に解放することは可能か?」
「ええ、可能です。でなければラグナゼオン帝国は兵糧攻めで滅んでおりますから」
言われてみればそうだな。
帝国がずっと健在だったのは“出入り口”を確保していたからだ。つまり、出入りは可能ということ……!
よし、ならば俺はハルネイドを倒す!
ヤツを止めねばシュヴァルク王国も、そしてゼルファードにも未来はないのだから――!




