第2話 辺境の地ゼルファード
【シュヴァルク王国:ロンヴェル草原】
王国を追放され、聖女オーロラを拾った俺は、辺境の地ゼルファードを目指す。俺にとっての未開の地。はじめて訪れる場所だけに少し楽しみだ。
俺の隣で腰まで伸びる美しい銀の髪を靡かせるオーロラ。どうして、あんな場所で暴漢に襲われていたのやら――。
のどかな道を歩いていると悲鳴が聞こえた。
「いやあああッ!」
現場へ駆けつけると、そこには緑色の怪物ゴブリンが一体。女性を襲っていた。
俺は直ぐに剣を抜き、邪悪なゴブリンを一撃で粉砕した。
『ギャアアアアアッ!』
一瞬で灰塵と化すモンスターは、そんな雄叫びを上げて今世から消え去った。
魔王軍が消え去ってもモンスターは世界中に無限に沸き続けている。被害を受け、困る人々も多くいた。まさにゴブリンに襲われていた若い女性を俺は助けた。
「あ……ありがとうございました!」
「いいさ。一応、勇者だからな。いや、元勇者かもしれないが」
「あの魔王ネクロヴァスを倒した伝説の勇者エルド様ですか! 素敵ですっ」
女性は感謝しつつも、村へ戻っていった。
人助けは勇者の基本だ。俺は数多くの村や街を救ってきた。
「さすがエルド様ですね!」
聖女を自称するオーロラは、俺を称賛した。嬉しいけど、コイツは何もしなかったな。いや、俺だけで十分な相手だったけど。
剣を鞘に納め、隣で燥ぐオーロラに視線を送る。
「それより、辺境の地ゼルファードはあとどれくらいだ?」
「さあ?」
「さあって……」
「わたくし、一度も行ったことがありませんので……たぶん」
最後、ボソッと聞こえたような。
そうだったのか。てっきり一度くらいは見て回っていたのかと。……まあいい、今からその“新天地”を目指すのだから――。
モンスターを討伐しながらロンヴェル草原を真っ直ぐに進む。
やがて村が見えてきた。
シュヴァルク王国からかなり離れた場所だから、辺境の村だな。しかし、村っぽくないというか。
「日も傾いている。寄っていこう」
「それはいいのですが……」
「どうした?」
「一文無しなのです」
「なにっ!?」
この聖女、手持ちがないのかよ。という俺も、たいした所持金は持っていなかった。シュヴァルク王国を追放されて、まともなアイテムを持っていけなかったからな。なんなら大半を押収されちまった。
唯一は、武器である『聖剣アルビオン』のみ。それ以外は身に着けている衣服だけ。裸にされなかっただけマシだな。
「どうしましょう。ごはんも食べられません」
ぐぅ~っと情けなくお腹を鳴らすオーロラ。頬を赤くして困惑していた。腹ペコなのかよ。
「解かった。さっき倒したゴブリンの収集品を売ろう。少しは金になるだろう」
ブルックリン――略して『ブル』は世界共通貨幣なのである。
先ほど入手したゴブリンの爪ならひとつで100ブル。飲み物くらいは買えるだろうな。少しは腹の足しになるか。
しかし、宿屋に泊れるほどの金にはならない。
ならば“ギルド”でクエストを受けるのもアリだろう。勇者として活動していた時、何度も何度も地味なクエストを受けてはレベルアップしたものだ。
「では、この先の『バレッサム』という村へ」
「なぜ知っている」
オーロラが指さす方向には【この先バレッサム】という看板が立てられていた。なるほどね。
バレッサムの村は、辺境の地にしてはシッカリしており建物も立派だった。これは村というよりは、ちょっとした“街”だぞ。
なかなか立派な建物を前に立ち尽くしていると、村の人たちがワラワラと現れ、俺たちを物珍しそうに観察していた。な、なんだぁ? 俺たちは珍モンスターじゃないぞ。
「おぉ、勇者エルド様じゃ」「マジじゃん!」「へえ、本物だぁ」「かっけー!」「魔王を倒したんだって!?」「世界が平和になってよかったよ!」「村へようこそ!」「この村は飯がうまいぞ~」「温泉もあるぜ」
なんだか村の人たちは優しそうに見えた。へえ?
「エルド様、歓迎されていますね!」
「あ、ああ……」
俺の知名度のおかげなのか、なんなのか。
やりやすくていいけどね。
そんな大衆の中で白髪白髭の老人が杖を突きながら現れ、俺の前に。
「勇者エルド殿、よくぞ参られました」
重厚感のある声。
その一瞬で俺は、この老人が只者ではないと判断した。昔は、凄い戦士か何かだったのだろうな。
「えっと……」
「申し遅れました。この村の村長で『タルモレア』と申しますじゃ。ぜひ、親しみを込めて“タル”とお呼びくだせぇ」
ご高齢の白髪の老人はそう名乗った。村長なのか。
「ありがとう、村長。俺たちは辺境の地ゼルファードを目指している。一泊させてくれ」
「おぉ、あのゼルファードを。それはそれは……歓迎しますじゃ」
「へ……? だって辺境の地ゼルファードはかなり遠い場所にあるって」
そうだ。
謎の商人も、このオーロラもそう言っていた。相当な奥地のような言い方だったけどな。しかし、村長のタルは首を横に振って否定し、正解を教えてくれた。
「ここが『辺境の地ゼルファード』でございますじゃ」
そうハッキリと断言した。
村の人たちもウンウンと深くうなずく。
うそ……だろ!?
信じられなかったが、ここまでの人数に言われたら信じるしかないだろう。確かに少しは歩いたけど、こんなアッサリ到着?
オーロラに視線を向けると慌てていた。
「そ、その! わたくしも初めてのことなので! ……たぶん」
また語尾で何かボソッと言ったな?
小さくて聞き取れなかった。
「そうか。まあいい、ここが辺境の地ゼルファードなら目的地に到着だな」
「でしょ! スローライフをするんでしょう!?」
「まあな」
早い到着だったが、これで――。
『まてえええええええいッ!』
そんな大声がして、背後から馬に乗った複数の騎士が現れた。……おい、あれは『シュヴァルク王国』の騎士じゃねえか!
「なぜここに!」
騎士のリーダーらしき男が俺の前に来た。
兜までして無駄に武装しまくってるな。まるで戦争でもしに来たような、そんな雰囲気だ。
「勇者エルド……貴様はハルネイド様からティアナ姫を奪った重罪人! カイゼルス王の名の下に処刑する――!!」
そう声高らかに宣言する騎士。……なん、だと?
俺もオーロラも、そして村の人々も呆然となっていた。な、なにを言っていやがる……まったく意味が分からねえ!
そもそも奪われたのは俺の方だ。被害者は俺だぞ!
なのになんで、ここまでの仕打ちを受けねばならん!!
「ふざけんな!」「そうそうだ!」「勇者エルド様は村娘を救ってくれた!」「世界を救ってくれたんだぞ!」「そんなお方を処刑!?」「王国はついに狂ったか!」「これだからカイゼルス王は!」「また革命を起こされたいか!」
なんとゼルファードの人々は俺の為に怒ってくれていた。……泣けるじゃねえかよ。でもな、巻き込んでしまって申し訳ない。
俺なんかの為に。
気づけば俺は、10人の騎士に囲まれていた。
剣を向け、明らかな殺意を向けていた。コイツ等、マジか。
俺と殺り合おうってか。
元とはいえ勇者であるこの俺と。
「エルド様!!」
「オーロラ、お前は村の人たちと一緒にいるんだ」
聖剣アルビオンを抜き、俺は騎士たちに刃を向けた。
できれば王国の者は傷つけたくなかった。でも、それよりも俺はゼルファードの人たちを守りたい。
まだ数分の関係ではあるけれど、それでもこの人たちは俺を味方してくれた。俺を大歓迎してくれた。
理由はそれだけで十分だ。
そこにオーロラを含めてやってもいい。
こんな人間味のある温かい人たちを守らなくて、なにが勇者だ。
「ひとつ聞かせろ! ハルネイドとは貴族か」
「様をつけろ、様を! そうだ、ハルネイド様は貴族の中の貴族。大貴族なのだ!」
どうやら、相当身分が高いらしい。だからティアナ姫にも接近できたのだろう。でも、もうどうでもいい。俺はあんな頭も股も緩い姫を愛してなどいないッ!
身も心も……一生も捧げるつもりだった。
だが、寝取られと追放というダブルパンチ。
あまりにも残酷すぎた。
死よりも恐ろしい罰だ。
俺は今も尚、心に深い傷と追っていた。でも、忘れようと必死に前を向いて、この辺境の地ゼルファードにたどり着いたんだ。
「……お前たちを倒す!」
「ほぅ!? 我々はカイゼルス王に認められし上級騎士。いわば親衛隊。普通の騎士とは違うのだよ……!」
俊敏な動きで突撃してくる騎士。しかし、村の中の子供が石を投げた。それがコツンと騎士の頭に。
「……勇者エルド様をいじめるな!」
「ガキがああああああああ! 邪魔をするな!!」
子供を蹴とばす騎士。
その光景に俺はブチギレた。
瞬間で騎士の懐に入り、胸の鎧をそのまま掴んだ。ギリギリと凹むような音が響く。
「子供相手になにしてんだ!!」
「なっ……いつの間に!!」
「お前は怒らせてはいけない男を怒らせた」
「……なにィ!?」
「この俺だああああああああああッ!!」
魔王のペットだった邪竜をぶっ飛ばした大技火属性スキル『クリムゾンブレイク』をゼロ距離で発動。
騎士を吹き飛ばし、残り9人にブチ当てて四方八方に飛び散らせた。
意識のある騎士は直ぐに逃げ出し、遠くへ行った。
リーダー格に対しては、村人がブチギレて更にトドメと言わんばかりにボコボコに。……ざまぁねえな。
「大丈夫ですか、ヒールしますね」
と、先ほど蹴とばされた子供に治癒魔法を施すオーロラ。なんだ、そういう支援魔法が使えたのか。聖女とは本当らしいな。
子供の傷は回復。両親がオーロラに何度も礼を言っていた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ。わたくしより勇者エルド様にお礼を」
気づけば俺はゼルファードの人たちに囲まれ、胴上げされていた。
「勇者様万歳!!」「やっぱり勇者はすげぇよ!!」「かっこよかった!」「うん、このゼルファードに相応しい」「ここに住めよ!」「可愛い女もたくさんいるぜ!」「よっしゃ、今日は宴じゃ~!」「飲むぞー!!」
この村の連中、ノリがいいな。
でも悪くない。
俺は早くもこの『辺境の地ゼルファード』が気に入りつつあった。
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